270. 第七側室(2)
「メルファルーデを側室の子達の部屋に通わせたのには、一応理由があってね」
「……そうなの? 単純に私に、性的なことの経験を積ませるためなのかなって、そう思っていたのだけれど」
「側室の皆にメルファルーデが『第七側室』として迎えるのに相応しいか、見極めて貰うというのが一番の理由だったのだけれど……。まあ、メルファルーデの言う通り、あなたに性的な経験を積ませるという目的も確かにあったわ」
メルファルーデが問いかけた言葉に、ユリ陛下は苦笑混じりにそう答える。
苦笑混じりとは言っても、その表情は穏やかだ。
ユリ陛下がこちらへ向ける双眸の内側に、『優しさ』や『愛情』といった感情がありありと籠められていることに今更ながら気付き、メルファルーデは内心で深い戸惑いを覚える。
―――嘗てハイエルフの森で対峙した時には、ただ『無関心』という感情だけが全てを占めた、酷薄な瞳をこちらへ向けていたのを覚えている。
見つめられるだけで、心がぞっと底冷えするような。あの冷たい眼差しを知っていればこそ―――現在の自分が、温かさに満ちた眼差しを向けられている事実に、どうしても困惑を覚えずにはいられなかった。
「既に誰かから、聞いているかもしれないけれど。私はその……ベッドを共にする相手を、苛烈に愛してしまう性分でね。相手の身体に大きな負担を掛けてしまうものだから、相手が性的な経験に乏しいと身が持たないのよ」
「そこまで判っているのなら、相手の身体に負担を掛けすぎないように、少し自重したら良いんじゃないの?」
「それを言われると、ぐうの音も出ないわ……」
がくりと肩を落とし、困ったような表情でユリ陛下がそう答える。
どうやら、ユリ陛下は性欲に対して我慢が利かない性分であるらしい。
種族的な特徴なのか、ハイエルフの村里にも性欲が強い女性は少なくなかったので、その性分自体は全く理解出来ないものでは無かった。
ちなみにその代表格が、メルファルーデの実母であるファランダだったりする。母親の性欲の強さが齎した結果が、メルファルーデ以外にも20人以上の子が居る現状というわけだ。
「……まあ、私の身柄はユリ陛下のものだからね。相手に事欠いた時は、いつでも部屋に呼んでくれて構わないわよ?」
「気持ちは嬉しいのだけれど、別に相手に不足しているわけでは無いのよ。私には沢山の妻が居るから」
「ああ……そういえば、全部で359名の本妻が居るって聞いたけれど。あれって本当なの?」
「ええ、本当よ。私は359名の妻全員を等しく愛しているわ」
慈愛に満ちた笑顔を浮かべながら、穏やかな声でそう告げるユリ陛下。
その声を耳にして―――不意に、感情を強く揺さぶられた気がした。
ユリ陛下から愛されている、顔も名前も知らない359名のことが、何だか急にメルファルーデには酷く羨ましい相手だと思えてならなくなる。
「別に私は『側室』とか、そういうのはどうでも良いのだけれど……。
私も……正式に『側室』として加われば、ユリ陛下に愛して貰えるのかしら?」
「あら、嬉しいことを言ってくれるのね。メルファルーデにそっちの趣味は無いと思っていたのだけれど?」
「元々は全く無かったわよ。……でも、あなたの側室の人達から毎晩のように歓迎されてしまったからね。今は女同士というのも悪くないと思っているわ。
それに―――あなたの側室の人達は皆、とても素敵な女性ばかりだった。彼女達全員に愛されているユリ陛下という人物に、つい期待しそうになる程度にはね」
「期待されたなら、応えなくてはいけないわね」
嬉しそうな声でそう告げたユリ陛下が―――突如として、メルファルーデの視界から消えた。
対面側のソファから会話相手が消滅した事実に、一体何が起こったのか戸惑っていると。その隙を突かれ、いつの間にかメルファルーデと同じ側のソファに座っていたユリ陛下に、右隣から突然唇を奪われた。
(―――まさか、詠唱も無しに転移魔法を!?)
驚きのあまりに、唇を奪われながらもメルファルーデは目を見開いてしまう。
意外に睫毛が長い人なんだな―――と、至近距離でまじまじとユリ陛下の顔を見つめたメルファルーデは、そんなことを思ったりもした。
キスの経験は初めてではない。
むしろ、ここ1週間ほどは毎晩のように経験してきたことなので、慣れているつもりでさえあったのだけれど。
―――にも拘わらず。ユリ陛下から与えられたものは、メルファルーデが今までに経験してきたキスの、どれとも全く異なるものだった。
ユリ陛下がしてきたのは―――咬むようなキスだった。
最初は唇を触れ合わせるだけだったものが、すぐに侵略的なものへと形を変え、メルファルーデの精神は瞬く間に陥落する。
抵抗を許さない苛烈な侵襲を受けて、メルファルーデはすぐに何も考えられなくなった。ユリ陛下の舌先が唇をこじ開けて、口腔の中に入り込んできて蹂躙が開始されれば猶更に、思考の停止はもう自らの意志ではどうしようもなくなる。
「ふふ。今はキスだけ、ね? これ以上やると、夜が待てなくなってしまうわ」
「……ひ、ひゃい……」
キスをしていた時間はきっと、正味1分も無かったように思う。
そのたった1分の間に、快楽に結びついた何かが脳内に大量に溢れてしまって。メルファルーデがようやく口にできた返答はもう、言葉としての体さえ保ててはいなかった。
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