279. 追加征服と懐柔
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人魚を人族と全く対等な民として扱うことを、『放送』を通じて自国と同盟国の民に周知した後、少し困ったことが起きた。
大陸西岸部にあるレイピア王国の都市や村落に住む漁師達から、漁の妨害をする人魚が出没している、という苦情が幾つも寄せられてきたからだ。
と言っても、これは別にユリが人魚の集落を支配した後から、発生し始めたものというわけではない。
以前からずっと―――それこそ、都市や村落の支配者が、レイピア王国ではなく『ハイドラ王国』であった頃から、漁の妨害をする人魚というのはそれなりの頻度で出没していたらしいのだ。
漁師からすれば、今も自分たちの妨害をする人魚が存在するというのに、彼らを同盟国が『人族と対等な相手として扱う』のは理解しがたいものなのだろう。
それが『苦情』という形で、百合帝国へ寄せられたというわけだ。
漁師の言い分はもっともだ。実際に損害を与えてくる人魚が存在する以上、ユリから人魚と仲良くするよう言われても、彼らが得心できよう筈も無い。
「それは別の集落の人魚じゃろうから、妾にはどうにもできぬ」
何とか対処できないものかと、人魚の長であるアトラに相談を持ちかけてみたのだけれど。その返答はにべもないものだった。
とはいえ、アトラの言い分もまたもっともだろう。所詮アトラは集落ひとつを纏める長でしかないのだから、余所の集落のことを相談されても困るわけだ。
「おそらく、いずこかの集落に住む悪ガキが、人族を快く思わず単身で行っている犯行であろうが―――ユリ殿になら簡単に解決できる問題では無いかの?」
「あら。それは是非、解決法を聞かせて欲しいわね?」
「本当に簡単じゃぞ? まず間違いなく、被害が出ている都市や村落の付近の海中に人魚の集落があるゆえ、それを支配してしまえば良い。さすれば悪ガキが愚かな真似を行わぬよう、集落の大人が取り締まってくれるじゃろう」
「……なるほど。確かに、それならば簡単に行えそうね」
「いっそ、百合帝国の同盟国の……レイピア王国、じゃったか? そこの沿岸から近い位置にある人魚の集落は、全て支配してしまえば良いのでは? そうすれば、同盟国の民が遭遇する可能性のある人魚は、全て味方ばかりになるじゃろうし」
「ふむ……」
一理あるな、とユリは思った。
人族には人魚の見分けが、あまり付かないところがあるからだ。
色味を帯びながらも透き通った髪は美しく、抜けるように白い肌もまた、際だった美しさを持っている。加えて顔立ちも端正な者が多いことも相俟って、人魚は性別を問わず、誰も彼もが美人にばかり見えるわけだけれど―――。
美人ばかりであるが故に、却って判別が難しいのだ。ある程度付き合いが長ければ判別も可能だろうが、少なくとも数度会った程度で見分けるのは容易では無い。
そして、人魚の個体を人族が判別できない以上、良い人魚と悪い人魚を区別することだって不可能なのだから。
いっそのこと―――『遭遇する可能性がある人魚を全て味方にする』というアトラの解決法は、乱暴ではあるものの理には適っている面があった。
だから―――アトラに勧められた通りのことを、翌日ユリは即座に実行する。
まずは『黄薔薇』と『青薔薇』の子達を派遣して、彼女達に水の精霊から情報を収集させる。これによりアトラが長を務める集落以外にも、レイピア王国の沿岸部に人魚の集落が3つ存在することを把握した。
その集落の位置情報を伝えて、翌日、タザールが率いる海竜の団体様にご訪問して貰う。自分たちより遙かに格上の海竜の圧力には抗えず、3つの集落はいずれも戦闘さえ行うことなく、即座に降伏の意を示した。
もちろん海竜の存在を前面に出した威圧征服なので、相手の集落に住む人魚達は良い顔をしなかったけれど。これは既に百合帝国に恭順しているアトラに仲立ちを頼むことで、関係の改善を少しずつ行おうと思っている。
別に時間は長く掛かっても構わない。海竜の部族が百合帝国の麾下にある限り、武断統治に支障は無く、どうせ人魚達に従属以外の選択肢は無いのだから。
―――と、長期的な展望をユリが持っているのとは裏腹に。
支配した3つの人魚集落が、百合帝国に対する敵意を解くのは意外に早かった。
理由はとても単純で。簡単に言えば、食べ物に懐柔されたからだ。
ユリは今年いっぱいの間、人魚が税として納品した海産物に対し、市場価格の半値相当の現金を支払うという政策を採用した。
これは側室のソフィアが提案してきた政策だ。要は強制的に貨幣を与えることにより、これまで海中に引き籠もるだけの生活をしていた人魚達に、百合帝国の都市での買い物を楽しませることで、人族との垣根を取り払わせる思惑がある。
金はそれ自体を持っていても意味が無い。人族ならあるいは、溜め込むこと自体に幸せを見出す人も居るかもしれないけれど。それは、金の価値を理解していればこそ得られる充足感によるものだ。
だから人魚達はソフィアの狙い通り、ユリが各集落に設置した『転移門』を利用してユリシスを訪れ、与えられた貨幣を消費しようとしたわけだけれど―――。
人魚達の食生活は今まで、魚や貝、海中に生息する魔物などを、生で食べるだけしかなかった。海中生活では火を起こすことが出来ず、また殆ど料理も行えないので、これは当然と言えば当然のことだろう。
一方で、人魚は上半身が人間と同じなので、人族と同様の味覚を持っていた。
だから人魚達が―――食の虜になるのは早かった。
美味いモノは、ただそれだけで暴力的な正義となり得る。美味しい食事に巡り会えた喜びは人魚達に大きな震撼を与え、彼らが百合帝国に抱えていた敵意なんて、あっという間に霧散させてしまった。
更には『放送』という娯楽が与えられたこともまた、彼らの百合帝国に対する感情を好転させる良い切っ掛けになった。
娯楽の少ない海中生活に、いつでも探索者が『迷宮地』へ挑む様子を視聴できるという恩恵は、大変効果的だったわけだ。
―――結局、己の生活への利さえ多ければ、群衆の心変わりなんて早いものだ。
どうやらそれは、人族でも人魚でも、全く同じことらしい。
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