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百合帝国  作者: 旅籠文楽
1章 -

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293. 敬意には友好を

 


     [3]



 アガット騎士団領からの使者と『謁見の間』で相対し、彼の国の事情を理解したユリは、速やかに親書を認める作業に取り掛かった。

 使者として来訪した騎士達に、百合帝国からの親書を持ち帰って貰うためだ。

 なので3人の使者にはまだ帰国を許可せず、当国側で手配したユリタニアにある宿屋に滞在して貰っている。


(折角の縁なのだから、利用しない手は無いのよね)


 先方が持参した親書は『ヴォルミシア帝国』に宛てたものなので受け取るわけにはいかないけれど。当国からの親書を持ち帰って貰えば、百合帝国とアガット騎士団領との間に、多少の縁が生まれることになる。

 国境を接する国と縁を作れる機会を、わざわざ無下にすることも無いだろう。


 アガット騎士団領なる国について、ユリが知っていることは少ないけれど。それでも―――ユリの心中に於いて、彼の国に対する印象はなかなか悪くない。

 ヴォルミシア帝国に較べれば、アガット騎士団領は国家として果たすべき責務を充分に全うしていると思うからだ。


 天然ダンジョンから泥土狼が溢れた際に、ヴォルミシア帝国はそれに対して碌な対策も打てないままに国土を蹂躙される事態を招いた。その結果、まず防壁を持たない村落があっという間に蹂躙され、更には防壁があったにも拘わらず、その高さや堅牢さが充分ではなかった都市までもが幾つか滅ぼされた。

 ちゃんとした防壁を備えていた都市は泥土狼の侵入を防ぐことができたが、食料の蓄えが充分で無かったために、住民達が飢餓に喘ぎ始めるのは早かった。

 更には、癒神リュディナからの要請を受けて、助けの手を差し伸べたユリに対して、害することで応じようとしたのだから、全くもって救いようが無い。


 一方で、アガット騎士団領は泥土狼が国土に出現するようになった際に、村落の住民を都市に収容し、その命を護ることに努めている。

 それにより一時的に都市住民が大幅に増えたにも拘わらず、住民達が飢餓に喘ぐことが無かったのは、予め各都市に充分量の食料を備蓄していたことの証左だと言えるだろう。

 しかも彼らは、時間こそそれなりに掛かってはいるものの、騎士達を派遣して泥土狼を討伐し、国土の平穏を自力で取り戻すことに成功しているのだ。


 ―――民の命を適切に護る。

 それは国家として最低限の責務であり、最重要の課題だと言えるだろう。

 アガット騎士団領は、満点ではないかもしれないけれど―――少なくとも国家として果たすべき役割を、及第点以上で全うしている。

 国主の座について2年半の経験を持つユリからすると、それだけで充分に敬意が持てる相手だ。


 嘗てヴォルミシア帝国に救済の手を差し伸べようとしたのは、あくまで大恩あるリュディナの要請があったからであり、ユリ自身の意志では無かったわけだが。

 アガット騎士団領に関しては―――先方に何か困ったことがあった際には、自主的に協力を申し出ても良いと。そう思えるだけの相手だと言えるだろう。

 百合帝国の同盟圏に、とまでは望まないにしても。少しずつでも良いから、友好的な関係を築けたらと思う。


(……長い親書を認めるよりも、いっそ直接会いに行ってみようかしら)


 『撫子』が収集した情報によれば、やはりアガット騎士団領はその国名から想像できる通り、尚武を尊ぶ気風の国であるのは間違いないらしい。

 だとするなら、百合帝国が充分な『武力』を持つ国であることを示せば、彼の国から良い評価を得ることも可能ではないだろうか。


 ユリが有する最大の武力が『百合帝国』の子達であることは言うまでもないが、その強さをアガット騎士団領に見せつけるのは、なかなかに難しい。

 格が違いすぎるからだ。おそらく『百合帝国』の子達が武威を見せつけたところで、その強さの高みを先方が理解することは難しいだろう。

 となれば、もっと誰にでも判りやすい『武力』を見せつける方が良さそうだ。


(だったら、やることは決まっているわね)


 〈インベントリ〉から取り出したまっさらな便箋に、ユリは文章を認める。

 この便箋は事前に【翻訳】の魔法を籠めて貰っている、魔導具の一種だ。

 ユリや『百合帝国』の子達が話している言葉がこの世界の住人に通用するのは、リュディナが〔翻訳〕の恩寵を与えてくれているお陰なわけだけれど。

 この恩寵は、残念ながら他者との『会話』と文字を『読む』際には十全に機能しても、文字を『書く』ことには対応していない。

 なので他国の王へ親書を出す場合には、【翻訳】の魔法を籠めた魔導具を用いる必要があるわけだ。


(ああ、違う。『王』ではなく『総長』だったわね―――)


 アガット騎士団領の国主は『第一騎士団』の『総長』が務めているらしい。

 どうにもユリには騎士団国家というのが、いまいち理解できないわけだけれど。まあ敬称が異なる点にさえ注意しながら認めれば、特に問題は無いだろう。


 それから10分ほどの時間を掛けて、手早くユリは親書を認める。

 文面は時候の挨拶から始めて―――簡潔に纏めると『貴国が支配国を誤認してドリスダールに使者を送ってきたようだけれど、当国は貴国に他意が無いことを理解しているから別に気に留めたりはしないし、寧ろこれを機に貴国と縁が作れることを嬉しく思っている。貴国で出現した強力な魔物は当国にも出現しており、対処にはなかなか苦労させられた。魔物の脅威から民を護ることに成功し、また魔物の駆除にも成功している貴国の武勇には敬意を覚える。近日中に一度、竜に乗って(・・・・・)貴国を訪問しようと思っている。竜の群れが飛来しても、敵では無いので攻撃を加えないで頂けると有難い。会えるのを楽しみにしている』という旨の文面を綴った。


 言うまでもなく『竜に乗って会いに行く』と宣言しているのは、百合帝国の武力を先方に見せつけるためだ。

 この世界に於いて、竜は判りやすい『災厄』の象徴だ。折角『蓬莱』の近郊に竜の部族を幾つも扶養しているのだから、これを利用しない手は無いだろう。




 ―――親書の文面については、一応ソフィアに確認して貰ったところ、


「良い文面です。仲良くなりたいという率直な意志と、だからといって下手に出るつもりはないという露骨な武威の誇示。どちらもちゃんと示せています」


 と、充分な評価を貰うことができた。

 ソフィアが万事に長ける能吏であることは、最早疑いようも無いわけだけれど。とりわけ彼女は、シュレジア公国の国主であるテオドール公の娘として英才教育を受けている為、こと外交関係に関しては当国に於いて右に並ぶ者が居ない。

 ソフィアに太鼓判を捺して貰えるなら、何の心配も無さそうだ。


「ご主人様。できればアガット騎士団領を訪問する際には、ニムン聖国のアルトリウス聖王に同伴頂くのが良いと思います」

「うん? それは、どうして?」

「彼の国の騎士には信仰に篤い者が多く居ますので、その方が誼を結ぶ上で効果的だからですね。現在のアガット騎士団領の国主であるジュレミー総長もまた、敬虔な『八神教』の信徒であるという噂を耳にしたことがあります。

 アルトリウス聖王を同伴した上で訪問すれば、ご主人様が八神の1柱であることが容易に証明出来ます。彼の国と友好関係を築くなど、造作も無いことでしょう」

「……あなたは、本当に頼りになるわね」


 ソフィアがそう言うのなら、間違いない事実なのだろう。

 早々に良好な関係が築けるなら、もちろんそれに越したことはない。

 アルトリウスの都合を確認した上で、近いうちに訪問してみることにしよう。



 

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お読み下さりありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新乙い [一言] ピクニックらー
[一言] 他人に敬意を払える脳筋は良い脳筋
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