第4話 香りの消えた温室
翌朝、私は一番に温室へ入った。
硝子の内側は白く曇り、花床の土はひび割れている。白百合も月桂も根だけを残して干からび、蒸留用の薄荷は葉先から黒く変色していた。
「水路が止まったのさ」
マルタが腰に手を当てる。
「冬の終わりに、修繕費が出ないって言われてね。そのまま」
私は足元にしゃがみ、乾いた土を崩した。水気がないだけではない。鉄の匂いが強い。導水管の先を追うと、途中で王都向けの洗浄槽へ無理やり分岐されていた。
「温室用の雪解け水が、別の槽に回されています」
「そんなことまでわかるのかい」
「百合は水で香りが決まります。鉄分が混じると尾香が濁る」
原料庫の在庫表もおかしかった。帳簿上では春前に届いたはずの花弁乾燥束が、実際には半分以下しかない。木箱の封蝋は北辺の山印ではなく、形だけ真似た粗い押印だった。
私は帳面に次々と印をつけていく。
「白百合の減りが早すぎます。しかも正規出荷数より、洗浄溶媒の購入量が多い」
マルタの眉が寄った。
「こっちじゃそんな量、使ってないよ」
ならば使ったのは、王都側だ。
昼前、点検結果をレオンハルトへ伝えると、彼は短く頷いた。
「必要な修繕は」
「導水管の復旧、温室硝子の張り替え、出荷印の再管理。それと蒸留塔の封鎖理由の確認です」
「全部やれ」
即答だった。
「帳面だけの人間ではなさそうだ」
その一言で、胸の奥に張っていたものが少しだけゆるんだ。
王都では誰も、私の言葉をこんなふうに受け取らなかった。




