298. 騎士堂鼎談(前)
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アガット騎士団領の城は立派ではあるが、華美に乏しく素朴な建物のようだ。
この国には沢山の騎士がいる一方で、王侯貴族の類が全く居ない。だから建物に華やかな美しさを求める必要が無いのだろう。
ジュレミー総長に先導されながら城内へ踏み入ると、やはり内装も至って素朴な設えが徹底されていた。
この国の騎士には、節制さを尊ぶ気質があるのだろうか。無駄に贅を求めるつもりがない明瞭な意志が窺える辺りは、ユリからすると好ましくも映る。
「我々はこの建物を『騎士堂』と呼んでいます。ご覧の通り飾り気が無く、絨毯も敷かれてはおらず……城と言うよりは、騎士団の詰所をそのまま大きくしたような建物ですからね。汗臭い建物で、女性の方にはご不快かもしれませんが」
「気にすることは無いわ、ジュレミー総長。あなた方が沢山の汗を流すのは、騎士としての役目を果たせるよう鍛錬を怠らないからでしょう? その血汗は賞賛されこそすれ、忌むようなものでは無い筈よ」
「ほう……。ユリ陛下は本質をご理解下さる、良き貴婦人でいらっしゃいますな。思わず婚約を申し込みたい気持ちに駆られてしまいます」
「ごめんなさいね、私は生憎と殿方に興味が持てない性分だから、同性としか関係を持つつもりが無いのよ。それに私には全部で359名の『嫁』と7名の『妾』が既に居るからね。現状で十分過ぎるほど満ち足りているわ」
「お、おお……。そうなのですか……」
ユリの言葉を受けて、ジュレミー総長が露骨に引いたような表情を浮かべる。
それが同性愛者に対する忌避感情によるものなのか、それとも大量の妻妾を持つことに呆れたからなのか、あるいはその両方なのかは判らないが。
ジュレミー総長に案内されながら、騎士堂の中を歩く。
この場にはユリ達だけでも全部で28人、更にジュレミー総長とその随行の人達も含めれば全部で50人以上の人達がいる。それだけの人数が一斉に歩くことで、騎士堂の硬質な床が絶え間ない波のような足音を立てた。
「―――なるほど。百合帝国の竜の方々は、人の姿に変身ができるのですね。竜の姿がいつの間にか見えなくなっていましたから、不思議に思っていたのです」
足音がうるさくても、隣を歩くジュレミー総長と会話する分には問題無い。
移動の傍らに、ユリが竜の『人化』について説明すると。ジュレミー総長は得心したように頷いてから、そう告げてみせた。
「私とアルトリウスと『白百合』―――護衛に連れてきた、我が国の女性騎士6名を除けば、他は全員が『竜』よ。もしジュレミー総長が竜の姿を間近で見たいようなら、後ほど彼らが変身する所を見せてあげても構わないけれど?」
「―――おお、それは是非ともお願いします! いやあ、やはり男として生まれた以上は、竜という強き魔物に関心を抱かずにはおられませんので」
「よく判ります」
ジュレミー総長の言葉に、うんうんと頻りに頷いてみせるアルトリウス。
残念ながら、竜に強い憧れを持たずにいられない男心がよく判らないので、女であるユリとしては苦笑する他ない。
―――そんな話をしていると。やがてユリ達の一行は、騎士堂の中でもとりわけ細かい意匠が施された扉がある、一室の前に到着する。
「こちらの応接室にて、ユリ陛下やアルトリウス教皇と、国主同士のお話をさせて頂けましたらと存じます。流石に全員が入れるほど広い部屋ではありませんので、護衛の方は数名だけにして頂ければ幸いです。残りのお連れ様は、お寛ぎ頂けます別室へ案内させますので」
「承知したわ。では『白百合』隊長のヘラと、ラドラグルフとリンドヴルムは私とアルトリウスの護衛として付いてきて頂戴。他の者達のことは、クロートにお願いして構わないかしら?」
「はっ! お任せ下さい!」
「ありがとう、クロート。あまり気張らず、皆を存分に休ませてあげてね」
クロートは『白百合』の副長を務めている子のひとりだ。
真面目な子が多い『白百合』の中でも特に生真面目な子なので、彼女に任せておけば何の心配も要らないだろう。
隊長のヘラ以外の『白百合』の子達と、火竜・水竜・雷竜の部族の者達と別れてから。騎士達が扉を開けてくれたので、ユリ達は応接室の中へと入る。
そこは華美ではないものの、なかなかに上等な部屋だった。
特に部屋の中央に置かれている、艶のある革が張られた対面ソファなどは、その高級感が見るだけですぐに理解できる。
「ほう。このソファに張られているのは、ワイバーンの革だな」
唐突に、ラドラグルフがそんなことを口にしてみせた。
その言葉に、隣に居るリンドヴルムが頷いているところを見ると。どうやら竜である彼女達になら、すぐに判るものであるらしい。
「お判りになりますか」
「うむ。我やリンドヴルムのような『祖竜』からすれば、格下も格下の存在ではあるが。一応これも竜の1種ではあるからな」
そのラドラグルフの言葉を受けて、ジュレミー総長が僅かに慌てた表情になる。
一体どうしたのだろう、とユリは訝しく思う。
「も、申し訳無い! 竜革のソファをお見せしたことに、他意は無いのです」
「……ああ、なるほど」
狼狽しながらジュレミー総長が告げた言葉を聞き、ユリは得心する。
どうやら、竜の革がソファに使われているのを見て、同じ竜であるラドラグルフやリンドヴルムが気を悪くしないかと、不安に思ったらしい。
「ご心配には及びません、ジュレミー総長。ワイバーンは竜の中で最も格下の存在で、しばしば『劣等竜』や『竜の出来損ない』などと蔑まれる存在です。
そんなワイバーンの革がどのように扱われていようと、彼女達が気にすることは無いでしょう。そうよね?」
「うむ。我は全く気にせんな」
「ユリ殿の言う通りですね。というか別に、もっと格上の竜の革が使われていても我々は気にしたり致しません。戦って勝ち得た素材を己の望む儘に利用するのは、勝者の権利というものでしょう」
「そ、そう言って頂けると、助かります」
2人の言葉を聞いて、ジュレミー総長はほっと安堵の息を吐く。
うっかり竜に喧嘩を売ってしまったかもしれないと危惧したのだから、内心での彼の焦りは相当なものだったろう。
(……この国の騎士団には、ワイバーンを狩れる実力があるのね)
ふと、ユリは内心でそう思い、この国の騎士達に感心する。
ワイバーンの革は貴重すぎて市場に出回ることがまず無いと、以前に『トルマーク商会』の会頭を務めるアドスの、妻のエリンから聞いたことがある。
その入手に成功しているということは。この国の騎士団は、過去にワイバーンの狩猟に成功した経験があるということだろう。
ワイバーンは竜の中では最も格下の存在だけれど、それでもレベルは少なくとも50前後はある。また空を自由に飛び回ることができる関係で、実際にはレベルを大きく上回る実力を持っている場合が殆どだ。
その狩猟に成功したというのは、大いに賞賛されても良いことだろう。
「とりあえず、座らせて頂いても?」
「……これは大変に失礼を致しました。どうぞお掛け下さい」
ソファの一方にユリとアルトリウスが腰掛け、もう一方にジュレミー総長が腰を下ろした。
『白百合』隊長のヘラと、ラドラグルフとリンドヴルムの3人は、それぞれユリが座るソファの後ろに立つ。
対面ソファ以外にも、室内には椅子が幾つか置かれているようだけれど。どうやら彼女達は、護衛としての役目を優先するつもりで居るようだ。
「ジュレミー総長。貴国にはワイバーンを狩猟できる実力があると考えても?」
「―――そう、ですね。狩猟に成功して、このソファに用いている革を得ることが出来たのは6年前のことですが。その時には首尾よく死者を1名も出すことなく、狩猟に成功しております」
「それは、素晴らしいわね……。ところで、精強な騎士隊を保有している貴国に、ひとつ提案したいことがあるのだけれど」
「おお、是非とも聞かせて頂きましょう」
「私に忠誠を誓ってくれている竜と、貴国が擁する騎士隊。精強な軍事力でもあるこの両者を―――好誼の一環として、戦わせてみるというのはどうかしら?」
「……竜と、戦う……ですか?」
唖然とした表情で、ジュレミー総長がそう言葉を零す。
驚愕ばかりが占めている彼の表情の中に―――けれど、僅かな好奇心が混じっていることを、ユリは見逃さない。
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