286. 総督府交渉(前)
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事前に面会の約束を取り付けていたこともあり、転移魔法を使ってアネカ共和国の総督府を訪ねたユリは、門衛の人からすぐに建物の中へ案内して貰えた。
案内された先にある、1階の応接室の中へ入ると。そこには既にフルール総督とドレン宰相の夫妻が、ソファに腰掛けて待っていた。
「ごめんなさい、待たせてしまったようね」
「いいえ。約束の時間までは、まだ10分程ありますよ」
ユリの言葉に、フルール総督が笑顔でそう答えた。
応接室の壁に掛けられた時計―――おそらく百合帝国製のものだろう―――を確かめると、フルール総督の言う通り、針は約束した時刻の10分前を示している。
どうやら単に約束の時間より早くから、2人でお茶を楽しんでいただけらしい。
すぐにドレン宰相がユリの分のお茶も用意してくれた。
アネカ共和国の悪地特産品であるロエス草を用いた、涼しげな口当たりのミントティーは、今の季節が『夏』であることを思うと好ましい。
「こうして久々にお会いすると―――2人とも、随分若々しくなったわね」
「ええ、お陰様で。ユリ陛下が下さった霊薬は、とても良く効いています」
ユリは以前、ケチャト夫妻に合計100本分の『変若水』を贈っている。
その効果があり、元々はかなりの老齢に達していた筈のケチャト夫妻が、今ではアラフォーぐらいの見た目にまで若返っていた。
「在庫はまだあるのかしら? 足りなければ追加で渡すこともできるけれど」
既に百合帝国の首都ユリタニアでは、ユベルの指揮下の元に工房が小規模ながらも運営を開始しており、変若水が日に数本程度ずつではあるものの、生産が開始されている。
また、これとは別に『紅梅』の子達が手空きの時間に各々生産してくれている分もあるため、国庫には大量の変若水が貯蔵されていた。
「少なくとも私達自身が使う分はもう、充分に足りております。
……私達は既に一度、お婆ちゃんとお爺ちゃんになっておりますからね。流石に今更にもなって、これ以上若返りたいとも思わないのですよ」
「腰痛や肩こりと無縁になれるだけで、私達としては充分に有難いのですよ」
「そうですね、老眼も随分改善しましたし」
「うむ。書類仕事の負担が大分減ったのが、本当に嬉しくてのう……。宰相なんて一日の大半は机の前で書類と睨めっこじゃからな」
「それは総督である私も同じ気持ちですよ……。もう私も夫も、ユリ陛下には生涯足を向けて寝られませんね」
しみじみと老齢の苦労を口にするケチャト夫妻に、思わずユリは苦笑する。
何にしても、変若水が夫妻の役に立っているなら何よりだ。
……もっとも、ケチャト夫妻は老齢に達する少し手前頃の年齢ぐらいから、立て続けにイロリナを含め合計4人もの子供を儲けているわけだから。老齢ではあっても、歳の割に旺盛であったことは疑いようも無いのだが。
「一応、追加でもう50本を譲渡するから、好きに使って頂戴」
「ユリ陛下。我々はもう、充分に若さを取り戻しております。以前に頂きました分も、まだ半分近く余っておりますし、追加は必要ありませんよ」
「フルール総督とドレン宰相には必要無くても、周りはそうではないでしょう?
国主と宰相だけが若返ったのでは、周囲から色々と妬みも買うでしょうし。面倒な相手を黙らせる役には、それなりに立つと思うのだけれど?」
「それは……」
ユリの言葉を受けて、フルール提督が少しだけ困ったような表情を浮かべる。
心当たりとなるものが、おそらく少なからずはあるのだろう。
まして、アネカ共和国は四家の枢機卿が交代で国主を担当する国家だ。
現在の国主が若返り、その治世期間が延びることは。即ちそれだけ、他の三家に国主の席が回ってくるのが遅くなることを意味している。
良い顔をしない相手が周囲に居ることは、想像に難くない。
「受け取って頂戴。お二人になら、賢明な使い方が出来るでしょう」
「……ありがとうございます。この恩義は決して忘れません」
僅かに躊躇いながらも、フルール総督はそう言って受け取ってくれた。
現在、百合帝国とアネカ共和国が親密な関係を築けているのは、ケチャト夫妻の嫡子であるイロリナがユリの側室に収まっているからだ―――と、アネカ共和国の要職に就く人達の中には、そのように考える人も少なくないだろう。
ならば、ケチャト夫妻から一定の『飴』が与えられるなら、他の枢機卿の家門が国主の挿げ替えに腐心することは無くなる筈だ。
もしフルール総督を国主の席から除けば、百合帝国との姻戚関係が消滅し、その親密さが失われ、僅かな『飴』さえ手に入らなくなるかもしれないのだから。
「ああ―――でも、その薬は、イロリナには飲ませないで頂戴ね?」
付け加えるようにユリがそう告げると、フルール総督がくすりと微笑む。
「あら。ユリ陛下は、娘が小さいままではご不満ですか?」
「別に私が不満というわけでは無いわよ。私は女性で有りさえすれば、相手の老若を問わず好きになってしまう性分だしね。
ただ、イロリナは頑張って弓の技術を修めようとしているようだから。もう少し体格が今よりも育つ方が良いと思うのよね」
弓を扱う者は大柄たれ、とまで思うわけではないけれど。それでも、イロリナの体躯はまだまだ稚く、小柄に過ぎる。
少なくともあと5歳は―――いや、こちらの世界で言うなら、あと10歳程度は歳を重ねた方が、弓を扱うのに適した身体を得る為に望ましいだろう。
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