269. 第七側室(1)
[7]
「呼び出してしまって、悪かったわね」
百合帝国に滞在を始めてから7日目の午後。
ユリタニア宮殿の応接室にて、ほぼ1週間ぶりに顔を合わせたユリ陛下は、軽く頭を下げながらメルファルーデにそう告げた。
「私はユリ陛下のものだから、当然いつでも呼び出しには応じるわよ」
「ふむ……。確かにメルファルーデの言う通り、あなたの身柄は先の約束により、私のものということになっていたわね」
「ええ。約束には互いに誠実でありたいものね?」
そう告げて、メルファルーデはにこりと微笑む。
言うまでもなく、これは言外に牽制を仄めかすものだ。
メルファルーデが所有物であるという自身の立場を弁えている限り、ユリ陛下はハイエルフの集落を粗雑に扱うことができない。
改めてその契約を確認する言葉でもあるわけだけれど―――。メルファルーデの言葉を受けて、ユリ陛下は疲れた表情で、はあっと溜息をひとつ吐いてみせた。
「別にハイエルフの集落をどうこうしようなんて考えて無いから、そういう挑発はやめて頂戴。……私は先程まで仕事をしていたのよ。精神的に疲労している所に、わざわざおかわりを持ってくるのは遠慮して欲しいわね」
「ああ―――そういえば側室の人達から、ユリ陛下は毎日の午前中に、執務仕事を集中的に片付けていると聞いているわ。女帝というのも、なかなか大変なのね?」
「ええ、案外苦労も面倒も多い立場でね。折角『自由に使える身柄』というコマが手元に増えたのだから、私の仕事でも手伝わせてみようかしら?」
そう告げながら、ユリ陛下はくすりと微笑む。
無論、ユリ陛下がそう望むなら、もちろんメルファルーデに否やは無い。
そもそも―――拒否ができる立場には無いのだ。
「……冗談だから、そんな嫌そうな表情をしなくても大丈夫よ。
私の手元に回ってくる書類は、国主決裁を必要とするものばかりだからね。残念ながら、そもそも他の誰かに委ねることができるような仕事では無いのよ」
「それを聞いて安心したわ……私は魔物を狩ることに関しては、村里の中で誰より秀でている自信があるけれど。生憎と書面仕事なんて、やったことがなくてね」
無意識の内に寄せていた眉根を、慌ててメルファルーデは取り繕う。
ユリ陛下から「やれ」と言われれば、拒否できない立場にあるのは判っているけれど。それでも出来ることなら遠慮したいというのが、正直なところだった。
「あら、村長のファランダはあなたの母親でしょう? あなたも執務仕事ぐらいは普段からある程度手伝っていると思っていたのだけれど」
「母には私以外にも、子が20人以上居るもの。わざわざ読み書きにさえ苦労するような私を駆り出さなくても、もっと適性のある子が幾らでもいるわよ」
「なるほど?」
肩を竦めてみせるメルファルーデを見て、ユリ陛下が愉快そうに微笑む。
嘘でも何でも無く、書面仕事が得意な子なら他に幾らでも居るのだ。
自身に『猟長』としての資質はあっても、『村長』になる資質がないことぐらいは、他ならぬメルファルーデ自身も判っている。
わざわざ不得意なことに向き合う努力をするよりは、得意としている『魔物の狩猟』によって村里に貢献する方が賢明というものだ。
「そういえば、メルファルーデにひとつ礼を言わないといけないわね」
「……礼? 私に?」
「ええ。イロリナに弓の指導をしてくれたでしょう? とても学ぶことが多い指導だったと、本人も感謝している様子だったわ。ありがとう」
「ああ……。あんなのは気にしないで頂戴。少し、彼女のことを応援したくなってしまったから、手解きの真似事をしてみただけよ」
実際のところ、大した指導などしていない。
イロリナは年齢の割に、かなり利発な子であるように見えた。
おそらくメルファルーデが特に指導のようなことをしなくとも、彼女は遠からず自分で現在の弓射スタイルに限界があることに気付き、修正したことだろう。
「ふむ? ちなみに、応援したくなった理由を訊かせて貰っても?」
「大したことではないのだけれど……彼女は『弓が好き』だと言っていたからね。自分と同じものを好きな相手は、応援したくなるじゃない?」
「なるほど、判る気がするわ」
現在のイロリナは、弓だけでなく槍も扱っているらしいが。移動撃ちに熟達し、敵の攻撃を躱しながら射ることに慣れたなら、弓一本だけで戦闘を難なくこなすことが出来るようになるだろう。
イロリナの種族は『人間』のように見えるけれど、俊敏さと判断力に優れる彼女のポテンシャルは、どちらかというとエルフやハイエルフが持つ種族特性に近い。
なればこそ、メルファルーデが教えることが可能な戦闘技術の中には、イロリナが活かすことが出来るものも多く含まれている。
「イロリナは今後も、継続的にあなたから弓を用いた戦闘技術の指導を受けたいと希望しているわ。お願いしても構わないかしら?」
「ええ。もちろん構わないし、私も願わくばそうしたいと思っていたところよ」
『弓が好き』だと告げるイロリナのためなら、自身が持つ全ての技術を指導するのも吝かでは無い。
これでも一応『大森林』に足繁く通い、自力で〔狩人〕の天職をレベル97まで成長させてきた経歴があるのだ。
その中で編み出してきた戦闘技術の中には、イロリナにとって有用なものも多く含まれていることだろう。
「では、あなたの身柄の所有者として、正式に依頼するわ。メルファルーデの持つ戦闘技術を、私の『第六側室』であるイロリナに指導してあげて頂戴」
「ええ、確かに承ったわ」
「それと、今日付けでメルファルーデのことは私の『第七側室』に任命させて貰うことにするわ。―――もちろん拒否権は無いから、そのつもりでね?」
「………………は?」
ユリ陛下が唐突に告げた言葉に、思わず間の抜けた表情になってしまう。
そんなメルファルーデを見て、ユリ陛下は愉快そうにくすりと微笑んだ。
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