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百合帝国  作者: 旅籠文楽
1章 -

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291. 定例戦争

 


     [1]



「―――ドリスダールに使者?」

「はい、ご主人様。『アガット騎士団領』からの使者だと名乗る、騎士らしき風貌の者がドリスダールの帝城を訪ねて来ましたが、いかが対応致しましょうか?」


 夏も終わりが近づきつつある『夏月36日』。

 この日もいつも通りに、午前中は執務室で各所から届けられた報告書に目を通したり、各地の政庁などから上がってきた決裁を要する書類に可否の判断を行っていたユリは。10時頃になって執務室を訪ねてきた『撫子』隊長のパルティータからその報告を聞かされて、少なからず驚いた。


「ドリスダールというのは確か、以前に征服したヴォルミシア帝国の、首都だった都市のことよね?」

「左様です。現在はリンドヴルム様が半壊させた帝城に『桔梗』が簡易の補修だけを行い、都市政庁として利用しているのですが。その建物を訪ねて、使者が来ております」

「……パルティータ。私には『アガット騎士団領』という名前に聞き覚えが無いのだけれど。それは国家の名前なのかしら?」

「はい、国名ですね。元ヴォルミシア帝国領の、南方から南東方向に存在している国家になります。レイピア王国と同程度の国土面積を持つ中堅国家で、アガット騎士団領の南方は海に面しています」

「ふむ……。それで先方の使者は、来訪の用向きを何と言っているのかしら?」

「それが、何でも『今年の戦争についての親書を持ってきた』とのことでして」

「……は?」


 パルティータの言葉に、思わずユリは目が点になる。

 『戦争についての親書』と言うのが、まず何なのかよく判らない。これが使者を介した『宣戦布告』というのであればまだ、理解はできるのだけれど。

 しかもその頭に『今年の』と付いていることが、更に理解を困難にしていた。


「ご主人様。まずこの使者ですが、『百合帝国』のことを存じておりません」

「……うん? つまり、持ってきた親書は当国宛では無いということかしら?」

「はい。ヴォルミシア帝国のルドウィン皇帝に宛てたもののようですね」

「なるほどねえ……」


 どうやらアガット騎士団領は、ヴォルミシア帝国が現在はもう亡国となっている事実を、まだ把握していないらしい。

 だから今もヴォルミシア帝国があると疑わず、嘗ての首都であったドリスダールの帝城に、使者を送ってきたというわけだ。

 ……そこが、もはや別の国家の土地であるとは知らずに。


 親書の宛先であるルドウィン皇帝も、今となっては亡き人だ。

 いや―――厳密に言えば、まだ生きては(・・・・)いるのだけれど。『百合帝国』の子達によって玩ばれた結果、もはや人としての原型を留めては居ない。


「それと『今年の戦争』という下りについてなのですが。どうやらヴォルミシア帝国とアガット騎士団領は、毎年の秋に―――特に収穫を終えた後の秋月4~5週目頃に『戦争』を行っていたようですね」

「……戦争を、毎年?」

「はい。但し『戦争』とは名ばかりで、実際には演習に近いものだったようです。毎年互いに同数ずつの兵を出して、基本的に敵兵を『殺さない』のを前提に行う、二国軍事演習ですね。もっとも、毎回多少の死者は出ていたようですが」

「演習ねえ……。人と戦うぐらいなら、魔物と戦う方が良いでしょうに」


 討伐した魔物は、少なくとも月を跨ぐまでは復活しない。

 軍を派遣して人同士で殴り合うよりは、軍を派遣して交易路などの魔物を一時的にでも減らす方が、よっぽど民のためになると思うのだけれど。


「建前としては『戦争』の体を取っていますので、上手く敵軍を殲滅した部隊の長には相応の功績が与えられるようですね。なので武門の家柄にとっては、手柄を立てる年に1度の良い機会という側面もあったようです」

「手柄をねえ……」


 アガット騎士団領がどういう国家なのかは知らないが。名前から察するに、おそらくは多数の騎士を擁する、武威が高く評価される国家なのだろう。

 だとするなら―――確かに『戦争』のように、臣下が武を誇ることができ、手柄を判りやすく得ることが出来る場を用意するのが、年に1度ぐらいは必要というのも理解できなくは無いか。


「それにしても……毎年『戦争』をする間柄なんて。ヴォルミシア帝国とアガット騎士団領は、随分と仲が良いのね。同盟関係にもあったのかしら?」

「いえ、建前としては一応『戦争』を行っているわけですから、特に同盟関係などは締結していなかったようです。ただ互いに軍事力を国是としていることもあり、国家の関係は非常に良好だったようですね」

「ふむ……。ではヴォルミシア帝国の全土を百合帝国が征服していると知ったら、先方は怒るかもしれないわね?」

「そうですね、有り得ない話では無いと思います。……もちろんその場合は、速やかに返り討ちにするだけですが」

「まあ、降りかかる火の粉は払わないといけないものね」


 少なくともまだ今年の内は、積極的に国土を増やすつもりは無いわけだけれど。それでも相手の側から仕掛けてきたなら、応じるしかない。

 相手が百合帝国を蹂躙するつもりで仕掛けて来るなら、それと同等以上の蹂躙をもって、こちらも応えるのが道理というものだ。


 幸い、ユリが行使することができる唯一の攻撃魔法―――【星堕とし(メテオ・ストライク)】は、既に再使用が可能な状態にある。

 それを思えば、むしろ相手が攻めてきてくれるなら、それはそれで好都合でさえあるかもしれない。

 【星堕とし】で落とした『隕石』からは、貴重な『隕鉄(メテオライト)』の鉱石が沢山採れるのだから。定期的に使っていく方が『竜胆』の子達は喜ぶだろう。


「使者にドリスダールの支配者が代わっている事情は、もう説明したの?」

「いえ、まだです。相手の誤認を利用する場合もあるかと思いまして、事情を説明しないまま待機させております。―――とはいえ、特に使者を軟禁しているわけではありませんから、都市内で情報を集めて察するかもしれませんが」

「んー……。いいわ、面倒だから相手に事情は一通り話しておいて頂戴。

 あと、とりあえずその使者とはあってみることにするわ。事情の説明が終わった後にでも、ドリスダールの『転移門』を使わせて、ユリタニア王宮まで来て貰って頂戴。『謁見の間』で会うことにするから」

「承知致しました」


 パルティータに指示だけを出して、ユリは速やかに執務仕事へと戻る。

 使者がユリタニア王宮へ来るまでに、どれぐらいの時間が掛かるかは判らないけれど。出来ればそれまでに、今日の執務は全て終わらせておきたいからだ。



 

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