第34話 仲間を失った翌日も街は相変わらず平和で、偽物の空はやけに青いままでした
いつも応援ありがとうございます!
今回は幕間回。
昨日までと何も変わらない平和な街の風景に胸を締め付けられながらも、
彼女が守るべきもの、そして前に進む理由を見つける静かでエモーショナルな回です。
スマホでサクサク読めるテンポ感でお楽しみください!
今日も、偽物の空は青い。
毎日見上げているはずなのに、今日ばかりは少しだけ腹が立った。
自室のベランダから見える人工空は、ここが地下深くだということを忘れそうになるくらい綺麗だった。
プログラム通りに流れる薄い雲。
時間に合わせてゆっくり色を変える照明。
どこまでも続いているように錯覚させる青。
全部、偽物。
「……はぁ」
小さく息を吐いて部屋へ戻る。
きちんと整えられたベッド。
窓辺の小さな観葉植物。
棚の整備マニュアルと、読みかけの詩集。
壁際に立てかけられた弓型アークブレード。
そして――。
テーブルの上に放り出されたままの、昨日脱いだ制服。
普段の私なら、帰宅してすぐに畳んで片付ける。
でも昨日は、それがどうしてもできなかった。
制服を見つめたまま、立ち尽くす。
頭の奥に、昨日の白い地表がフラッシュバックしかける。
血の匂い。
フィルの消えた光。
ノエルの流した血。
私はゆっくり首を振って、それを無理やり追い払った。
部屋に一人でいたら、余計なことばかり考えてしまう。
外へ出よう。
◇
いつものパン屋で、サンドイッチを一つ買った。
合成肉を挟んだ、安くて味気ないいつものやつ。
店員は何も言わない。
私も何も言わない。
ただ紙袋を受け取って、店を出た。
◇
中央広場では、子どもたちがきゃあきゃあ笑いながら走り回っていた。
ベンチに座る親たちも、穏やかに微笑んでいる。
中央の噴水は、今日も決まった時間に涼しげな水を噴き上げていた。
昨日も、今日も。
地上で何が起きても、この街は何も変わらない。
私は俯いて、歩き続けた。
◇
いつものコーヒースタンドの前を通りかかる。
香ばしくて苦い豆の香りが、風に乗って鼻をくすぐった。
ほんの少しだけ足を止める。
……今日は、飲む気になれなかった。
そのまま通り過ぎる私を、スタンドのマスターがじっと見ていた。
けれど、何も声をかけてこなかった。
なんだかそれが、少しだけありがたかった。
◇
商店街は、今日も大勢の人で賑わっている。
並ぶ整備部品。
色とりどりの衣類。
配給の保存食。
威勢のいい呼び込みと値切る声。
どこかでぐずる子どもの泣き声。
全部、昨日までと寸分違わぬ「いつも通り」。
だけど。
その光景を見ているだけで、胸の奥がキュッと苦しくなる。
私は、何を探して歩いているんだろう。
気持ちが落ち着ける場所。
そう思って部屋を出たはずなのに。
そんな都合のいい場所なんて、最初からどこにもないことくらい分かっているのに。
◇
気がつくと、展望デッキのベンチに座っていた。
人工空が一番よく見える、この街で一番高い場所。
ここには誰もいない。
静かな空調の風だけが、優しく頬を撫でていく。
紙袋からサンドイッチを取り出し、口に運ぶ。
一口。
また一口。
やっぱり、味なんて全然しなかった。
食べ終えると、少し喉が渇いた。
でも、買いに行く気にもなれなくて、両手を膝に置いたまま空を見上げた。
青い。
腹が立つくらい、綺麗に青い。
昨日、地表であんな凄惨なことがあったのに。
フィルが死んで、ノエルが腕を失ったのに。
この空だけは、何も知らない顔をして天井に張り付いている。
◇
「……帰ろう」
誰に言われたわけでもないのに、自然と体が立ち上がっていた。
デッキを降りて歩く帰り道。
通路の壁のあちこちに、真新しい補修跡が目に入る。
行き交う人々の声は、普段よりほんの少しだけ静かだった。
誰も口には出さない。
でも、きっと街のみんなも、どこかで知っているのだ。
昨日の地表の出来事を。昨日誰かが命を落としたことを。
中層居住区に入ると、夕暮れの時間が近づいていた。
一軒。
また一軒と、アパートの窓に温かい灯りが灯っていく。
窓の向こうで、誰かが家族と夕食を囲んでいる。
誰かが楽しそうに笑っている。
誰かが無事に、自分の部屋へ帰ってきている。
胸の中の苦しさが、少しだけ解けていくような気がした。
――昨日、私たちが守ったもの。
フィルが命を懸けて、シオンが傷だらけになって、キョウジたちが駆けつけて守り抜いたのは。
きっと、このちっぽけで温かい、無数の灯りだったんだ。
私は立ち止まり、ゆっくりと息を吸って顔を上げた。
偽物の空は、やっぱり青かった。
今日も偽物の空は青い。
きっと明日も、明後日も、同じように青いんだろう。
「……だったら」
私は小さく呟いて、前を向いた。
だったら私は、もう少しだけ歩いてみよう。
あいつらの分まで、明日へ。
第34話をお読みいただきありがとうございました!
今回は戦いを終えた第9小隊・セラの心境を描いたエピソードでした。
仲間を失った悲しみと、変わらない街へのやるせなさ。
それでも「自分たちが昨日守った灯り」を見つめ直して、もう一度歩き出す決意を固める姿が胸に刺さります……!
次回、いよいよ物語は新たな展開へ!
キョウジたちの地上探索と「世界の嘘」を追う戦いはどう動くのか――!?
「セラちゃん強く生きて……!」「静かな回だけどめちゃくちゃ沁みる」「こういう日常の描写があるから戦闘が引き立つ」など、感じ入っていただけましたら、
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