238. 5カ国同盟圏(後)
それからユリ達は会議室にて、各国の交易品目に関して話を詰める。
今回新たに同盟圏に加わるアネカ共和国を除けば、『転移門』を利用した各国の住民達の交流は、充分に活発なものとなっている。
それに伴い各国独自の文化や特産品への関心も高まっているため、当初は全くと言って良いほど求められていなかった品が、今は高い需要を持っている―――そういう事例も、少なくは無かった。
特に顕著なのが『茶』を始めとした嗜好品だ。
各国の民の暮らしと共にあった茶が、屋台などで振る舞われたことにより国籍を問わず飲まれるようになった結果、多くの家庭に多種多様な茶を揃えられ、その日の気分によって飲用が楽しまれるようになった。
茶は各国の気候事情に適したものが育てられていることが多いため、仮に他国が栽培を真似したとしても、品質面で追いつくのは容易ではない。また重量に対する取引額という面でも効率が良い商品なので、交易品としては非常に優秀だ。
もちろん『茶』のような嗜好品の需要が高まった背景には、単純にそれだけ人々の暮らしが豊かになり、惜しまず金を使えるようになったこともあるのだろう。
これは単純に経済が活性化しているというのもあるが。学も技術も持たない人達であっても『迷宮地』に潜れば安定して金を稼げることが、同盟圏に参加する各国から貧民を大きく減少させたことも大きな要因のようだ。
しかも『迷宮地』で得た物品は母国に持ち帰ることができるため、『迷宮地』へ潜る人が増えれば、それだけ各国への魔物の肉の供給量も安定して増加する。
肉を安価に食べられる社会は、国民の満足度へ寄与するところが非常に大きい。畢竟、人は普段の生活に於いて衣食住に不満さえ無ければ、国に対する不満を抱くことも無いわけだ。なので各国の国主からすれば、現状は非常に理想的な状態だと言うことができた。
「ううん……金の需要があまり無いというのは、うちにとって痛手ですね……」
交易の話を詰めている最中に、そう告げてフルール総督が溜息を漏らした。
アネカ共和国の悪地にある鉱山では『金』が採れる。
言うまでもなく大変貴重な資源なわけだけれど―――。金は鉱山都市ユリーカの『迷宮地』でも採れてしまうため、今は同盟圏に参加する全ての国で、取引価格が大幅に下がっていた。
同盟圏に参加することで、金の輸出先の拡大を期待していたフルール総督からすると、残念な気持ちは拭えないのだろう。
「まあ、そこは我慢して頂くしかないわね……。ただ、もちろんアネカ共和国の各都市にも『転移門』を設置させて頂くつもりはあるから。代わりに『迷宮地』を利用して、肉を始めとした魔物素材を安定して手に入れられるようになるわよ?」
「確かに、それは嬉しいですね。悪地都市への食料供給にも繋がりますし」
現在はアネカ共和国の総督府の片隅に、お試しで利用して貰う為の『転移門』を設置しているに過ぎないけれど。フルール総督が認めるなら、もっと市民にとって利用しやすい場所に『転移門』を設置する用意はある。
無論、その場合には現行の『転移門』利用に際したルールを―――商売利用での物品の移動を認めないなどといった決まり事を、アネカ共和国側でも遵守して貰う必要はあるが。
「そういえば―――フルール総督。もし宜しければアネカ共和国にある都市・村落への『放送』について、認めて頂けると私は嬉しいのだけれど」
「ええ、構いませんよ。『放送』に関しては、どのようなものなのかイロリナから既に話は聞いております。民が気兼ねなく楽しむことができる、日々の娯楽を提供して下さるのは、明らかに当国に利するもの。是非ともお願いしたいですね」
「ありがとう。対価として、こちらからアネカ共和国の全ての都市・村落へ、魔物の侵入だけを阻害する結界を展開させて貰おうと思うのだけれど、どうかしら?」
「こちらにメリットしかない話をお受けする対価に、更に追加で報酬を頂くというのは、何だか良く判らない気もしますが……。
結界に関しては、この場にいらっしゃる方々が治める都市・村落でも、既にその恩恵を享受していらっしゃると聞いています。国民が魔物の脅威から護られるのであれば、こちらとしても大変喜ばしく、そして有難いことですから。遠慮などせず有難くお気遣いを受け取らせて頂きますよ」
ユリからすると、アネカ共和国でも『放送』を行うことで信徒を増やせば、リュディナに提供できる信仰量を増やすことができる―――という、明確なメリットがあるわけだけれど。
確かにフルール総督の側からすると『国民へ娯楽を提供させて貰うお礼』をユリから差し出されるというのは、少々変に思える話なのかもしれなかった。
「では、そのように。ええっと……これで話しておくべきことは、概ね確認も済んだかしら? フルール総督、何か同盟に関してそちらから確認しておきたいことがあれば、何なりとこの場で訊いてくれて構わないけれど?」
「1つ確認しておきたいのですが。この同盟は『軍事』面に関しては、どのように連携する決まりになっているのでしょうか?」
「……ああ、ごめんなさい。完全に説明を失念していたわ。本来は他国と『同盟』を結ぶ場合には、そこが一番重要になる部分よね……」
フルール総督からの問いを受けて、思わずユリは頭を抱えてしまう。
新しく同盟圏に加わるフルール総督に、十全な説明をするつもりで居たはずなのに。一番肝要な部分を欠いてしまうなんて、恥ずべき事だ。
「軍事面に関してだけれど、この同盟では特に何も決まりは無いのよ」
「……無い、のですか? 防衛同盟も?」
「ええ。当初は少し取り決めもあったのだけれど、今は無くなっているわ。
但し―――同盟国に何か脅威が迫った場合には、同盟圏の主宰として百合帝国がその防衛に無償で力を貸すことを確約する。文章に認めても構わないわよ?」
ユリがそう告げると、フルール総督は驚きを露わにしてみせた。
そちらからの軍事力の供与は不要だが、こちらからは提供を約束する。そう告げる
「それはまた……。随分と、こちらにばかり虫のいい話に聞こえますが」
「そちらが優位な条件なら、別に良いのではないかしら?」
「……まあ、そうですが……」
フルール総督は、不承不承といった調子で頷いてみせた。
納得がいかない気持ちも判るが、こればかりは仕方の無いことなのだ。
軍事力に関しては―――下手に各国から協力を申し出られると、却ってこちらとしては面倒になる部分が大きい、というのが正直なところだった。
何しろ『百合帝国』の中には、個人であっても国家1つ分の戦力を容易に上回るような子達がゴロゴロと存在している。
同レベルの者同士で、つまり『百合帝国』の子達同士で組ませる分には、明確な利点もあるけれど。彼女達に『他国の軍と連携する』よう命令することは、個人の持つ戦力に枷を嵌める結果にしかならない。
だから『百合帝国』が主宰する同盟圏では、参加国に軍事力の提供を求めない。
何か問題が生じた場合には。当国が単独で軍事力を行使した方が手っ取り早く、迅速に物事を解決できることが判りきっているからだ。
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