233. 女国主会談(2)
「親書では『交易』に関して色好い返事を下さり、大変嬉しかったです」
「いえいえ、とんでもありません、ユリ陛下。あれは我が国にとって、あまりにも都合が良すぎる申し出です。だからこそ却って訝しく思いもしたのですが……。
率直にお訊ねして、どうしてあのような条件に? 失礼ながら、もっと百合帝国側が有利な条件で交易を申し出ることも、出来た筈でしょうに」
ユリは親書の中で、悪地にあるハラキオとサイオンの都市への交易を受け容れて貰えた場合には、『移動コストを度外視した取引を行う』ことを明言している。
アネカ共和国では、悪地にある2つの都市への食料輸送に大きなコストを掛けている。だから、その肩代わりを申し出るも同然の提案は、フルール総督の言う通りアネカ共和国側にとって都合が良すぎる条件だと言えた。
またフルール総督の側からすれば、既に大国と呼ぶに相応しい領土を有している百合帝国側には、交易の条件を『安売り』する必要が全く無いように感じられるのだろう。あちらが訝しむのも当然だ。
「そうですね、もっと妥当な条件で申し出る方が、不審に思われないだろうことは理解していたのですが」
「では、どうして?」
「端的に言えば、私と同じ『女国主』が治めているアネカ共和国と、もっと懇意になりたかったからですね。何の国交も無い相手と誼を得たいと思う以上は、先方に有利な条件で申し出るぐらいの方が良いかと思いましたので」
実際、ユリは嘘は言っていない。
アネカ共和国へ交易を申し出たことには、単に『先方と仲良くなりたい』という思いだけがあり、そこに裏の思惑は無いのだ。
「ああ―――むしろ宜しければ。もっとそちらに都合の良い条件にして頂いても、当方としては全く構いません。例えば『交易』ではなく、食料の『無償支援』という形でも結構ですが」
「ふむ、それは何故でしょう? 何故そこまでして下さるのです?」
「アネカ共和国を厚遇することで、イロリナに良く思われたいですから。出来れば私は、イロリナを6人目の『側室』として迎えたいと考えています」
「……ほう。私の娘を側室にですか?」
「はい。元よりフルール総督にも、その狙いがあったのでしょう?」
一度親書をやり取りしただけの国家に、自身の嫡子である大事な娘を使節として送り込み、あまつさえ10日間にも渡っての滞在を許す―――。
幾ら何でも露骨すぎる遣り方だろう。娘のイロリナが何らかの形で接触を持ち、女好きで知られる女帝の好意を得たなら、今後の国家付き合いを有利にすることが出来る―――そんな思惑が、透けて見えるかのようだ。
「うふふ。さて、何のことでしょう」
にも拘わらず、フルール総督は柔和に微笑むだけで、ユリの問いかけに答えることもなく、はぐらかしてみせた。
優しそうな雰囲気を持つ女性だけれど、やはり国主を務めるだけあって、強かさも持ち合わせて居るらしい。どうやら彼女に認めるつもりは無いようだ。
「まあ、認めないならそれでも結構だけれどね。こんな遣り方をして来た以上は、まさかイロリナを側室に迎えることに反対はしないでしょう?」
「ふむ。そればかりは私がどうこうと言うより、娘の意志を確認してみないことには何とも言えませんね。―――イロリナ、あなたはどうしたいですか?」
「えっと、折角のお申し出ですので、有難くお受けしたいと思っています」
フルール総督から問われたイロリナは、迷うことなく即座にそう回答した。
イロリナは語調こそ普段通りを装っているけれど。その頬に僅かな赤みが差していることが、対面側に座るユリにはすぐに見て取れた。
「あらまあ、そうなの? あなたはこの手の話題に、興味が無いかと思っていたのだけれど。何か心変わりがあったのかしら?」
「あ、いえ。実を言えば、今もそれほど強い理解が伴っているわけでは無いです。
ただその……百合帝国に滞在している間に、既にユリ陛下の側室でいらっしゃるエシュトアさんやソフィアさんと、お話しする機会を得ることができまして」
「エシュトアさんというのはニムン聖国の『聖女』様のことですね。ソフィアさんとは、シュレジア公国の公爵家門であり、現在は国主でもあられるカダイン公爵のご息女のことかしら?」
「ええ、それで間違いないわ」
フルール総督の言葉を、イロリナに代わってユリが肯定する。
それを受けて、フルール総督は驚いた顔をしてみせた。
「それはそれは……ユリ陛下は凄い方々を側室に迎えていらっしゃるのですね」
「その程度のことは、とうに調べてあるのでしょう?」
「うふふ」
やはりフルール総督は、微笑むだけで頑なに認めようとはしない。
食えない人だ、とユリは思わず苦笑してしまう。もっとも、そういう部分も含めた上で、ユリは既にフルール総督の人柄を気に入ってもいたりするけれど。
「エシュトアさんはユリ陛下の側室でありながら、『聖女』としての役目を今でも果たされており、また『迷宮地』に通って探索者としても身を立てておられます」
「あら、『迷宮地』というのは一体何なのかしら?」
「……当然それも調べてあるのでしょう? 流石に『迷宮地』に関しては口頭での説明も面倒だから、知っていることにして頂戴。イロリナの話が進まないわ」
「うふふ。―――まあ、そうですね。そういえば、アルトリウスから聞いたことがあったかもしれません。当国も是非『迷宮地』の恩恵に与りたいものですね」
「やっぱり、ちゃんと把握しているんじゃないの」
はあっ、とユリがわざとらしい溜息を吐いてみせても。やはりフルール総督は、ただ静かに穏和な笑みを浮かべるばかりだ。
それとフルール総督は今の会話の中で、ニムン聖国の聖王であるアルトリウスのことを、単に『アルトリウス』と呼び捨てにしていた。
アネカ共和国は信仰に篤い国だと聞いていたから。『聖国』であるニムン聖国に対しては、頭が上がらない立場なのかと勝手に想像していたのだけれど。遠慮無く国主を呼び捨てに出来るあたり、どうやら一概にそういうわけでも無いようだ。
「私は『国主の娘』ですから。自分の意志で結婚する相手を選ぶのではなく、時が来れば必要な相手の元に嫁ぐのだと理解しています。実際、今まではそれで全く構わないと思っていました。
でも……私はもし許されるのなら。将来的にはお母さんの隣で、一緒に仕事の手伝いができるといいなという気持ちを、抱いてもいたんです」
「……イロリナ、そうなの? そういうのは言ってくれて良かったのですよ?」
「いつかもっと勉強を頑張って、お母さんの役に立てそうな自信がついたら言おうと思っていましたので……。あと私は武術が好きなので、探索者として魔物と戦うこともまた、生業のひとつにして頑張っていきたいと思っています。
ただ、そういうのは嫁ぎ先によっては……というか、大抵の殿方は妻や妾として迎えた相手が好き勝手に働くことを、きっと許して下さらないだろうとも思っていましたので。実は、半ば諦めてもいたんです」
「そうだったの……」
アネカ共和国では女性が嫡子になることも認められているけれど。それは珍しい例であり、多くの国では男性しか嫡子として認められてはいない。
そして『国主の娘』であるイロリナの嫁ぎ先は、彼女の意志を置き去りにして、外政的な理由で決まりやすい立場にある。
大抵は国家の関係性を強める目的で、他国の王族か、あるいはそれに準じる立場の元へ嫁がされることになるだろうから。そうした未来の場合には、結婚と同時に自由に生きる権利を失う場合が殆どだろう。
まして、結婚と同時にアネカ共和国から離れるようなことになれば、母の仕事の手伝いなどは望むべくもない。
それを思うと、なるほど『半ば諦めていた』というイロリナの気持ちは、ユリにも理解できるものだった。
イロリナは年齢の割に利発な少女なので、その未来が自分の努力によって避け得ないものであることまで、疾うに理解していたのだろう。
「でも、ユリ陛下は私が目指すそんな生き方を、肯定して下さるそうですから」
「……まあ、私は側室に既に5人も貰っているわけだけれど、別に誰ひとりとして束縛してはいないからね。
イロリナが私の元に来てくれるというのであれば、それだけで私は満足だもの。あなたの未来はあなた自身が好きなように生きてくれて、全く構わないと思うわ」
側室の中でもソフィアのことだけは、何かと便利に使ってしまっていたりするのだけれど。これは当の本人が『自身の才能を示してより重用されたい』という願望を持っているため、それを受けて積極的に仕事を割り振っているに過ぎない。
ソフィア以外の側室に、ユリは何ひとつ無理強いするようなことはしていない。
エシュトアが『迷宮地』に足繁く通っていることも、リゼリアが旧エルダード王国領にある都市を積極的に視察して、その慰撫に努めていることも、ロゼロッテが『蓬莱』の領主役を務めていることも。
全ては彼女達本人の意志に他ならないのだ。
実際、最も遅く側室に加わったユベルに関しては、本人から特に何をしたいという要望を聞いても居ないので。ユリはユベルに何かの仕事を割り当てたりもしていないし、そもそも彼女が最近どこで何をしているのかも把握していない。
それぐらい側室の皆には、自由に生きてくれて構わないと思っている。
もし何か火急の事態が起きた場合にも、ユリが頼る相手は『百合帝国』の子達だけで―――正室の359名だけで、充分に足りているのだから。
それに『転移門』を設置できるユリからすれば、百合帝国とアネカ共和国の2国間を、いつでも時間を掛けずに行き来出来るようにすることなど造作もない。
イロリナの『母の仕事を手伝いたい』という希望も、問題無く叶えられる筈だ。
「ユリ陛下に特別な想いがあるかと言うと、正直を申し上げて、今の時点では特に何も無かったりはするのですが。ユリ陛下はそんな私でも構わないと言って下さいますし、漠然と『恋』に憧れる気持ち自体は、私も持っていますから。
私を側室にと望んで下さるのを―――お断りするのは、勿体ないかなって」
「なんというか……。娘は随分勝手なことを言っているようにも思えるのですが。ユリ陛下はそれで宜しいのですか?」
「ええ、全く構わないわ。イロリナが現時点で私を好きでも何でも無いことは理解しているけれど、それは私がこれから頑張って、あなたに私を好きになって貰えるよう努力すれば良いだけだからね」
「ふむ……」
フルール総督は、暫しの間、沈思黙考してみせたあと。
やがて、おもむろに頷くことで意志を示してみせた。
「2人の意志が互いに良しとしているのであれば、私がとやかく言うことではありませんね。―――ユリ陛下、娘をよろしくお願い致します」
「はい、大切にお預かり致します」
真摯に頭を下げてきたフルール総督に、ユリもまた深く頭を下げて応じた。
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