236. 5カ国同盟圏(前)
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アネカ共和国での会談を終えた、4日後の『春月29日』。
この日、ユリタニア宮殿の1階にある大きめの会議室に、総勢で5名もの国主が集まっていた。
この世界に於ける外交は、基本的に国主の名代を派遣することで行われることが殆どだ。だというのに間違いなく国主本人が集っているこの場は、世界的に見ても大変希有なものと言うことができるだろう。
ニムン聖国の聖王アルトリウス、シュレジア公国の国主カダイン・テオドール、レイピア王国の君主レイヴン・レイピアの3名は、その希有な場の中にあっても、随分と落ち着き払った様子に見える。
彼らからしてみれば、こうして一堂に会するのは既に幾度となく経験してきたことなのだ。各国に『転移門』が設置されて久しい今となっては、最早国主が他国に直接趣く行為に、危険や面倒が付き纏うことは無い。
一方で、今回初めて百合帝国の首都ユリタニアへと来訪したアネカ共和国の総督フルール・ケチャトは、その3人とは対照的に随分緊張した面持ちをしている。
ニムン聖国もシュレジア公国も、そしてレイピア王国も、いずれもアネカ共和国に較べれば、遙かに大きな国土を有する国家だ。
少し前までならレイピア王国はアネカ共和国とほぼ『同格』の小国だったため、共感を覚えることも出来たのだけれど。今となってはもう過去の話であり、戦勝によってハイドラ王国の全域を併呑した彼の国は、その版図を一気に2.5倍近くにまで拡げている。
中堅国家の中でも有力株、という位置を確立しつつあるレイピア王国が、同格として気軽に接して良い相手でなくなっていることは明白だった。
「何故私は、こんな場に参加できているのでしょう……」
フルール総督から零れ出たその言葉は、思わず口を突いて出た本音だろうか。
それを聞いて、ユリは思わず苦笑してしまう。
「私がフルール総督にも参加して頂き、同盟を締結する『身内』のひとりとして、加わって欲しいと思ったからかしらね」
「身内、ですか……。そう望んで頂けるのは有難いことですが、錚々たる顔ぶれが既に揃っていらっしゃるご様子。私がここに加わる必要があるとは、到底思えないのですが」
「あら、そんなこと無いわよ。男ばっかりの暑苦しい会議には、もう嫌気が差しているの。フルール総督が同席してくれれば、それだけで場が潤うじゃないの」
「ええ……?」
ユリの言葉を受けたフルール総督が、困惑の表情をありありと浮かべるけれど。
それは実際、嘘偽りのないユリの本音でもあった。何が悲しくて、こうして国家の垣根を越えた会議を行う度に、男3人と密室に閉じ込められねばならないのだ。
「アルトリウス。この方は、いつもこうなのですか?」
「ええ、そうですよ。ユリ様は大体いつもこんな感じですね」
「愛娘を側室に出したのは、早計だったかしら……」
溜息をひとつ吐いてから、フルール総督がわざとらしくそう口にしてみせる。
堅苦しい場よりは、幾らか気がマシになったのだろう。悪態を吐きながらも、フルール総督の表情は緊張に塗れていた先程より、幾分か晴れた様子だった。
「というわけで、会議を始める前にまず紹介させて頂くけれど。こちらはアネカ共和国の国主である、フルール・ケチャト総督でいらっしゃるわ。
百合帝国の同盟圏に是非とも参加して頂きたいと懇願して、私がお招きしたわけだけれど。異存がある人が居れば、何でも気軽に発言してくれて結構よ?」
「ニムン聖国としては異存ありません。……まあ、当国は元々アネカ共和国と同盟を締結していますので、当然のことではありますが」
ユリが問いかけた言葉に、真っ先にアルトリウスがそう回答する。
ニムン聖国とアネカ共和国との同盟関係は、少なくとも数百年に及ぼうかという非常に長く続いているものだ。彼の国が同盟圏に参加するのは、ニムン聖国として願ってもないことだろう。
「シュレジア公国も異存はありません。『属国』である我々の外交権は、宗主国である百合帝国にありますから、元より異存など言う立場にもありませんし」
続いてカダインもまた、さも当然のようにそう主張してみせた。
属国関係を締結した際の契約により、シュレジア公国には『属国』である期間、宗主国である百合帝国に対し総税収の2割を支払う義務を負うと同時に、外交権と軍事権の2つを百合帝国に譲渡している。
だからシュレジア公国は、百合帝国が『アネカ共和国と同盟を結べ』と要請してくるなら、それに『否』と言えない立場であることは事実だった。
「……いい加減、そちらは『属国』の立場から脱却しても良いと思うけれど?」
カダインの言葉に、ユリはやや呆れた調子でそう返した。
百合帝国がシュレジア公国を従属国にしたのは、彼の国が食料を必要としていた時期があり、その支援を円滑に行うためのものだった筈だ。
現在のシュレジア公国は、国内だけで国民全員の腹を満たせるだけの食料を問題無く生産できているため、もはや百合帝国に頼る必要など無い筈だが。
「当国の貴族も民も、百合帝国との属国関係の解消を全く望んではいませんので」
「……そんなことが有り得るのですか?」
カダインに向けて、フルール総督がそう問いかける。
事情を知らない第三国であるアネカ共和国からすれば、自らの意志で『属国』に甘んじているシュレジア公国は、相当奇異なものに映るのだろう。
「ええ、有り得るのですよ、フルール総督。アネカ共和国も百合帝国の同盟圏に加わり、多大な恩恵を享受すれば、その気持ちがすぐに理解できると思いますよ」
「俄には信じられませんが……」
「まあ、信じられぬでしょうな。ですが、カダイン公の発言が事実であることは、レイピア王国の君主として保証しましょう。我等レイピア王国も、百合帝国の『属国』に加われれば良いのにと、普段から思って居るぐらいですから」
会話に割って入るように、レイヴン王が横からそう告げる。
「勘弁して頂戴。庇護対象をこれ以上増やされて溜まるものですか」
「ううむ、残念です。―――ああ、遅れましたが、もちろんレイピア王国としてもアネカ共和国の同盟圏参加に異存はありません。同じ小国同士ですから、当国とも懇意にして頂ければ有難く存じます」
「同じ小国同士、ですか? 失礼ながら、今のレイピア王国は違うでしょう?」
「おや、フルール総督は当国のことをよくご存じでいらっしゃいますな」
「……いえ、そんなことは」
慌ててフルール総督がそう答えるけれど、その否定には苦しいものがあった。
アネカ共和国とレイピア王国とは、間にニムン聖国1つを挟んだ位置関係にあるけれど。ニムン聖国の国土は広大なので、距離で言えばかなり離れている。
それだけ遠方にあるレイピア王国の国の事情について、アネカ共和公の国主であるフルール総督が知悉しているというのは、明らかに奇妙な話だと言えた。
『撫子』の調査によると、アネカ共和国は周辺国家に多数の密偵を放ち、かなり手広く情報を集めているらしい。フルール総督がレイピア王国の事情について知悉しているのは、その情報収集の成果によるものだろう。
フルール総督は自国を『小国』だと強く認識しているため、この先も自国が生き残っていくためには、情報の力が不可欠だと考えているようだ。
「フルール総督にひとつアドバイスを申し上げておきますが。この同盟圏に参加なさるのであれば、当国とニムン聖国、シュレジア公国のことはいずれも『小国』だと理解されておく方がよろしいでしょう」
「………? 仰る意味が判りかねますが?」
「なあに、すぐにフルール総督にも判って頂けると思います。そうでしょう?」
「ええ」
「そうですね。レイヴン王の仰る通りかと」
レイヴン王の言葉に、アルトリウスとカダインの2人が首肯してみせる。
一方で、その反応を見たフルール総督は(意味が判らない)とでも言いたげに、何とも不思議そうに首を傾げていた。
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