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百合帝国  作者: 旅籠文楽
1章 -

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278. 制動権

 


     [6]



「海洋都市に新しい『迷宮地』を作られるのですか―――それは好都合ですね」


 どの季節に訪れても、常に新緑が眩しいいつもの『神域』の庭園で。

 紅茶を楽しみながらの茶飲み話として、ユリの口から最近あった一連の事柄を聞いていたリュディナは、不意にそう告げながら嬉しそうに頬を緩めてみせた。


「……好都合? どういう意味かしら?」

「そろそろ職業(クラス)のレベル上限を、拡張しても良い頃合いだと思っていましたから。ユリの側室の中にも、既に上限に迫りつつある方が居るでしょう?」

「ああ、なるほどねえ……」


 リュディナの言葉に、ユリは得心する。


 嘗てリュディナが起こした『大変革』により、この世界の人達は誰でも神殿施設を訪ねれば『職業(クラス)』をひとつ選択して得ることができ、また魔物を狩ることでそのレベルを成長させることができるようになっているけれど。

 そのレベルは現在、最大でも『100』までしか成長しないようになっている。

 『天職』のレベルは普通に100を超えて成長するから、このままだと積極的にレベル上げに勤しんでいる人達は、『職業(クラス)』のレベルだけが先に頭打ちになってしまうわけだ。


 具体的には―――リュディナの言う通り、ユリの『第一側室』であるエシュトアなどが、真っ先にその『レベル100』の制限に引っかかることになるだろう。

 彼女のレベルが大台に迫りつつあることは、本人の口からも何度か聞いている。

 大台を達成すると同時に、彼女の努力の半分が報われなくなるのは、少し可哀想に思えるから。レベルの上限の拡張を行って貰えるのなら、そのほうがユリとしても嬉しくはあった。


「とりあえずは、職業(クラス)のレベル上限を『120』まで拡張することにしましょう。当面はそこまで達するような人は、そうそう出てこないでしょうし」

「……エシュトアなんかは、すぐに行くんじゃないかしら?」

「『転生』を不要とする代わりに、必要な経験値を大幅に増やすつもりですから。流石にエシュトアさんと言えど、すぐには無理でしょう」


 リュディナの告げる『転生』というのは『アトロス・オンライン』のゲーム内に存在したシステムで、『最大まで上がったレベルを1に戻す』ことと引き換えに、自分の『レベルの上限を5レベル拡張する』というものだ。

 リュディナがこの世界に持ち込んだ『職業』は、元々『アトロス・オンライン』のゲーム内にあったレベルシステムをそのまま持ち込んだものだ。あのゲームでは初期のレベルの上限が『100』になっていて、そこから最大20回の『転生』を繰り返すことで、レベル上限を『200』まで拡張可能になっていた。


 どうやらリュディナは、この世界では『転生』を行わなくとも、レベルを普通に『100』を超えて成長させることができる代わりに、必要経験値の量を大幅に増やすことで調整するつもりらしい。

 一度手にした力を『全て放棄する』ことを何度も繰り返さなければ、成長限界を拡張できないという仕様は、良くも悪くも『ゲーム的』過ぎて、実際の世界に反映させるには理不尽な嫌いが強い。

 だから、リュディナが告げるそのバランス調整は、ユリにも理解できるものだ。


「上限を120まで拡張ということは、最上位職はまだ実装しないわけね?」


 『アトロス・オンライン』ではレベル60で『上位職』に転職することができ、またレベルが120に達すると『最上位職』に転職することができた。

 今回リュディナがレベル上限を一旦『120』で止めるのは、最上位職の実装を必要としない範囲での拡張に、留めるつもりだからだろう。


「ええ。その辺を実装しようとするなら、もう一度『大変革』を起こさなければならないでしょうから。……まあ、ユリが大量に信仰を集めて下さっているお陰で、あと5~6回ぐらいは『大変革』を起こしても懐には余裕があるのですけれどね。

 差し当たりはレベル上限を少し拡張するに留めて、信仰の消費量も『小変革』ぐらいに抑えておきたいのです。何しろユリがこの世界に来てくれるまでは、かなり吝嗇を徹底していましたから……急に大金を持たされたからといって、なかなか浪費家には転向できないのですよ」

「その気持ちは、理解できなくもないわね」


 リュディナの言葉を受けて、思わずユリは苦笑する。

 ユリもまた、現代日本で『蓬莱寺百合』として生きていた頃は、相当に吝嗇家なところがあった。食費も交際費も、被服や美容に費やすお金も、可能な限り削るように徹底しながら暮らしていたものだ。

 まあ―――その結果浮いたお金で『アトロス・オンライン』に課金していただけなので、総合(トータル)で言えば吝嗇家と言うより、ただの浪費家なのだけれど。


「建造中の海洋都市に『迷宮地』を建造するのであれば、是非レベル120までの成長の助けとなるものをお願いします」

「ええ、わかったわ。大恩あるリュディナの頼みを、無下にしたりはしないわよ」

「……そろそろ私に恩義を感じるのを、やめて下さっても良いのですよ?」

「残念だけれど、その提案には頷けないわ。私は本質が『極悪』だから、いつ酷い悪政に手を染めるとも限らないからね。大恩あるリュディナの命になら従わなければならない―――という桎梏を自ら負うぐらいで、丁度良いのよ」

「主神の私をストッパーとして利用しようとするのなんて、ユリぐらいよ」

「あら、奇遇ね。私も主神の末席だから、釣り合いが取れているわ?」


 呆れた表情を浮かべるリュディナに、ユリもまた戯(おど)けてみせる。


 この世界に来てからというもの―――現代日本で暮らしていた時とは、比べものにならないほど酷薄になった自分というものを、意識する機会が随分と増えた。

 敵国の兵士を大量に虐殺しても、全く心が痛まなかったり。捕えた敵を監禁して洗脳し、自国にとって都合の良い駒に作り替えることを躊躇わなかったり―――。

 そんな自分だから。最後に制動(ブレーキ)を掛けられる権利は、自分の掌中に収めるのではなく、信頼できる他者の手に委ねておく方が良いと。そうユリは思うのだ。


「……もし私がいつか、リュディナにとって救いようがない人間になった時には。悪いけれど、あなたの手で止めて頂戴」

「仕方ありませんね。これもユリをこの世界に喚(よ)んだ、私の責任でしょう」


 ユリは、リュディナに大恩がある。だから彼女の言葉は聞かなければならない。

 その枷で自縛しておくぐらいで―――きっと丁度良いのだと思う。



 

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お読み下さりありがとうございました。

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