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第1話 死んだはずの恋人を、地上で見つけました

人類最後の地下都市《ネオ・ヘイヴン》。

地表で戦う部隊長キョウジには、何年経っても諦められない人がいました。


これは『LASTSKY UNDERGROUND』を、まったく違う形で描き直す物語です。


『キョウジ。起きてください。予定より11分遅れています』


耳元から聞こえたミオの声で、キョウジは目を覚ました。


「……あと5分」


『却下します』


「即答かよ」


『地表任務に遅刻する隊長へ与える5分はありません』


「隊長にも人権くらいあるだろ」


『起床してから主張してください』


仕方なく身体を起こした瞬間、鈍い頭痛がこめかみに走った。


原因は分かっている。


テーブルの上には空になった酒瓶が転がり、グラスの底には琥珀色の液体が僅かに残っていた。


「飲みすぎたな」


『ようやく自覚しましたか』


「朝から説教はやめてくれ」


『事実確認です』


「世間ではそれを説教って言うんだ」


キョウジ・キサラギ。


GRID第7小隊長。


人類が暮らす地下都市から地表へ出て、アバレントと呼ばれる異形と戦うのが仕事だった。


その小隊長が、地表任務の朝から二日酔い。


自分でも褒められた状態ではないと思う。


『出発まで31分です』


「余裕じゃないか」


『現在の行動速度では間に合いません』


「俺を何だと思ってる」


『二日酔いの遅刻常習者です』


「否定しづらいな」


冷たい水を浴びて酒を抜き、隊員服へ着替える。


壁際には、使い慣れたソード型アークブレードが置いてあった。


青白い発振光を刃として形成する近接兵装。


地表へ出るGRID隊員にとっては、文字通り命を預ける武器だ。


キョウジはそれを手に取り、最後に部屋の隅へ目を向けた。


小さな観葉植物が1つ置いてある。


葉には薄く埃が積もっていた。


指先で軽く拭ったところで、すぐにミオの声が飛んでくる。


『あと26分です』


「分かってるよ」


アークブレードを装備し、キョウジは部屋を出た。


         ◇


人類最後の地下都市、《ネオ・ヘイヴン》。


ここには朝もあれば夜もある。


ただし、そのどちらも本物ではない。


頭上を覆う巨大スクリーンには青空が映し出され、都市照明が太陽の代わりをしている。


本物の空があるのは、さらにその上。


厚い岩盤と何百mもの地層を越えた先だった。


だが、今の人類にとって地表は生活圏ではない。


核戦争と地軸変動によって気候は大きく変わり、地表の多くは極寒と暗闇に覆われた。


さらに、アバレントと呼ばれる異形まで現れたことで、人類は地上を捨てて地下へ逃げ込んだ。


それから長い年月が経っている。


キョウジが中層区画の通りを急いでいると、横から声が飛んできた。


「朝からひでぇ顔してんな」


ジャンク屋の店先にいたバルドだった。


「いつも通りだ」


「つまり毎日ひでぇのか」


「朝から客に失礼だぞ」


「まだ開店前だ。客じゃねぇ」


店先の箱には、アークブレード用の中古部品が無造作に並べられている。


急いでいるにもかかわらず、キョウジの目がその中の1つで止まった。


薄型の放熱フィン。


「それ、どこから手に入れた?」


バルドがにやりとする。


「ほら。やっぱり客じゃねぇか」


旧型だったが、状態は悪くない。


自分のソードへ載せれば、発振部の熱を少し逃がせるかもしれない。


『出発まで14分です』


ミオの声で、キョウジは現実へ戻された。


「……帰りに見る」


「生きて帰ってきたらな」


「縁起でもないこと言うなよ」


バルドは悪びれもせず笑う。


「じゃあ無事に帰ってこい。代金を取り損ねる」


「心配するのはそこか」


片手を上げて店を離れ、キョウジは地表昇降区画へ急いだ。


         ◇


集合地点へ着いた時には、予定時刻を2分過ぎていた。


「惜しかったな」


大型のグレートソード型アークブレードを抱えた男が笑う。


「あと1分遅ければ、俺が第7小隊も貰ってた」


第3小隊長、レイジ・クガ。


キョウジとは古い付き合いだった。


「勝手に部隊を増やすな」


「じゃあ遅れるな」


『正確には2分18秒です』


ミオが訂正する。


キョウジは眉を寄せた。


「ミオ、お前はどっちの味方だ」


『記録の味方です』


レイジが声を立てて笑った。


「いいオペレーターじゃないか」


第7小隊の隊員たちは、すでに出発準備を終えつつあった。


双剣型アークブレードを使うリオ。


アークアンカーを扱うユーリ。


ソード型のセナ。


大型シールドを持つガンツ。


そして、その中に見慣れない若者が1人いた。


新品に近い装甲。


標準仕様のソード型アークブレード。


何より、顔に隠しきれない緊張が浮かんでいる。


見ればすぐに分かった。


新人だ。


「今日から第7小隊へ配属になったユウトです」


セナに促され、若者が慌てて頭を下げた。


「よろしくお願いします!」


「地表は初めてか?」


「はい」


少し声が上擦っている。


無理もない。


キョウジにも初めて地表へ出た日はあった。


怖かった。


足も震えたし、できることなら逃げたかった。


だからこそ、新人へ最初に言うことは大体決めている。


「ユウト」


「はい!」


「死ぬなよ」


ユウトの顔が固まった。


横でレイジが額を押さえる。


「お前なあ」


「何だよ。一番大事だろ」


「言い方を考えろ」


キョウジは肩をすくめ、それからユウトへ向き直った。


「初日から手柄なんていらない。分からなかったら聞け。勝手に前へ出るな」


「はい」


「それで、ちゃんと帰ってこい」


今度はユウトもしっかり頷いた。


「はい!」


ちょうどその時、搭乗開始を知らせる表示が点灯した。


第7小隊。


第3小隊。


それに地表設備を担当するエンジニアたち。


全員が巨大な昇降機へ乗り込む。


やがて分厚い扉が閉まり、地下都市の喧騒が遠ざかっていった。


         ◇


『地表到達まで6分40秒です』


低い駆動音とともに、昇降機が地上へ向かって上がっていく。


今回の任務は、第4外縁ダクトの保守だった。


ネオ・ヘイヴンへ空気を送り込む重要設備の1つで、第3小隊が作業班を守り、第7小隊がその外周を警戒する。


内容だけ見れば、それほど複雑な任務ではない。


少なくとも予定では。


向かい側に座っていたユウトは、先ほどから何度もソードの安全装置を確認していた。


「そこ、触りすぎ」


隣に座るセナが声をかける。


「すみません」


「謝らなくていいよ。それより手元ばかり見ないこと。地表に出たら周りを見る方が大事だから」


「はい」


ユウトはようやく手を離した。


しばらくして、今度は小さな声を出す。


「隊長」


キョウジとレイジが同時に顔を上げた。


「あ……」


ユウトが困った顔をする。


「どっちだ」


レイジが聞く。


「レイジ隊長です」


「なんだよ」


ユウトは少し迷った後、意を決したように尋ねた。


「自分……生きて帰れますかね」


誰も笑わなかった。


レイジは少しだけ考えてから答える。


「知らん」


ユウトの顔が引きつった。


「ただ」


レイジは続ける。


「俺たちは全員、帰るつもりで行く」


「……はい」


短い返事だった。


だが、それで十分だった。


しばらくして、今度はユーリがキョウジを見る。


「隊長は今日も探すんですか?」


「任務の邪魔にならない範囲ならな」


ユウトが首を傾げた。


「探す?」


レイジが先に答える。


「昔、第7小隊にいた隊員だ」


「行方不明なんですか?」


「ああ」


レイジは少し間を置いた。


「キョウジの恋人だった」


ユウトが目を見開く。


キョウジはため息をついた。


「余計なこと言うなよ」


「事実だろ」


「だから余計なんだ」


エミル・アマギ。


数年前、地表任務中に消息を絶った。


遺体は見つかっていない。


だからキョウジは、今でも地表へ出るたびに探している。


ただし、周囲の人間はほとんど期待していなかった。


地表で消息を絶った人間が、何年も生き続けているとは考えにくい。


それでもキョウジだけは、完全に諦めることができなかった。


『地表へ到達します』


ミオの声で話は終わった。


全員が立ち上がり、武器を持つ。


バイザーを下ろす。


そして、鋼鉄の扉がゆっくりと開いた。


白い冷気が、一気に昇降機の中へ流れ込んでくる。


         ◇


地表には、本物の空がある。


だが、人類がかつて見上げていた青空とは違った。


厚い灰色の雲。


吹きつける雪。


どこまでも続く白い地表。


現在の気温はマイナス4度。


風速は毎秒27m。


数10m先の景色すら、吹雪の強弱によって見えたり消えたりする。


「行くぞ」


第3小隊を先頭に、一行は第4外縁ダクトへ向かった。


到着すると、エンジニアたちがすぐに外装を開いて作業を始める。


内部から漏れ出した暖かな空気が、地表の冷気へ触れて白い蒸気となった。


第7小隊は作業班を囲むように広がる。


ユウトは指示通り、セナの少し後ろにいた。


勝手に前へ出ようとはしていない。


「そのままでいい」


キョウジが声をかける。


「見えないからって、何もいないとは思うなよ」


「はい」


ユウトが頷いた直後だった。


『北西方向に生体反応』


ミオの声が入る。


その瞬間、周囲の空気が変わった。


「距離は?」


『620m。接近しています』


レイジがグレートソードを抜く。


「数は?」


『1つ――』


そこへ、第3小隊のオペレーターであるノアの声が重なった。


『待ってください。反応が分かれます』


吹雪の向こうに黒い影が浮かんだ。


最初は1つ。


続いて2つ。


さらに3つ目。


『グリズ級、3体です!』


巨大な熊を思わせるアバレントが、雪煙を突き破って現れた。


「作業班を守れ!」


レイジの声とともに、戦闘が始まった。


最初の1体は第7小隊の正面へ向かってくる。


ガンツが大型シールドを構え、その突進を受け止めた。


激突と同時に雪が弾ける。


押し合いになった巨体へ、横からリオの双剣が入った。


キョウジも反対側へ回る。


硬質化した白い体毛の隙間を狙い、青白い刃を走らせた。


「関節を狙え!」


2体目には、レイジたち第3小隊が向かっていた。


グレートソードが振り下ろされた前脚を外へ逸らし、そこへ別のアークブレードが関節を狙って入り込む。


3体目は作業班を大きく回り込もうとしていた。


セイルの光矢が顔面を掠め、続いてダリウスのバトルアックスが前脚へ食い込む。


吹雪の中、3か所で青白い発振光が走った。


『第3小隊側、1体撃破!』


ノアの報告が入る。


「こっちも終わらせるぞ!」


キョウジが声を飛ばした。


ユーリがアークアンカーを射出する。


銛がグリズ級の後脚へ突き刺さり、巻き取りによって張ったワイヤーが巨体の動きを止めた。


反対側からリオが入り、双剣で前脚を切り裂く。


その隙にキョウジが首元へ踏み込んだ。


「ミオ、出力を上げろ」


『発振部への負荷が増大します』


「2秒でいい」


『了解』


ソードの青白い光が一段強くなる。


キョウジはそのまま刃を押し込んだ。


グリズ級が低く吠え、巨大な身体を雪の上へ崩れさせる。


『撃破を確認』


残るのは1体。


その時だった。


「ユウト!」


キョウジが叫ぶ。


最後のグリズ級が、ユウトへ向きを変えていた。


巨体が雪を蹴る。


ユウトは下がろうとした。


だが、身体が動かなかった。


初めて見る巨大なアバレントが、自分だけを狙って一直線に迫ってくる。


頭では逃げなければならないと分かっていても、足が動かない。


「下がれ!」


キョウジが間へ飛び込んだ。


ソードをグリズ級の前脚へ差し込み、正面から来た突進を横へ逸らす。


間に合った。


そう思った次の瞬間。


反対側の前脚が、大きく横へ振られた。


黒い爪がユウトの装甲へ叩き込まれる。


硬いものが割れる音がした。


ユウトの身体が宙へ浮き、そのまま雪の上を転がっていく。


「ユウト!」


キョウジはすぐに向かおうとした。


だが、まだグリズ級が目の前にいる。


「くそっ!」


リオとユーリが戻ってくる。


さらに、別の個体を倒したレイジも駆けつけた。


ユーリのアークアンカーが後脚を止め、リオの双剣が前脚を裂く。


そこへレイジのグレートソードが肩口へ食い込んだ。


最後にキョウジが踏み込み、首元へソードを突き込む。


巨体が力を失い、その場へ倒れた。


『3体すべての生体反応消失』


ミオの報告が聞こえた。


だが、そんなことはどうでもよかった。


キョウジはユウトの元へ走った。


雪の上に仰向けで倒れている。


胸部装甲は大きく裂け、そこから流れ出した血が白い雪へ広がっていた。


「ユウト」


反応はない。


「おい」


首元へ指を当てる。


何も感じなかった。


『……生体反応の消失を確認しました』


静かなミオの声が届く。


さっきまで話していた。


地表へ出るのは今日が初めてだった。


「生きて帰れますか」と聞いた。


そしてキョウジは、自分の口で「帰ってこい」と言った。


それでもユウトは、帰れなかった。


ガンツが黒い搬送棺を運んでくる。


キョウジたちはユウトの身体を静かに収めた。


近くには、ユウトが使っていた標準型ソードが落ちている。


ユーリが拾い上げ、まだ残っていた発振を止めた。


誰も何も言わなかった。


それでも任務は終わらない。


ダクトの修理を途中で止めることはできない。


誰かが死んでも、ネオ・ヘイヴンで暮らす人間は空気を必要としている。


やがて、エンジニアたちの工具の音が再び鳴り始めた。


         ◇


『第4外縁ダクト、流量復旧を確認』


修理作業が終わり、帰投準備が始まった。


黒い搬送棺も運搬具へ固定される。


キョウジは少し離れた場所から、その棺を見ていた。


『キョウジ』


「なんだ」


『……大丈夫ですか』


少しだけ意外だった。


キョウジは苦く笑う。


「お前がそんなこと聞くの、珍しいな」


『必要な確認です』


「嘘つけ」


ミオは答えなかった。


その時だった。


『待ってください』


声色が変わる。


キョウジもすぐに顔を上げた。


「どうした?」


『生体反応を1つ確認しました』


レイジがグレートソードへ手を掛ける。


「アバレントか?」


『違います』


「じゃあ何だ」


短い沈黙の後、ミオが答えた。


『人間です』


キョウジは耳を疑った。


「人間?」


こんな場所にいるはずがない。


地下都市を離れ、地表で生きている人間がいるという話を聞いたことはある。


だが、キョウジ自身は一度も見たことがなかった。


『北東方向。距離32m』


あまりにも近い。


キョウジは吹雪の向こうへ目を凝らした。


崩れた構造物のそばに、誰かが立っていた。


長い外套をまとった細身の人影。


こちらを見ている。


「誰だ……?」


人影が横を向いた。


その瞬間だけ、吹雪が僅かに弱まった。


長い髪が風に流れる。


露わになった横顔が見えた。


キョウジの呼吸が止まる。


知っている。


忘れるはずがない。


何度も思い出した。


何年経っても、記憶から消えることはなかった。


地表任務中に消息を絶った恋人。


「……エミル?」


レイジが振り向く。


「何?」


キョウジは1歩前へ出た。


「エミル!」


人影が動いた。


崩れた構造物の奥へ姿を消そうとしている。


「待て!」


キョウジが追いかけようとした瞬間、吹雪が一気に強くなった。


視界が白く染まる。


何も見えない。


『反応が移動しています』


「場所を出せ!」


『構造物の奥へ――』


ミオの声が途切れる。


キョウジの視界に表示されていた反応も消えた。


『生体反応、消失』


「そんな……」


吹雪の向こうには、もう誰もいなかった。


それでも。


見間違えるはずがない。


死んだと思っていた。


何年も探し続けていた。


あれは、エミルだった。


そしてキョウジは、この時まだ知らなかった。


死んだはずの恋人が生きていたことなど、これから知ることになるこの世界の嘘に比べれば、まだ最初の1つにすぎないことを。

お読みいただきありがとうございます!


初任務だったユウトは死亡。


そしてその直後、吹雪の向こうに現れたのは――


死んだはずの恋人、エミル。


なぜ彼女は地上にいるのか。


地下都市は何を隠しているのか。


次回から、キョウジが信じていた世界が少しずつ崩れ始めます。

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