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第9話 香印に残る指先

北辺蒸留所では、出荷瓶の封蝋にごく薄く香りを混ぜる。


 見た目だけでは真似できても、押印の角度と香りの配合までは誤魔化せない。母に叩き込まれた確認方法だった。


 私は偽物の木箱から剥がした封蝋と、正規出荷の控えを並べる。香りは似せてある。だが押印の右端だけ、いつも微妙に深い。押した人間が右親指に強く力をかける癖があるのだ。


「人の押し方までわかるのかい」


 マルタが呆れた声を出す。


「瓶の口が小さいので、癖がそのまま出ます」


 ちょうどその頃、ラーゲ商会へ回っていたヨナスが戻ってきた。レオンハルトの古参の執事で、見かけによらず足が速い。


「商会の帳付け係をつかまえました」


 差し出された供述書には、こうあった。


『上品な香りのする手袋をした貴婦人が、南区溶媒の瓶に北辺風の封蝋を自ら押した』


 添えられていた覚え書きには、押印時に薔薇の指輪で蝋を欠かせたとある。ミレーユが春薫祭のたびにつける、白金の薔薇指輪だ。


「これで商会側は崩せる」


 レオンハルトが書面を受け取り、淡々と言う。


「あとは王都の帳簿だ」


 私はうなずいた。


 匂いだけでは感情論で終わる。けれど封蝋の癖と供述が重なれば、言い逃れは難しい。


 少しずつ、嘘の輪郭が固まっていく。



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