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第3話 北辺蒸留所への左遷命令

北辺へ向かう馬車は、王都の甘い花の匂いを三日で吹き飛ばした。


 窓を開ければ、冷たい風と土と針葉樹の匂いが入ってくる。王都では見下されるばかりだったその粗い空気が、今は妙に肺に優しかった。


 到着した北辺蒸留所は、石造りの大きな建物だった。だが煙突は止まり、温室の硝子は半分以上が曇っている。入口の看板だけが、かつてここが上質な精油で名を馳せた場所だと主張していた。


「宮廷から来た記録官か」


 低い声に振り返ると、黒い外套をまとった男がいた。辺境伯レオンハルト・ノルトヴェーク。三十五歳。無駄な飾りのない立ち姿は、寒地の石壁みたいに簡素で揺るがない。


「リディア・ヴァイスです」


「顔色は悪くないな。王都で折れてきた人間は、もっと浅い息をする」


 歓迎の言葉としては乱暴だったが、不思議と刺さらなかった。


 彼は背後の従者から小さな包みを受け取り、私へ差し出した。開くと、白く小さな高地の花が数輪入っていた。


「道中、花を見なかっただろう。北辺にも咲く」


 思わず香りを吸い込む。硬質な冷気の奥に、かすかな蜜の気配があった。


「ありがとうございます」


「礼は要らない。蒸留所を見ろ。立て直せるなら支援する。無理なら、その判断も含めて記録官として報告しろ」


 彼はそう言って先に歩き出した。


 中では工女長のマルタが待っていた。四十代半ば、肘まできっちり布をまくった腕に、長年ここを守ってきた強さが見える。


「宮廷さん。帳面は立派でも、ここは紙だけじゃ火は入らないよ」


「火を入れる前に、止まった理由を知りたいんです」


 温室、原料庫、蒸留室、出荷場。歩けば歩くほど異常が見えた。空の棚、封蝋の剥がれた木箱、閉ざされた蒸留塔。王都で嗅いだ偽物の白百合と同じ、刺すような溶媒臭も残っている。


 左遷先としては、あまりに都合がよすぎた。


 私は胸の前で見本瓶箱を抱き直す。


 ここは終わった工房ではない。


 嘘の出所そのものだ。



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