266. 第六側室(2)
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メルファルーデは『転移門』を利用して、イロリナと共にアネカ共和国の首都、ルンチへと向かう。
ここ数日で何度も『転移門』自体は利用してきたけれど、これを利用して他国へ行くのは初めての経験だ。
国境を隣接する近しい位置関係にあるとはいえ、同盟国へあまりに容易く転移できてしまう『転移門』の効果の凄さを、改めて体感する思いがした。
それからメルファルーデはイロリナに先導されながら、アネカ共和国の総督府の建物の裏手にある、騎士宿舎の建物に併設されている訓練場へと移動した。
そこにある射撃訓練場を利用させて貰うためだ。
「……どうしてわざわざ、イロリナの母国まで移動したの? 武器の練習施設ならユリシスの『探索者ギルド』にもあると聞いているけれど?」
ユリシスにある『探索者ギルド』の建物には、戦闘指導を受けたり自主訓練を行うための『訓練場』の施設が併設されており、探索者として登録している者なら、誰でも無料で利用することができる。
そのことをメルファルーデは『探索者ギルド』のギルドマスターを務めている、ソフィアから直接聞いて知っていた。
メルファルーデが問いかけた言葉に、イロリナは少し困った顔をしてみせる。
「ええっと……。実は私って結構、ユリシスやユリーカで活動する探索者の人達から、顔を知られているんですよね」
「そうなの?」
「はい。多分、私みたいな子供が『迷宮地』の中で戦う姿は珍しいので、『放送』を視聴する方が多いせいだと思うのですが」
「ああ……。なるほどねえ」
ここまでの移動中に聞いたのだけれど、イロリナのレベルは現在『40』程度にまで成長しているらしい。
レベル40となれば、国家に正式な騎士として雇用されておかしくないだけの、充分な実力があることになる。
25歳前後の幼い容貌を持つイロリナが、そんな熟練の戦士もかくやという実力を『迷宮地』の中で遺憾なく発揮する光景は―――なるほど、いかにも『放送』の視聴者から、大変な人気が出そうに思えた。
「ユリシスの『訓練場』は、ここより設備も充実していますし、とても便利で良い場所なのですが。あの場所を利用していると……様々な方から相次いで話しかけられてしまうもので、あまり訓練に身が入らなくて」
「有名になるというのも、それはそれで面倒があるものなのねえ……」
溜息混じりに告げたイロリナの言葉に、メルファルーデも同情する。
イロリナは幼い割に利発で、誠実な性格をしているから。交友を持とうと話しかけてくる周囲の人達を、あまり無下に扱うこともできないのだろう。
そう言えば百合帝国に来た初日にお世話になった、ユリ陛下の『第一側室』であるエシュトアも「街中を歩いているだけで多くの人達から話しかけられるもので、たまに困る時がある」みたいなことを言っていた気がする。
レベルがかなり高いようなので、エシュトアが戦う光景もまた『放送』の視聴者から大変な人気を博することは想像に難くない。
もちろんエシュトアにしてもイロリナにしても、実力だけでなく『ユリ陛下の側室』だから、国内外の民から注目を浴びているというのもあるのだろうけれど。
「その点この訓練場なら、貸し切りにするのも容易いですから」
「ああ……そういえば、イロリナってここの王女様なのよね……」
イロリナの言葉に、思わずメルファルーデは苦笑する。
王女が使いたいと言えば当然、騎士や兵士は場所を譲らざるを得ないだろう。
「いえ、私は『王女』ではありません。似たような立場ではありますが……。
厳密に言えば、国主である母が『王』ではなく『総督』という立場になりますから、私は王女ではなく、単に『国主の娘』というだけに過ぎません」
「いや、それでも充分凄いわよ……」
それを言ったらメルファルーデなんて、ただのハイエルフの村娘に過ぎない。
一応、村里の長を務めるファランダの実娘ではあるけれど―――。ファランダの実子は村里の内外に全部で20名以上居る筈なので、大した立場では無いのだ。
「それでは、メルファルーデ先生! 指導の程をよろしくお願いします!」
はきはきとそう告げて、礼儀正しく頭を下げるイロリナ。
先生と呼んで貰えるのは、ちょっと嬉しくもあるけれど。あまり人に教えることに自信があるわけではないので、同時に少し戸惑ってもしまう。
「えっと……。そうね、とりあえずイロリナが射っているところを見てみたいわ。近距離と中距離の目標を狙って、それぞれ10本ずつぐらいやってみて?」
「判りました!」
イロリナは背中に矢筒と短弓を背負っている。
彼女は『迷宮地』に足繁く通っているようなので、威力と射程に優れる長弓ではなく、屋内での取り回しに優れる短弓を愛用しているのだろう。
その短弓を背中から外して左手に構え、右手で矢筒から抜き取った矢を速やかに番えて―――そして、撃ち放つ。
放った後は、間を置かず矢筒から2本目の矢を取り出しており、それを手際良く番えて、再び撃ち放つ。大体5~6秒に1射ぐらいのペースだろうか。
(―――巧く使っているわね)
射撃の姿勢と、放たれた矢の軌跡を眺めながら、メルファルーデは感心する。
たとえ短弓であろうとも、小柄なイロリナの身体にとっては、決して扱いやすい得物ではないのだけれど。それでも彼女は器用に身体を撓らせ、全身の筋肉を上手く使い、テンポよく放つことが出来ていた。
体幹が安定しているから軌道がブレていないし、巧く全身の筋肉を使えているから力強い矢を放つこともできている。
正直―――メルファルーデの予想よりも、それはかなり高い水準にあった。
子供らしい容貌ということもあって、少しイロリナのことを侮っていたかもしれないと。内心でメルファルーデは深く自省する。
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