285. 〈召喚術師〉の護衛
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百合帝国は何も、自国の全土から魔物を『駆逐』しているわけではない。
空を飛ぶ魔物に関しては、ロフスドレイクを用いた『空輸』の邪魔となるので、種別を問わず根こそぎ討伐するように指示しているけれど。地上に棲息する魔物の中には、狩らずに放置しているものも多くあった。
全ての魔物をいちいち討伐していては、単純に手が足りないというのもある。
それに、大して好戦的ではない魔物や、特定の森や湖沼の中にのみ棲息している魔物などは、別に放置しておいても国として害があるわけではない。
好戦的でない魔物をわざわざ怒らせたり、魔物の生息域に自ら踏み入って怪我を負ったり死ぬような者が出たとしても。それは魔物のせいというより、本人の愚かさの問題だろう。
そもそも都市や村落、及びそれらを接続する交易路には、骸骨兵を配置して保護されている場所が多いので、レベル40前後の骸骨兵で苦もなく処理できる程度の魔物であれば、放置していてもそれほど害はない。
保護されている区域を出てピクニックを楽しみたいなら、探索者を護衛として雇えば良いだけの問題だ。もちろん『迷宮地』に通うことで成長を重ねて、自ら魔物を退けられる強さを得るのでも構わない。
安全域ではない場所で命を失っても、それは自己責任でしかないのだ。
また、地上に魔物を残しておくのは〈召喚術師〉の為にも必要なことだ。
〈召喚術師〉の職業を取得している者は、自分の実力だけで―――つまり仲間や使役獣の力を借りずに、1体1で魔物を討伐することに成功すれば、相手の魔物を自分の『使役獣』として契約することができるわけだけれど。残念ながら、この契約は『迷宮地』の中では行うことが不可能になっている。
理由は単純で―――『迷宮地』に存在する魔物は、全てユリの使役獣だからだ。
既に契約されている魔物を、新しい契約で上書きすることは出来ない。
だから地上にある程度の魔物の生息域を確保しておかないと、〈召喚術師〉が自身の使役獣を得られなくなり、本来の実力を発揮できなくなるわけだ。
ちなみに『探索者ギルド』の登録者には、〈召喚術師〉の職業を取得している者が最も多く、実に全体の7%近くにも及ぶ。
言うまでもなく、これは百合帝国の国主であるユリが〈召喚術師〉から派生した最上位職であることが影響しているのだろう。
また百合帝国と同盟国では、他人に脅威を感じさせる魔物でない限り都市内でも使役獣を連れ歩くことが許されているし、今では使役獣と一緒に利用できる宿屋や飲食店なども多数存在している。
街中で使役獣を連れ歩いている人を見れば、羨ましく思うのは人の本能だろう。
そうした影響もまた〈召喚術師〉の職業を選択する人達を、更に押し上げる要因になっていることは想像に難くない。
最も取得者が多い職業には、一定の配慮も必要だろう。
全体の7%近くを占める〈召喚術師〉が不遇だと、『迷宮地』から生じる産物の量が目に見えて減少しかねないのだから。
「―――というわけで、メルファルーデさんの力をお借りしたいのです」
「はあ」
ユリシスの都市中心部にある『探索者ギルド』の本部、その建物の8階奥にあるギルドマスターの部屋にて。
この部屋の主であるソフィアから助力を請われたメルファルーデは、何とも気が抜けた返事をしてみせた。
その様子が傍から見て面白かったものだから。思わずユリは噴き出してしまう。
「ふふっ。ソフィア、その説明では駄目よ。メルファルーデに何を手伝って欲しいのか、もっと具体的に説明してあげて頂戴」
「ごめんなさい、ご主人様。えっと……実はメルファルーデさんに、『探索者ギルド』に所属する〈召喚術師〉の護衛を、定期的にお願いできないかと思いまして」
「護衛? どこか危険な所に行くの?」
「はい。ユリシスの都市の近くにある、魔物の『駆逐』対象から外されている場所を、幾つか巡る予定なのです」
―――ソフィアがメルファルーデに求める内容を、纏めると以下の通りになる。
『探索者ギルド』では最も取得者が多い職業である〈召喚術師〉へのサポートの一環として、定期的に〈召喚術師〉を10名ほど引率して、ユリシスの都市近郊にある魔物が居る区域を巡っているのだ。
言うまでもなく、これは魔物が存在する場所で、〈召喚術師〉と魔物が1対1で心置きなく戦うことができる、その状況をお膳立てするためのものだ。
余計な邪魔が入らないよう、護衛には〈召喚術師〉が契約しようとしている対象以外の魔物を、速やかに殲滅することが求められる。
また、もし〈召喚術師〉の身に危険が及びそうな時は、即座に戦闘に介入する。
何しろ『迷宮地』がある都市内とは違い、魔物が普通に棲息している外の領域は【救命結界】のような保護がないのだ。
魔物への敗北は、即ち〈召喚術師〉の死を意味する。だから命の危険が生じそうな時には、即座に介入すると決める判断力もまた護衛には求められるわけだ。
「今まではレベル50以上の適当な探索者を数名雇って、〈召喚術師〉の護衛役に付けていたわけですが。救援の判断が遅れた結果、魔物に〈召喚術師〉が殺されてしまう事態が、度々発生しておりまして。
ご主人様にどなたか護衛に向いている人材をご存じありませんかと相談した所、それならばメルファルーデさんを頼るのが良いと回答を頂きました」
「えっ。私に?」
「はい。メルファルーデさんに任せれば、今後は〈召喚術師〉が命を落とすことは殆ど無くなるだろうと。そのように、ご主人様が太鼓判を捺されまして」
そのソフィアの言葉を受けて、メルファルーデが大きく目を見開いた。
彼女の視線の先がソフィアから自分のほうへ移ってきたのを確認してから、ユリは静かに頷くことで答える。
「メルファルーデの弓の腕はかなりのものよ。実際に鏃を向けられた私が言うのだから、疑う余地は無いと思うけれど?」
「あの時、私が撃った矢は、全く通らなかったじゃないの……」
「それはメルファルーデの弓の威力が低かったわけではなく、あの時私の隣に居たアマテラスが瞬時に展開した【障壁結界】の耐久力が化け物じみているだけね」
メルファルーデが吐いた弱音に、ユリは苦笑しながらそう答える。
実際、あの時メルファルーデが放った矢が、威力と正確さを充分に兼ね備えたものであったことを、ユリははっきりと覚えている。
「あなたの矢は、離れた場所にある脅威を速やかに排除することが出来る。それが必要な相手を護ることに、とても役立つ技術であることは言うまでもないわね。
私はメルファルーデの能力を高く評価しているわ。だからソフィアに良い護衛は居ないかと問われた時に、まず最初にあなたの顔が浮かんだのよ」
「な、なんだか、褒められるとちょっと照れるわね……」
「どうかしら。メルファルーデさえ良ければ、ソフィアを手伝ってくれると嬉しいのだけれど」
「ええ、構わないわ。私には今のところ、特に仕事なども与えられていないしね」
ユリの言葉に、メルファルーデが即座に頷く。
その回答を聞いて、ソフィアもまた満足げに頷いた。
「とはいえ、10人近くを一度に護衛するとなると、流石に1人だけではちょっと大変ね。出来なくは無いでしょうけれど、結構疲れそうだわ」
「出来なくは無い、というだけでも凄いですね……。メルファルーデさんおひとりだけで事に当たって欲しい、とはこちらも思っていませんから。一緒に護衛を務める仲間は、メルファルーデさんのほうで自由に勧誘して頂いて構いません。追加で4名ぐらいまででしたら、ギルドから悪くない額の日当が用意できますよ」
「あら、良いの? では村里の仲間を誘って、弓手で護衛を固めようかしら」
護衛を弓手のみで固めれば、魔物の脅威が現れた時に、接近する前に始末できる可能性が高くなる。
ハイエルフの集落には優れた射手が揃っていたようだから、良い選択だろう。
「―――ああ、どうせならイロリナも誘って構わないかしら?」
「もちろん構わないわ。是非イロリナに、弓の稽古をつけてあげて頂戴」
先日の交流以降、イロリナはよくメルファルーデから弓を教わっている。
一緒に護衛を務める経験もまた、イロリナの成長に寄与してくれることだろう。
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