237. 5カ国同盟圏(中)
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「そういえば―――私は初めて『転移門』なるものを利用させて頂いたのですが。あれは驚くほど便利ですね。まさか国家を跨いだ移動が、これほど容易に行えるとは思ってもいませんでした」
改めて5国間で同盟を締結することについての話が、ある程度纏まった後に。不意にフルール総督は、そんな風に呟いてみせた。
アネカ共和国と百合帝国は国境を接しているけれど、直接互いの国家へ移動することができる交易路は、現状まだ存在していない。このため両国を行き交いする場合には、必ず一旦ニムン聖国を経由する必要がある。
それを踏まえても、精強な馬に牽かせた馬車であれば、1日で移動できる程度の距離ではあるのだけれど。逆に言えば馬の体力に不安があったり、出発が午後以降になる場合には、当日中に辿り着けない程度には離れている。
そうした移動時間を『一瞬』にまで短縮できてしまう『転移門』の存在は、知らなかった人間からすれば、驚異的なものとしか映らないことだろう。
「人をこんなに簡単に運んでしまえる魔法ですから。例えば軍事利用でも行えば、戦争の形がまるごと変わってしまいそうに思えます」
「―――ああ、それは間違いないな」
アルトリウスの言葉を受けて、レイヴン王が即座に首肯する。
「実際、我等レイピア王国の軍隊は、ユリ陛下に設置して頂いた『転移門』を利用させて頂き、当国への侵攻を目論んでいたハイドラ王国の首都王城に対して、反攻作戦を行ったことがある。
当時はこのメキア大陸の中でも小国であった、当国が抱える軍隊の軍事力など高が知れているが―――それでも、軍隊がまるごと敵国の王城へ直接侵攻できてしまう優位性は圧倒的であり、あっさり陥落せしめることが出来た」
「城を直接攻める、ですか……。それはもう、防ぎようがありませんね」
「うむ。しかもユリ陛下が『転移門』を設置して下さったのは、ハイドラ王国の城門より内側であったからな。敵の侵攻を防ぐためにある筈の城門が、我が国の軍隊に利用され、逆に城外に居た部隊の援護を阻止する壁として機能してしまったのだから。これでは敵に抵抗の術など、あろう筈も無い」
「なんと……」
嘗ての戦争の様子を語るレイヴン王の言葉を聞き、カダイン公が感嘆する。
当時、レイピア王国とハイドラ王国の間には、国家としての規模に大きな格差があった。当然その格差は『軍事力』という形でも、明確に現れる筈だが。
―――にも拘わらず、レイピア王国はハイドラ王国を打ち破った。それも自国側の被害を殆ど出すことなく一方的に、僅か1日で、だ。
確かに『転移門』を軍事利用する強力さを、見せつけた好例だと言えるだろう。
(でも、あれはお世辞にも、賢いやり方とは言えないのだけれどね……)
手放しに『転移門』のことを賞賛するレイヴン王とは対照的に、ユリは心の中で当時自分が立案したあの作戦の愚かさを嘆いていた。
『転移門』は魔法陣を設置した2箇所を行き交いできるようにするものなので、もし片方の魔法陣が破壊されればそれだけで、一切の機能を停止してしまう。
相手に強力な攻撃魔術、または攻撃魔法の使い手が居れば、任意のタイミングで魔法陣を破壊することなど造作もないことだ。
そうすれば、転移してきた軍隊はその場に取り残され、帰還することが不可能となり孤立することになる。
ハイドラ王国に大した術者が居ないことを、事前に『撫子』が調べてくれていなければ、あれは非常にリスクが高い作戦だったわけだ。
「まあ、軍事利用はともかくとしましても。ユリ陛下は『転移門』を交易などに活用するつもりは無いのでしょうか? あれは平和的に用いても、大きな価値があるものとお見受けしますが」
「フルール総督の言いたいことは判るけれど。残念ながら『転移門』を商売目的で利用することは、自国と同盟国の全ての商人に禁止しているのよ」
一応『個人の荷物』の範疇に収まる程度の量までなら『転移門』を利用して物品を運ぶことも許容しているけれど。
少なくとも、明らかに商売目的と判る量の運搬では、利用できないように制限を掛けている。旧ヴォルミシア帝国領などのように、食料が不足している土地へ食料を運搬する場合など、限定的になら許容する場合も無いではないが。
「……そうなのですか? 何か、理由があるのでしょうか?」
「理由、と言える程のものかは判らないけれど。簡単に言えば『転移門』は、私という個人の能力に、完全に依存しているものだからね。
『転移門』の利用に制限を設けなければ、行商人も旅客も、既存の交易路を利用することが一切無くなってしまうでしょう? 誰も利用者が居なくなったものが、廃れゆくのはあまりにも早いわ。私はそれを危惧しているのよ」
ユリの言葉を受けて、ふむ、とフルール総督は思案してみせて。
それから十数秒程掛けてから、やがて静かに頷いてみせた。
「なるほど……。もし交易路が廃れて利用できなくなれば、その復旧にはかなりの時間もお金も掛かることになるでしょう。そしてそれは、現在のまま交易路を維持する為に費やされるコストより、おそらく遙かに大きなものとなる。
起こり得るリスクがあることを踏まえた場合、確かにユリ陛下個人に依存したものに国家が頼りすぎてしまうのは、危険かもしれませんね」
「ご理解頂けて何よりだわ」
都市や村落を繋ぐ『道』は本来、国家として根幹を成すために最低限必要であると共に、非常に肝要なものだ。
今後ユリに何かあった場合に、その根幹が失われていれば、国家としての体を維持できなくなる可能性がある。それは大いに憂えるべきリスクだと言えるだろう。
今のところ―――この世界に於いて、ユリや『百合帝国』の脅威となり得るような相手は、全く確認されていないけれど。
何の根拠も無く『自分たちがこの世界に於いて最強である』と。そう自惚れられる程にまで、生憎とユリは愚かではないつもりだ。
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