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第19話 もう影の調香師ではない
翌朝、宮内省から正式な打診が来た。
王宮香房の記録体制を改めるにあたり、私へ復職を願いたいという。以前より高い地位も用意できる、と。
昔の私なら迷ったかもしれない。認められたい気持ちがなかったわけではない。
けれど今は、返事を考えるのに長い時間は要らなかった。
「お断りします」
宮内長官は少し驚いた顔をした。
「北辺蒸留所と王宮は、公正な納入契約を結び直してください。私は北辺で記録室と新作開発を続けます」
それが私の答えだった。
王都を出る前、セドリックから謝罪の手紙が届いた。封を切らずに返した。今さら言葉を受け取る理由はない。
北辺へ戻ると、蒸留所の入口に新しい看板が掛かっていた。
『北辺蒸留所 調香記録室』
下に小さく、私の名が添えられている。
マルタが腕を組みながら言った。
「王都のお飾り部屋より、こっちの方が似合うよ」
「ええ。私もそう思います」
もう私は、誰かの後ろで香りを整えるだけの人間ではない。
私自身の名で、作り、守り、残していく。




