13/20
第13話 北辺香会の新作
北辺香会は、蒸留所を再開して初めての公開発表だった。
雪解け水で復元した白百合に、朝の冷気を閉じ込めた『暁雪の白百合』。針葉樹と薄荷で城壁の朝を表した『城壁の朝霧』。派手ではないが、北辺にしか作れない香りだ。
来場した商人たちは、最初こそ半信半疑だった。けれど試香紙を手にした途端、表情が変わる。
「これは王都の香りより長く残る」
「宿の客間に使えそうだ」
「兵舎向けの洗浄香液も欲しい」
注文票が次々と埋まっていく。
工女たちの顔にようやく笑みが戻った。止まっていた賃金も、今月から出せる見込みが立つ。マルタは帳場で大きく鼻を鳴らしながらも、誰より嬉しそうだった。
発表の最後、レオンハルトは集まった人々の前で言った。
「北辺蒸留所の再建責任者は、宮廷から来た記録官リディア・ヴァイスだ。今日以後、この蒸留所の調香記録と新作管理は彼女が預かる」
拍手が起きた。
王都では、私はずっと裏方だった。名を呼ばれるのは責任を押しつけられるときだけだった。
けれど今は違う。
私の仕事に対して、まっすぐ返ってくる拍手がある。
その日の夕方、王宮から正式な招状が届いた。次の大夜会で北辺蒸留所の新作を披露してほしい、と。
もう逃げる理由はなかった。




