282. クローネの提案(後)
「探索者が水中に入ることで生じる諸問題は、全て魔導具で解決できます。
〈水中呼吸〉と〈水圧軽減〉を付与した装飾品を国側で用意して、海洋都市に造る『迷宮地』を利用する探索者のうち、人魚や海竜など元々水中活動に適性がある者を除いた全員に無償で貸し出せば良いと思うのですが、いかがでしょう?」
〈水中呼吸〉が付与された装備品を身に付ければ、文字通り水中でも地上と全く同じように、自由に呼吸することが可能になる。
〈水圧軽減〉の付与があれば、水中の深い場所まで潜っても身体に障害が出ることが無くなる。また水の抵抗を受けにくくなる効果もあり、水中でも身体や武器を機敏に動かしやすくなる。近接戦をするなら必要不可欠だと言えるだろう。
もちろん水圧が軽減されれば浮力も減少するため、地上よりも少し身体が軽い、程度の体感で水中での活動が可能になる。踏ん張りが利くので体幹が安定するし、体重を乗せた攻撃なども行えるようになるわけだ。
「その2つを付与した装備品を用意すれば、確かに普通の人族でも、問題無く水中探索が可能になるでしょうけれど……。
探索者全員に無償で貸与できるだけの量を揃えるのは、幾ら何でも難しいのでは無いかしら? 付与の難易度自体はそれほど高くは無いでしょうけれど、必要個数が多すぎるわ。探索者ギルドに登録している人数って、相当なものよ?」
何しろ自国だけに留まらず、同盟国から登録している人も大量に居るのだ。
そんな人達に充分行き渡るだけの量の、付与済の装備品を用意していては、職人が過労死してしまいかねない。
「ユリ様にひとつお訊ねしたいのですが。海洋都市に作る『迷宮地』は、利用者の推奨レベルをどの程度で想定されておられるのでしょう?」
「推奨レベル? えっと、そうね……新しく解放された『職業』のレベル上限まで成長できるようにする必要があるから、とりあえず上限は『120レベル』まで。下限については、まだ何も考えていないわね」
「では、新しく作る『迷宮地』の推奨レベルは『70~120レベル』という事にされてはいかがでしょう? 配置する魔物はそれより少し高めのレベルまでにしまして『70~130レベル』程度ぐらいで宜しいかと。
そして、ちょうどこの範囲のレベルに該当する水棲生物系の魔物を、ユリ様はご自身の『使役獣』として多数契約しておられたように、記憶しておりますが」
「ふむ……。言われてみると確かに、そのぐらいのレベルが多いわね」
『アトロス・オンライン』のゲーム内に於いて『海の中』は、地上部に較べると難易度が高めのフィールドになる。
水中での呼吸と、水圧の軽減。この2つを魔術や魔法、もしくは特別な装備品を用いることで可能としない限り、侵入できない区域なのだから、難易度が高めなのは当然だ。
概ねレベル60で『上位職』に転職した少し後ぐらいから利用することになり、レベル120で『最上位職』に転職する手前頃までは良い経験値稼ぎができる。
だからクローネの言う通り、ユリが使役獣にしている水棲生物系の魔物のレベルは、概ね『70~130レベル』の範囲内に収まる個体が殆どだ。
「ご存じの通り、水棲生物系の魔物からしか得られない素材というものが、多数存在します。その辺りの素材の安定供給を図るためにも、水中の『迷宮地』を1つは作っておく、というのは悪くない案だと思うのですが」
「その企図は理解できるけれどね。先程も言ったけれど、水中に潜ることを可能にする付与を済ませた装備品を、大量に用意するのが大変過ぎないかしら?」
「おそらく、大丈夫だと思います。確かに『探索者ギルド』に登録している総数はかなり多いのですが、その中でも『70レベル』以上に達している者はごく一部、割合で言えば1%未満ですから。
なので装身具を貸与する探索者を『70レベル以上』に限定すれば、必要個数はそれほど多くはならないと思います。少なくとも、今から『迷宮地』の完成を予定している年末に向けて準備すれば、必要個数は余裕をもって確保できますかと」
「なるほど……」
『探索者ギルド』に登録している人達の中には、ただ『転移門』を利用する為に登録しているだけの人が沢山いるし、あるいは月に1~2回程度だけ友人や恋人と一緒に『迷宮地』へ挑むような、カジュアルな利用者も大勢いる。
レベル70以上に達している探索者が、全体の1%未満というのは納得だ。
そのレベルに達している探索者の分だけ〈水中呼吸〉と〈水圧軽減〉を付与した装飾品を用意する分には、クローネの言う通りそれほど数は必要なさそうに思う。
最近俄に増えている人魚の探索者の分は、用意しなくて良いというのも有難い。彼らは水中で問題無く活動できる能力を、自前で持ち合わせて居るのだから。
「……考慮しておくから、少し時間を頂戴。水で満たした『迷宮地』を作るのや、維持することが大変なのは、想像に難くないから。流石にメテオラとも相談しておかないと、私の一存だけでは決められないわよ」
ユリが行えるのは『使役獣』の配置と維持だけだ。
『迷宮地』自体のメンテナンスは、メテオラ率いる『桔梗』の子達が担当することになるので、ユリひとりの判断でGOサインを出すことはできない。
いや、まあ―――ユリが『そうせよ』と命じれば、メテオラがそれを拒むことは絶対に有り得ないし、むしろ嬉々として働いてくれるのだろうけれど。
「承知致しました。ご検討頂けるだけでも嬉しいです」
「良い案をありがとう、クローネ」
「滅相も御座いません。―――ところで、ユリ様。早速続いて『職人資源の囲い込みを兼ねた国営商会の立ち上げ』についても説明させて頂こうと思うのですが」
「……え。まだ、他にも私に提案があるの?」
「はい。今や百合帝国は押しも押されもせぬ大国であり、自国や同盟国から優秀な職人が、秋期の畑もかくやという勢いで輩出されています。この優れた人的資源を活かさぬ理由は無く、是非とも国営商会を立ち上げて囲い込みを―――」
クローネからの様々な『提案』は、午前中を超えて午後に及び、最終的には夕方近くにまで及んだ。
ユリが精神的な疲労でくたくたになったのは、もちろん言うまでもない。
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