288. 総督府交渉(後)
「ところで、フルール総督にひとつ提案があるのだけれど」
「提案ですか? お伺い致しましょう」
「どうせならハラキオとサイオンの都市からのロエス草の輸送を、もっと効率的に行えるようにするつもりは無いかしら?」
「効率的に……ですか?」
意図が判らないと言いたげに、フルール総督は首を傾げてみせる。
その反応は当然のものだろう。ユリはひとつ首肯してから、話を続けた。
「知っていると思うけれど。百合帝国ではアネカ共和国の悪地にある2つの都市、ハラキオとサイオンから、ほぼ直線で交易路を結ぶことに成功しているわ」
「それについては報告を受けております。当国の近衛騎士が言うには、馬や馬車を全速で走らせることが出来る程の、理想的で充分な幅の頑丈な路面だとか。
何と申しますか……あの悪地の手強い地形に、よくぞそれ程に立派な道路を敷設することが出来たものと、私としては感嘆するばかりですが」
「いや、全くですな。当国が悪地まで伸ばしている交易路は、比較的地盤が安定していて道路を造りやすい場所を選んで敷設したものですが……。それでも膨大な費用と長い建造期間とを要したのを、今でもはっきり覚えております。
あの急峻な地形を削り、緩く不安定な地盤を固め、真っ直ぐに安定した路面を敷設するなど―――なかなか出来ることではありませぬ」
ユリの言葉に対し、ケチャト夫妻が揃って賞賛の言葉を口にしてみせた。
どうやらアネカ共和国では過去に、悪地の道路敷設に余程苦労したらしい。
「良ければ当国側に作ったものと同じような道路を、アネカ共和国の側にも敷設させて頂こうと思っているのだけれど、いかがかしら?
お望みなら骸骨兵による道路防衛も付けるから、竜による駆逐から漏れた魔物が悪地に残っていても、道路を通行する馬車に被害が出ないようにも出来るわ」
「それは……。国としては有難いのですが、流石に対価が用意できません」
「対価は別に無くても構わないのだけれど……。そうね、気にするようであれば、ロエス草を現在よりも大幅に規模を拡大して、栽培して貰えないかしら?」
アネカ共和国は主に国土の西側にある都市が栄えており、東側は悪地となっている。
なので百合帝国が国土西側にある都市と交易を行うためには、現在のように百合帝国と悪地の間にだけ、良い交易路があっても意味が無いのだ。
なのでユリが申し出た交易路の敷設は、別にアネカ共和国のことを思っての提案というわけでもない。自国にとっても、相応に旨味がある話なのだ。
通常であれば、悪地に道を造るのには大変なコストが掛かるようだから、交易が効率的に行えるようになる程度の見返りでは割に合わないのかも知れないが。
百合帝国が行う交易路の敷設は『紅薔薇』の魔術や、『黄薔薇』と『青薔薇』の精霊魔法を駆使して行い、最後に『桔梗』が仕上げだけ手伝うものなので、コストが殆ど掛からず、しかも短期間での完成を見込むことができる。
アネカ共和国内での、西部主要都市と東部悪地都市を繋ぐ良い直線交易路が整備されれば、馬車を高速で走らせることが可能となる。
そうすれば、悪地にあるハラキオとサイオンの都市を中継地として、百合帝国の蓬莱とアネカ共和国西部にある主要都市とが、接続されることになるのだ。
中継地の悪地都市で馬を交換できるように手配すれば、お互いを4~5時間程度で行き交いすることが可能となるだろう。
1日の間に余裕を持って往復が可能となるわけだから、相互に商人の行き交いが今よりずっと密になり、両国に良い影響がもたらされるのは言うまでもない。
―――だから、ユリ個人としては別に『無償』で交易路の敷設を引き受けても、全く構わないのだけれど。
とはいえ、既にアネカ共和国には色々と無償の支援を行ってしまっているから。善意の支援をあまり押しつけ過ぎては、却って相手の負担になるかもしれない。
『無償』より高いものは無い、ともよく言うのだから。
「ロエス草の栽培ですか? あれは悪地以外の土地に持ち込んでも、全く育たない植物ではありますが―――逆に言えば、悪地の環境下であれば、とても簡単に育てることができます。
何しろ、土を少し耕してあげた場所に種子を蒔くだけで、水も肥料も遣らなくても脅威的なほど増えますから……。百合帝国での輸入をお望みですか?」
「ええ、自国にも輸入するつもりだけれど。どうせなら当国が仲立ちすることで、同盟国にも輸出してみようかと思ってね。形としては、悪地から近い『蓬莱』の都市に大量輸入させて貰い、そこから同盟国まで『空輸』する形になるかしら」
「なるほど……。貴国が行っている『空輸』は、大陸内の遠方にある都市へも半日と掛からず荷を届けると聞いていますからね。その速き翼を用いれば、ロエス草を鮮度を落とすことなく届けることも可能かもしれません」
「どうかしら? そちらにとっても悪い話では無いと思うけれど」
「ふむ……」
ユリに問いかけられて、フルール総督は暫し沈思黙考する。
十数秒ほどの間があって。それから、静かにひとつ頷いてみせた。
「悪地都市に鉱石採掘以外の産業が増えるのは望ましいことです。交易路敷設の対価云々のお話がなかったとしても、それ単品だけで当国にとっては充分に魅力的なお話のように思えますね。
―――宰相はどう思うかしら?」
「どう考えても受けるべきですな。ロエス草が安定的に供給されるようになれば、同盟各国からのアネカ共和国への心証が良いものになりましょう。
もともと百合帝国を中心とする五カ国同盟では、アネカ共和国は遅れて加入した新参国の立場であり、また最も弱い軍事力と経済力しか持たぬ小国でもあります。少しでも同盟国に寄与できることがあるなら、それを精力的に行い、当国の発言力を増しておくことが今後にも活きるでしょう」
意見を求められたドレン宰相が、淀みなくそう回答する。
流石は宰相職を長く勤めているだけのことはあって、老練な殿方だ。
「ユリ陛下。その話、喜んでお受けさせて頂きます」
「―――ありがとう、フルール総督。良い交易路を期待してくれて構わないわ」
「何から何まですみません。せめて速やかにロエス草の増産が行えるよう、悪地に農場を作る為の手配をすぐに出しておきましょう」
フルール総督の言葉を受けて、ユリはソファからすっくと立ち上がる。
その様子を見て、フルール総督が残念そうに言葉を零した。
「……何かこの後に予定があるのですか? 折角ですから、ユリと一緒に食事でもどうかと思っていたのですが」
フルール総督が敢えて『ユリ陛下』と呼ばずに、ユリのことを呼び捨てにする。
それは―――嘗ての機会に、ユリがケチャト夫妻に望んだ通りに。ユリに対して彼女が『家族』として接しようとしてくれていることを意味していた。
「ごめんなさいね、折角だからゆっくりしていきたいのだけれど……。
同盟国へのロエス草の『空輸』については、完全にこの場で思いついたばかりの案だから、早めに然るべき人に相談しておかないといけないのよ」
まず『蓬莱空運』の主であるルベッタへ早急に話を通しておかなければならないのは当然のことながら。次いで同盟各国の宗教施設にてロエス草を預かり、必要に応じて鎮痛を望む患者に振る舞って貰えるように、『八神教』の教皇であるアルトリウスにも相談を持ちかけておく必要があるだろう。
もちろん、それなりの規模の継続交易になることも考えると、シュレジア公国とレイピア王国にも話を通しておく必要もある。
思いつきでロエス草の普及について決めたことに、後悔は無いけれど。
物事というのは、得てして実行を決定すること自体よりも、その実現化に向けた様々な面倒事を処理することのほうが大変なものだ。
これから転移魔法を駆使して様々な相手に会わなければならないことを思うと、なかなかユリに気が休まる暇は無いように思えて、思わず溜息がひとつ出た。
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