292. 亡国へ宛てた使者
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パルティータからギルドチャットを介して伝えられてくる、リアルタイムの状況報告によると。アガット騎士団領から来訪した使者―――全部で3名の男性騎士達は、とにかく頻りに狼狽した様子であるらしい。
まず、ヴォルミシア帝国が亡国となっていることや、彼の国土の全域が現在では百合帝国の支配下になっている事実が、完全に初耳だった為に。パルティータから一連の話を聞かされた使者の男性達は、自分たちが既に存在しない国へ使者として遣わされた事実に、どうして良いものか混乱しているそうだ。
更には、現在の一帯の支配者である百合帝国の国主ユリが、使者との面会に即日で応じる姿勢を示していることもまた、使者の混乱に拍車を掛けているらしい。
この世界では王侯貴族に面会を求めた場合、1~2週間ほど待たされるのは珍しくも無いことだ。
国家間の使者となれば相応の優先待遇は受けられるので、実際はその半分程度の期間で済むことが多いらしいけれど。それでも国主が即日で面会に応じるというのは、まず通常では考えられないことだ。
使者はパルティータに案内されながら『転移門』を利用して、百合帝国の首都であるユリタニアへ移動したらしいのだが、これもまた彼らを大いに驚かせた。
まあ、これは無理もないことだろう。利用するだけで、離れた地へ一瞬のうちに転移できてしまう『転移門』は、おそらくこの世界の人の理解を超えたものだ。
しかも転移した先に広がるユリタニアの景色は、『桔梗』の子達が全霊を傾けて建造した、立派にして大変に明媚な都市だ。一般的な都市よりも遙かに洗練された街並みを見渡せば、これもまた多くの驚きが伴うことだろう。
そして国主の住居であるユリタニア宮殿もまた、その都市の立派さに全く引けを取らない、見事な威容を誇る建物だ。
地上部だけで10階もある高層建築でありながら、宮殿の建物は横方向にもかなり巨大で、また外観も芸術性が高い意匠が数多く施されており、見る者の心を奪う完璧さがある。
『転移門』の効果を実際に体感し、加えて都市や宮殿の建造技術の高さを目の当たりにしてしまえば。それだけで百合帝国という国家が、今は亡きヴォルミシア帝国より遙かに強大な大国である事実が、使者にもよく伝わることだろう。
使者がユリタニア宮殿へ到着したとの報告を受けたユリは、すぐに『謁見の間』へと転移し、その広間の奥にある玉座に深く腰掛ける。
そのユリの左右に、既に部屋の中で待機していた、『百合帝国』が誇る各部隊の隊長12名がずらりと並ぶ。
程なくやってきた使者達が『謁見の間』の中へと通され、3名の男性がそれぞれに玉座正面の段下にて、ユリに向けて跪いた。
身を屈めるその所作ひとつ取っても、しっかりと洗練されている様子が窺える。
先方が『アガット騎士団領』という国名に恥じない『騎士の国』であることを、騎士の礼節ひとつで明瞭に理解させられたような気がした。
「―――面を上げて頂戴。アガット騎士団領からいらした使者の方々ね。この度はよく百合帝国へ来て下さいました。当国はあなた達の来訪を歓迎するわ」
「ありがとうございます、ユリ陛下」
「名前を伺っても構わないかしら?」
「アガット騎士団領の第三騎士団にて副長をしております、グレイと申します」
グレイと名乗った先頭で跪いている使者の男性が、ユリの言葉にそう答えた。
顔は凡庸ながらも、渋くて良い声をした、なかなか女性受けしそうな男性だ。
砂漠生まれを思わせる、微かに熱砂灼けしたような声色だけれど。それが却って他人には無い独特の魅力を醸し出している。
「ところで、私が受けている報告によると、あなた方は百合帝国の存在を知らず、ヴォルミシア帝国へ親書を届ける目的でドリスダールへいらっしゃったとか?」
「………! お、お恥ずかしながら、その通りに存じます」
狼狽した様子で、グレイが深々と下げた。
貴国を訪問したのは、別の国と勘違いしていたからだ―――という経緯は、咎められても仕方ないものだという自覚があるのだろう。
「ああ、別に責めるつもりは無いから安心して頂戴。既に私の臣下から事情は聞いていると思うけれど、ヴォルミシア帝国なる国家は既に亡く、現在は彼の国の土地の全域を、我が百合帝国が支配しているわ」
「はい、一連の経緯はパルティータ殿からお話を伺いました。当国では全くその辺りの事情を存じておらず、恐縮する限りです」
「いいのよ。知らなかったことは、仕方が無いのだもの。
―――但し、あなた方が持参した親書については、私に宛てたものでは無いのだから、受け取るわけにはいかないわ。そちらは国に持ち帰って頂戴」
「そう……ですね。そのように致します」
「結構」
使者が持参した親書は、ヴォルミシア帝国のルドウィン皇帝に宛てたものだ。
その手紙をユリが受け取ってやる義理はない。
支配国が変わっていると知った後になお、当国に何か言いたいことがあるようならば、改めてユリ宛ての親書を再送してくるだろう。
「ところで、使者の方々に幾つか質問をさせて頂きたいのだけれど。アガット騎士団領とヴォルミシア帝国は、それなりに良好な関係を築いていたと聞いているわ」
「はっ、間違い御座いません。年に一度の『戦争』こそ行っておりますが、商人による交易も以前は密に行われており、良い関係が築けておりました」
「我々がヴォルミシア帝国を滅ぼし、その国土の全域を百合帝国に併合したのは、昨年の『冬月25日』のこと。―――だから、あれから既に3ヶ月以上もの時間が経っているわけね。
国交が密にあるにも拘わらず、それだけの長い期間に渡ってヴォルミシア帝国が既に滅んでいるという事実を、貴国が把握せずに居たというのは。私からすると、些か奇妙な話に思えてならないのだけれど?」
隣接国の情報ぐらいは、遅くとも1ヶ月もあれば多少は入ってくるものだ。
まして商人による交易が行われており、民間レベルで密に関係が築かれているのであれば猶更だ。『戦争に負けて別の国に併合された』などという鮮烈な情報に、行き交う商人達が無関心であろう筈も無いのだから。
「そのご疑念はもっともだと思われます。実を申し上げますと……少し困った事情があり、当国とヴォルミシア帝国との国交は、ここ1年ほど完全に断たれた状態にありました。そのせいで当国に情報が入って来ていなかったものと思われます」
「ふむ……。その『少し困った事情』というのは一体何かしら?」
「詳しくご説明申し上げますと、少々長い話になりますが……。1年ほど前から、当国の国土にて強力な魔物が出現するようになったからです。その魔物の脅威により、まず商人の荷馬車が襲われて被害が出るようになり、続けて防壁が無いために村落にも大きな被害が出るようになりました。
この事態に対処するため、当国では各村落の住人全員を近隣都市にて受け容れ、一時的に外部との国交を全面的に断ち、商人や旅客が都市外へ出ることが出来ないように致しました。そうした上で各騎士団が魔物の討伐へ乗り出し、約1年の歳月を掛けた結果、最近ようやく脅威の排除に至ったところなのです」
「なるほど。市民が出ないように都市を封鎖していたのであれば、隣接国の情報さえ入手できていなかったというのも頷けるわね。
―――ところでその『強力な魔物』というのは、風貌は狼に似ていながらも体形は猪に近くて、けれど猪よりも2周りぐらい大きい魔物のことかしら?」
「はっ、その魔物で相違ないと存じます。大変凶暴な魔物で、昨年の冬には当国に40体以上の存在が確認されておりました。十数名の騎士で囲まなければ安全には狩れない魔物で、討伐にはかなり苦労させられました」
どうやら使者が言う『強力な魔物』とは、泥土狼のことで相違ないらしい。
泥土狼のレベルは56と高い上に、実際の強さはそれ以上のものがあるらしく、大体レベル65相当の強さを持つとも言われている。
その魔物を10名以上の騎士達で囲んでの討伐とはいえ、安全に狩猟できているのならば。アガット騎士団領の騎士の実力は、なかなかのものと見て良いだろう。
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