234. 女国主会談(3)
(前・中・後編で終わらなかった件)
「ところで、アネカ共和国にと言うより、フルール総督個人に対してなのですが。ひとつ贈り物を持参しましたので、受け取って頂けませんか」
「あら、何かしら? ユリ陛下からの贈り物となりますと、期待できそうです」
「期待に応えられる物かどうかは判りかねますが」
そう告げながら、ユリは〈インベントリ〉から小箱をテーブル上に取り出して、フルール総督のほうへと差し出す。
『贈り物』という体裁を整えるために、小箱には『撫子』隊長のパルティータに頼んで、予め今朝の内にラッピングも施して貰った。
「この場で開けても?」
「ええ、どうぞ」
「では失礼させて頂いて……」
器用な手つきでラッピングを解いて、速やかにフルール総督は小箱を開封する。
外見から察するに、それなりの老齢であることは間違い無い筈だが。どうやら老いに伴って手つきが覚束なくなったりは、していないようだ。
「ふむ……。これは何かしら?」
小箱の中には、霊薬の小瓶がぎっしりと詰まっている。
ちなみに全部で100本ある。『紅梅』の子達が作ってくれたものだと言えば、察しの良い方にはこれが何なのか、すぐに判ることだろう。
「見ての通り、霊薬の1種です。効能は―――私の口から話しても構いませんが、おそらく口頭で説明されても、俄には信じ難いものだとも思いますので。
この総督府に〈鑑定〉のスキルを所持している方がいらっしゃるようでしたら、その方を呼んで調べて頂いた方が納得頂けるのでは無いかと」
「ふむ……。そういうことでしたら、夫が〈鑑定〉を有していますので、この場に呼ぶことに致しましょうか。イロリナを側室として迎えるのですから、ユリ陛下も私の夫と一度会われておいたほうが良いでしょうし」
「―――ああ。それは是非、お会いしておきたいですね」
「イロリナ。別に急がなくて良いから、呼んできてくれる?」
「はい、お母さん。ではユリ陛下、一旦失礼しますね」
イロリナがそう告げて、応接室から出て行った。
その背中を見送った後に、ユリは再びお茶に口を付ける。
季節に応じた環境の再現が始まっている『蓬莱』の都市では、現在【調温結界】の効果が『春月』に相応しい気温に設定されている。
現時点では春らしく、過ごしやすい気温になっているわけだけれど。月が替わり『夏月』に入れば、当然それに見合った気温に再設定されることになるだろう。
夏らしい暑さが感じられる都市の中では、いまユリが口にしているミントティーは、涼しげで好まれる一品になりそうだ。
是非とも交易で安定して輸入できるように、取り計らいたいところだ。
「この茶葉は悪地で育つものだと聞きましたが。豊富に採れるのでしょうか?」
「ロエス草ですね。生息環境が悪地に適合しているそうで、その草だけは現地にて信じられないほど豊富に採れます。とはいえ、あまり採っても処分に困りますし、悪地の魔物には強力な個体も多いせいで採取コストも馬鹿になりませんので、必要最小限しか確保しておりませんが……。
もしロエス草を交易品のひとつとして百合帝国が受け取って下さるなら、それは当国にとって有難いことです」
「こちらこそ、是非ともお願いしたいですね。この茶葉なら当国だけに留まらず、同盟を結んでいる諸国でも歓迎されると思いますが。国交があるニムン聖国には、既に輸出されているのですか?」
「多少は輸出しております。ただ乾燥させても2ヶ月程しか日持ちせず、とりわけ暑気が強いニムン聖国の砂漠地帯では傷みも早くなることから、それほど多く輸出しているわけでもないのですが」
「当国では竜を用いた交易を『ロスティネ商会』という懇意にしている商会に委任しているのですが。その商会に預けて頂ければ、竜の翼を用いて同盟諸国へ速やかに届けることが出来ると思います。宜しければ交易品の1つとして、相当量を提供して頂けると嬉しいですね」
「当国の品が広まるのは、願ってもないことです。悪地都市の産業がひとつ増えることにも繋がりますし、是非ともお願い致します」
百合帝国から悪地都市へ食料を提供することが決まっているが、先方から何を受け取れば良いか判断しかねていた部分があるので、この茶葉が大量に採れるという事実はユリとしても有難いものだ。
それからユリはフルール総督と密に会話を交わし、交易に際してお互いが求めている物品について確認し合う。
フルール総督の話によると、悪地の鉱山ではやはり金や宝石が採れるそうだ。
金はユリーカの都市にある『迷宮地』内で採れるし、宝石もそこに出現するアンデッド系の魔物がドロップすることがある。そういう意味では、どちらも百合帝国で産出する資源ではあるけれど―――。
金はともかく、宝石に関してはユリーカの『迷宮地』で手に入る種類は限られている。宝石系の素材は錬金術や魔導具の製作で用いることがよくあるので、これも自国で調達できないものに関しては、積極的に輸入させて貰うことにした。
また百合帝国、及び同盟を結んでいる各国では『Beth貨幣』を廃止しており、独自の『gita貨幣』を採用していることについても、フルール総督に説明する。
『gita貨幣』各種のサンプルをフルール総督に譲渡したところ、美術品としても充分に評価できる貨幣だと、賞賛の言葉を貰えたけれど。流石に同貨幣の採用を、アネカ共和国にいきなり求めるのは酷だろう。
なので現時点では、別の貨幣を採用していることを説明するだけに留めた。
以前の『Beth貨幣』に関しては、国庫に回収した大半を熔融して含有されている貴金属を取り出しているけれど。一応、1割程度は熔融せずに保管してある。
アネカ共和国との取引に用いる分だけなら、保管している『Beth貨幣』で充分に足りるだろう。
フルール総督と様々な話を交わしていると、やがてイロリナが応接室へと戻ってきた。
隣には初老の男性の姿もある。但し見た目こそ老いていても、背筋がはっきりと伸びている辺り、男性にはまだまだ老いに負けていない印象も伴っていた。
その男性が近寄ってきて、深々とユリに対して頭を下げる。
「アネカ共和国にて宰相をしております、ドレンと申します」
「百合帝国の女帝、ユリよ。あなたがフルール総督の旦那様なのかしら?」
挨拶に応じながらユリが問いかけると、ドレンと名乗った男性が首肯する。
「はい、相違ありません。いつも妻には尻に敷かれております」
「あらまあ、随分な言い草ですね。これだけ優しい妻もそうは居ないでしょうに」
「ははっ。ある程度の話をしたのであれば、お前の腹の中が真っ黒なことぐらい、既にユリ女帝も察しておられるだろうよ。『優しい』が聞いて呆れるわ」
ドレンと名乗った男性は、いかにも好々爺といった雰囲気を持つ御仁だった。
フルール総督と軽口を叩きつけ合って見せるけれど、そんな会話が出来るのは、互いに心を許し合っていればこそなのだろう。
ドレンとフルール総督のどちらにも、表情の中に一切の険が浮かんでいないことが、傍から眺めるユリにはすぐに見て取れた。
「ドレン殿」
「私は一介の官吏に過ぎません。ユリ陛下、『殿』は不要です」
「……そう。ではドレン、あなたの娘を側室として頂戴しようと思うのだけれど、何か私に言いたいことがあれば、何でも好きに言ってくれて構わないわよ?」
「その件についての話は、ここに来るまでにイロリナから伺いました。本人が認めているのですから、これは親がどうこう言うようなことではありません。
不束な娘ではありますが、どうぞユリ様のお傍に置いてやって頂けましたら」
そう告げて、ドレンは再び深々とユリに頭を下げる。
ドレンの言葉の中に虚飾は全く感じられない。イロリナの意志を最優先にしたいという意志も、それに親から注文をつけるつもりはないということも、おそらくはドレンの正直な気持ちに相違ないのだろう。
どうやらイロリナは、本当に良い両親に恵まれているようだ。
「ところであなたに、ユリ陛下から頂いたものを視て欲しいのだけれど?」
「おお、そう言えばそれで呼ばれたのだったな。すっかり忘れておった」
「耄碌したのなら、宰相の新しい人事を考えなければならないわね」
フルール総督が軽口を叩いてみせるけれど。言葉とは裏腹に、語調の中には親愛が籠められていることが明瞭に判る。
同性愛者であるユリには、異性愛の感情というものが理解できないけれど。それさえ脇に置けば、老いを重ねても仲違うことなく相互の親愛を培っているドレンとフルール総督の関係性は、理想形をそのまま体現したもののように思えた。
「………………は?」
ユリが先程フルールに差し出した、小箱の中にある霊薬を確かめて。
ここまで好々爺らしい笑みをずっと絶やさずにいたドレンの顔から、一瞬の内にそれが掻き消えた。
今のドレンの表情には、ただ『驚愕』だけが溢れている。
「あなた? 一体どうされたのですか」
「お、お前……。これを、どこで手に入れたのだ……?」
「どうも何も、ユリ陛下が私への個人的な贈り物といって、先程手渡して下さったものだけれど?」
フルール総督の言葉を受けて、ドレンの驚愕の表情がユリに向けられる。
まあ―――無理もない反応だろう。ロスティネ商会の会頭であるルベッタが言うには、この世界に於いて『若返りの薬』とは伝説とされるアイテムの1種であり、まず実物を見たり手に取る機会など、在りはしない代物なのだから。
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