287. 総督府交渉(中)
「さて、そろそろ本題に入らせて頂こうかしら―――。
私も『竜の派遣』については、部下から詳しい報告を受けているけれど。一応、フルール総督の口からも、色々と話を聞かせて貰えるかしら?」
今月の初頭から、百合帝国では神域都市『蓬莱』に住んでいる竜の部族の一部をアネカ共和国の悪地へ派遣し、そこに棲息する魔物の『駆逐』を行わせている。
その『駆逐』が挙げた戦果や、アネカ共和国の悪地都市に住まう人達の、竜達に対する反応については、既に『撫子』から報告を受けているけれど。やはり自国で調べた情報だけでなく、相手国の側からも直接話を聞いておきたかった。
「正直に申しますが―――今月に入って、百合帝国からの『竜の派遣』が行われ始めた当初から暫くの間は、民の反応はあまり思わしいものではありませんでした」
「……そうなの?」
「はい。特に悪地ではない場所、つまり国土西側にあります都市・村落の住人は、東の空に多数の竜が飛行している光景を遠くから眺めて、少なからず不安を抱いた者が多かったようですね」
「ああ、なるほど……」
この世界に於いて、竜は『災厄』の一種だとされている存在だ。
人の身に決して敵う相手ではないため、抵抗など考えてはいけないと。もし見かけたなら立ち去るまで、じっと息を潜めて過ぎ去るのを待つほかないのだと。
―――そのように言い諭す教訓が、伝承として沢山残されているという。
アネカ共和国は小国なので、国土東側の悪地の空に舞う竜達の姿が、国土西側にある都市・村落からも、遠目に眺めることが出来たのだろう。
ただでさえ不毛であり『呪われた地』の異名もある悪地の空に、多数の『災厄』が飛行している姿が、民に何かしらの不吉な印象を与えたとしても無理はない。
(……やはり、実際に相手の話も聞いてみないと、判らないことが多いわね)
ユリはそんな報告など『撫子』から一言たりとも受けてはいなかった。
その理由が、単純に『撫子』が国土西側に住む人達の心証まで調べていなかっただけなのか、それとも国にとって不利益な事実だから敢えて報告しなかったのか。
生憎と、どちらなのかは判らないけれど。
「それは申し訳無いことをしてしまったわね。民に混乱などは無かったかしら?」
「はい、混乱と言うほどのものはありませんでしたので大丈夫です。それに結論から申し上げれば、然程の日も置かない内に、民の不安は解消されましたから。
―――百合帝国が派遣して下さった竜の皆様の仕事はとても迅速かつ精緻なものでしたので、今月の4日頃にはもう悪地に棲息する殆どの魔物が討伐されました。これにより、本来は大量の護衛を伴わなければ行えない筈の悪地都市への人や荷の輸送が、最低限の護衛を用意するだけで行えるようになりました」
「その情報は、私が受けている報告と一致するわね」
竜の各部族からも諜報部隊である『撫子』からも、竜達による駆逐は開始後およそ3~4日程度で、概ね完了したという旨の報告を受けている。
竜の中には索敵の技術や魔法に長けている個体もそれなりに居るので、悪地に棲息する魔物を根こそぎに近い形で討伐できたようだ。
もちろん僅かながら生き残っている魔物も居るだろうけれど。それは商隊が最低限の護衛さえ伴っていれば、対処できる程度のものだ。
「これにより悪地で採取したロエス草が、多くの商人達の尽力により、国土西側の都市や村落へも、新鮮なまま沢山輸送されてくるようになりまして」
「ロエス草は確か、元々2ヶ月ぐらいは日持ちするという話では無かったかしら。別に輸送が限られていた状況下でも、国内へぐらいは届けられたのでは?」
「それは乾燥を済ませているロエス草のお話ですね。乾燥させたロエス草は茶葉として、仰る通り2ヶ月ぐらいでしたら日持ちするのですが。実は乾燥させていないロエス草だと、せいぜい長くとも10日程度しか日持ちしないのです」
「……生の儘でも、需要がある植物なのですか?」
「はい。乾燥させていないものを丸ごと擂り潰した汁が、痛み止めとして優れた薬効を持つのです。ただ擂り潰すだけですから、薬師の天職を持たなくても簡単に扱うことができる生薬として、地域を問わず高い需要があるのですよ」
「痛み止めですか……」
この世界では、頭脳労働よりも圧倒的に肉体労働の方が多い。普段から身体を酷使している人が多いので、鎮痛効果がある薬草には手広い需要があるだろう。
ロエス草は悪地の都市では『そこかしこに勝手に生える』とよく言われるほど、頻繁に見られる植物だ。ちゃんと耕した畑に植えようものなら、それこそ馬鹿みたいに沢山採れるものらしいので、供給量に不安は全く無い。
だから輸送の難さえ改善されれば、国内に広く届けることも可能なわけだ。
怪我は神殿施設を訪ねれば誰でも治療を受けることが出来るけれど。痛みを抑えるのは〔神官〕の天職を持っている人にも、なかなか出来ることでは無い。
と言うのも【鎮痛】の魔法は、8神の中でも特に『癒神リュディナ』を信仰している〔神官〕にしか扱えないものだからだ。
他の7神のいずれかをメインに信仰している者には、残念ながら【鎮痛】の魔法は修得することが出来ない。
嘗ては治療を担当する〔神官〕と言えば、その殆どがリュディナを信仰していたらしいけれど。最近では有難いことに、ユリを信仰してくれている〔神官〕も、かなり増えていると聞いている。
そのせいで【鎮痛】が行えない〔神官〕も、現在では結構多いそうだ。
「魔物の駆逐が済んでいれば、悪地から2日もあればロエス草が国内の各地まで届きますからね。国内の各都市にある教会では、痛みを除いて欲しい患者へ使用するために、乾燥させていないロエス草が常備されるようになりました。
流石に無料ではありませんが、元々の仕入れ値が殆ど掛からないこともあって、かなり安価で購入できますからね。これに喜んでいる民は多く、悪地の魔物を討伐して流通を改善してくれた竜への印象が、日毎に改善されていったようです」
「竜に対する民の不安が、感謝で上書きされたわけね」
「はい。とりわけ女性には、竜に対して深い感謝を抱く人も多いようですよ」
「……女性に? それは何故でしょう?」
「おや、同性のユリ陛下にならご理解頂けるかと思ったのですが……。端的に申し上げますなら、ロエス草が『女性特有の痛み』も和らげてくれるからですね」
フルール総督の説明を聞いて、なるほど、とユリは得心する。
『ゲームキャラクター』のユリに生まれ変わったことで無縁となり、すっかり失念していたけれど。女性は時期によって、どうしても生理痛が付き纏うものだ。
ユリは現代日本で『蓬莱寺百合』として暮らしていた頃から、体質的に生理痛が軽めで、痛み止めも滅多に必要無かったけれど。あれは重い人にとっては大変な負担になるものなので、痛み止め無しでは仕事も儘ならない人も居るだろう。
ロエス草が各都市へ安定供給され始めたことに、喜んでいる女性が多いというのは、確かに頷ける話だと思えた。
「……まあ、アネカ共和国の民の、竜への印象が改善されるのは喜ばしいことね。これなら来月以降も、竜の部族を『駆逐』に派遣しても問題無いかしら?」
「はい。当国としても有難いですので是非、引き続きお願いできましたらと」
魔物は月を跨ぐと復活してしまうので、駆逐はまたやり直しになる。
竜達による駆逐は初回の今月でも3~4日しか掛からなかったようだから。来月以降も月頭から4日も掛ければ、問題無く魔物の処理が出来ることだろう。
(……当国で纏まった量を輸入してみようかしら?)
神域都市『蓬莱』に輸入すれば、そこからロフスドレイクによる『空輸』で国内外の都市まで、ロエス草を広く届けることができる。
量産しようと思えばロエス草は幾らでも増やせるもののようだから、大量輸入の意志さえ伝えれば、用意はして貰えるだろう。
ロエス草を自国と同盟国に安定供給し、各地の神殿施設で鎮痛の薬草を普遍的に利用できるよう手を回してみる―――というのも、なかなか面白そうだ。
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