283. 囲い込みと量産の確立(前)
[3]
「国営商会……ですか?」
「ええ。ユベルに任せたいと思っているのだけれどどうかしら?」
『竜胆』隊長のクローネに付き合わされて、疲労困憊になったその翌日。
ユリは早速、クローネから提案された中の1つを実行すべく、ユリタニア王宮の応接室に『第五側室』のユベルを呼び出していた。
「……えっと、ユリ陛下。生憎と私に、商売の才能は無いと思うのですが?」
対面側のソファに腰掛けたユベルが、困ったような顔でそう言葉を漏らす。
その言葉を聞いて。ユリもまた、同じように少し困った表情になった。
「ユベル。私があなたと初めて会ったのは、いつのことだったかしら?」
「えっ? そうですね……昨年の夏のことだったと思いますが……」
「ええ、そうよ。初めてユベルと会ったのが『夏月4日』で、ユベルが私の側室になってくれたのが『夏月25日』ぐらいだったかしら。
―――いずれにしても、もう1年が既に経過していることになるわよね?」
「あ、はい。そうですね。月日が経つのは早いものです」
「ユベルはそろそろ、私の呼び方を改めてくれても良いと思うのだけれど?」
「呼び方、ですか?」
きょとんとした表情で、ユベルがそう問い返す。
「いい加減に『陛下』と呼ぶのはやめて頂戴。幾度も愛を交わしている相手から、そんな素っ気ない呼び方をされてしまうのは悲し過ぎるわ」
「そ、そうでしょうか……? イロリナさんやメルファルーデさんも、同じ呼び方をなさっておられると思いますが」
「あの2人は、どちらも最近になって側室に加わったばかりだから、まだ仕方ないと割り切っているけれどね。ユベルは違うでしょう?」
「……そう、ですね。確かに、その通りかも知れません」
「呼び方は何でも構わないけれど、せめて『陛下』はやめて頂戴」
「何でも、ですか。……そう言われると、逆にちょっと迷いますね」
「別に『ユリ』と呼び捨てにしてくれるだけでも、構わないのよ?」
「さ、流石にそれは、ちょっと恐れ多いです」
「そう?」
『黒百合』の子達の多くは、ユリのことを『ユリ』と呼び捨てにしている。
だからユリ自身は呼び捨てにされることに、別に抵抗は無いのだけれど。
「うーん……。では『お姉さま』とお呼びしても?」
「ええ、構わないわ。エシュトアと同じ呼び方ね」
「はい。『姫百合』の皆様も、よくユリ陛下のことをそう呼んでおられるようですから。実を言えば……少しだけ、羨ましいとも思っておりました」
「そう思うなら、別に遠慮しなくて良かったのに」
「こういうのは切っ掛けが少し難しいですから……」
そう告げながら、ユベルは少しばつが悪そうに苦笑してみせる。
確かに『切っ掛けが難しい』と思う気持ちは、ユリにも理解できなくはない。
「えっと、では―――今後とも宜しくお願いしますね、お姉さま」
「ええ、ユベル。愛しているわ」
「はい。存じ上げております」
ユベルはただ、ユリが告げた愛の言葉に、にこりと微笑むことで答える。
今更ユベルがユリの愛情を疑うことは無い。
―――1年という時間は、それを彼女に理解して貰うのに充分なものだからだ。
「……話を戻すわね。私はユベルに国営の商会をひとつ任せたいと思っているわ」
「私は側室に加えて頂いて1年以上経つにも拘わらず、特にお役目を頂いておりませんから。役立てることがあるのでしたら、是非協力させて頂きたいのですが。
とはいえ―――先程も申し上げました通り、私に商才はありません」
「実は、この国営商会は名ばかりのもので、商業を目的とするものでは無いのよ。だからユベルにやって欲しいのは商会の『管理』であって『経営』ではない。
国内に工房を用意して運営し、雇用した職人に特定の物品を生産させて、完成品を国庫に収蔵する。もちろん職人達には毎月、適切な額の給与を国庫から用立てて払って貰う。ユベルにやって欲しいのはそれぐらいなのだけれど、どうかしら?」
「その程度のことで宜しいのでしたら……私にも問題無く務まりそうですね。そのお役目、是非ともお任せ下さいませ」
「ありがとう、ユベル。助かるわ」
「但し、私は特に武力に優れているわけでも、防諜能力に優れているわけでもありませんから。その『生産する物品』が特別なものであるなら、それを護る為の人は別途お姉さまの方で用意して頂くほうが賢明かとは存じますが」
「……流石ね、ユベル。あなたは聡いから、話が早くて助かるわ」
ユリの側室の中で最も聡明なのは明らかにソフィアだが、ユベルも元々レイピア王国の王女であり、高い教育を受けていただけあって充分に聡明だ。
彼女に任せる予定の商会で生産する物品が、何かしらの『貴重で特別』なものであることに、どうやらユベルはすぐに気付いたらしい。
「あなたに任せる商会で、生産して欲しいのはこれよ」
「これは……!!」
ユリが〈インベントリ〉から取り出した小瓶を見て、ユベルが驚く。
豪華な小瓶の中に詰められた、少量の黄色の霊薬。
その瓶に、もちろんユベルは見覚えがあることだろう。
「―――変若水、ですよね? お姉さま」
「ええ。以前、ユベルに届けて貰ったことがあったわね」
ユリは以前この霊薬を数個、ユベルの両親に―――つまり現レイピア王国の国主であるレイヴン王と、そのアレイア王妃に贈与したことがある。
その時ユリは、ユベルに一旦品を預ける形で王と王妃へ届けて貰っているので、配達役を請け負った彼女は、それが何なのか既に知っているわけだ。
「ユベルに、この『変若水』を生産する商会を管理して欲しいのよ」
「い、一気に私には、荷が重くなってきた気がします……」
1瓶飲むだけで『2歳と1ヶ月』も若返ることが出来てしまう、魔法の薬。
その途方も無い価値が判るだけに、ユベルは咄嗟に目元を覆ってみせた。
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