231. 使節の送還
朝に時間が無かったため、本日投稿分は未推敲です。申し訳ない。
推敲は帰宅後にやります。(あと過去数話分も含めて作中の日付推移の調整を行う予定)
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―――本日は『春月25日』。
いつも通りの朝の執務を終え、昼食を摂って。それからユリは、ユリシスの都市の『迷宮区画』にある、一軒の宿を訪ねた。
都市の中央部から程近い場所に建てられたその宿は、立地の良さに見合う立派な外観を誇っている。
元々ユリシスの都市にある『桔梗』によって作られた数々の建物は、6~8階建ての建物が多いなど、この世界の一般的な建築レベルを遙かに凌駕した、立派なものばかりではあるのだけれど。ユリが訪ねた宿は、その建物群の中にあっても埋没することなく歩行者の目を引く、大変に洗練された建造物だった。
言うまでもなく『迷宮区画』では最もお高い宿になる。
とはいえ―――『観光区画』にあるホテル『ユリシス・バタフライ』に較べれば、遙かに良心的な金額で泊まれる宿ではあるけれど。
無論、立派なのは外装だけに限らず、内装もそうだ。
と言っても、来訪者に『華美』な印象を与える内装にはなっていない。
ユリシスの都市に於いて、豪華さを追求するのは『観光区画』にある建物の役目なので、『迷宮区画』にあるこの宿が求めるコンセプトでは無いからだ。
その代わりに、この宿では『質』の良さが徹底されている。
床も壁も、そして天井も。宿の1階ホールに置かれたソファやテーブルといった調度品も、借り受けた個室の中に備え付けられているベッドや棚、果てはスリッパひとつに至るまで―――。この宿ではシンプルではありながらも、確かな質を持つ品ばかりを揃えている。
質の良さもまた『美』の一種だ。この宿に泊まるのは、ある程度成功した探索者の人達がメインになるけれど。そういう人達には見た目だけ華やかな美しさより、質の良さを追求した『美』のほうが余程好まれるものだ。
「―――ユリ陛下!」
宿に入ってきたユリの姿を見るや否や、1階のホールで待っていた小柄で褐色肌の少女がひとり、駆け寄ってきた。
ユリはその少女に優しく微笑み掛ける。
「こんにちは、イロリナ。準備は出来ているかしら?」
「はい! 私も護衛騎士達も、いつでも出発できます!」
元気で利発な少女―――イロリナの傍に控える10人の護衛騎士達は、いずれも荷物が満杯に詰まった背嚢を背負っていた。
ユリはその背嚢の中に詰まっている中身を知っている。イロリナと護衛騎士達が今までに『迷宮地』の中で討伐した魔物の素材―――特に『魔物の肉』だ。
『迷宮地』で討伐した魔物の素材は、その場で手に入るわけではない。
魔物の死体は【回収結界】の効果により、即座に消滅する。また結界の効果により消滅した魔物からは有用な素材だけが回収され、探索者ギルドで窓口業務を担当する『撫子』の従者が一旦その荷物を預かる。
探索者は『迷宮地』から帰還した後、探索者ギルドの窓口で受け取り手続きをして、初めて自身が討伐した魔物の素材を手にすることができる―――そういう仕組みになっているわけだ。
逆に言えば、受け取りの手続きを行うまでは、魔物の素材を探索者ギルドの窓口で預かっていて貰うことができる。
素材は〈侍女の鞄〉スキルで保管されているため、受け取りを保留している間は劣化することがない。これを利用してイロリナと護衛騎士達は、今日まで討伐した魔物の肉などを、新鮮なまま保管していたというわけだ。
ユリはこれから、彼らを転移魔法でアネカ共和国まで送る。
予定では滞在は10日間程度となっていたので、少し早めに切り上げることになるわけだけれど。これはイロリナがユリの要請を受け容れてくれたことで、早めにフルール総督と一度話し合う必要が生じたからだ。
百合帝国とアネカ共和国、その2国の首都間の距離は近く、馬を走らせれば1日と掛からず移動できる程度しか離れてはいないのだけれど。
それでも、ユリが転移魔法を行使することで、帰路に掛かる時間をゼロに出来るというのは大きい。探索者ギルドで受け取ってきたばかりの肉を、鮮度を落とさず自国へ持ち帰ることが出来るのだから。
百合帝国で暮らしていると、あまりにも有り触れているため、忘れそうになるけれど―――この世界では『魔物の肉』と言えば、ちょっとした高級食材として扱われるものになる。
まず魔物との戦闘が命懸けであるため討伐自体が難しく、上手く倒せたとしても強靱な魔物の身体は解体が難しい。更に、苦労して得た魔物の肉は日持ちもしないと来るのだから、これは当然と言えば当然だろう。
魔物の肉は探索者ギルドで売却しても、あまり高い額では買い取って貰えない。百合帝国では有り触れた食材であり、希少性が全く無いからだ。
それならば自国に持って帰り、母国の総督府に勤める人達に振る舞おうと。そのようにイロリナと護衛騎士達は考えたようだ。
「荷物は今持っている分で全部なのかしら?」
「えっと。あと宿の裏にある馬小屋に、馬と馬車があります」
「ああ、それはそうよね。ではそちらに行きましょうか」
ユリはイロリナ達と共に、宿の裏手へと回る。
そこには立派な2頭立ての馬車が1台置かれていて。また馬小屋の中には、見た目で明らかに軍馬だと判る、立派な体躯をした9頭の馬達が居た。
「あなた達の馬を小屋から出して、馬車の傍まで連れてきて頂戴」
「はっ」
ユリの指示を受けて、数人の騎士達が行動を開始する。
全ての馬を連れてきて貰った後、速やかにユリは詠唱を開始した。
「絆を頼りに空間を繋び、我等を彼の地へと誘い給え―――」
ユリの足下に半径7メートル程の魔法陣が浮かび上がる。
魔法陣のサイズは普段よりも少し大きめに拡げてある。馬車に加えて結構な数の馬が居るため、効果範囲を広めに取るほうが良いと思ったからだ。
「馬車と馬、荷物、そして何よりあなた達の全員が、この魔法陣の中に間違いなく収まっていることを確認なさい。魔法陣の外にはみ出しているものは、全てこの場に置き去りにされるわよ」
詠唱を終えて、あとは結びの『魔術語』を唱えるだけで魔法を発動できる状態にしてから、ユリはその場の全員に告げる。
ユリの言葉を受けて、慌てて護衛騎士達が確認を開始した。
「ユリ陛下、問題ありません」
「結構。―――【集団長距離転移】!」
蒼と白が入り交じった強力な光が、魔法陣から噴出する。
術者であるユリの視界には、登録済の『転移ポイント』の一覧が表示される。
その中から、ユリは迷うことなく『アネカ共和国/首都ルンチ』を選択した。
魔法陣の外側の景色が、一気に暗転して真っ暗なものへと変わり―――。
数秒の間を置いて、新たな景色が周囲一帯に出現する。
「わあ……!!」
思わずといった調子で、イロリナが感嘆の声を上げた。
護衛騎士達もまた、かなり驚いている様子だ。この世界では転移魔法の使い手は少ないらしいから、初めての体験なのだろう。
「お、驚きました……。ここは、間違いなくルンチの都市に相違ありません」
ランドマークでもある総督府の建物のすぐ目の前に転移してきたので、現在の位置がゴトスにはすぐに判ったらしい。
「行き先を間違えるような、ヘマはしないわよ」
そのゴトスの呟きに、ユリは苦笑しながら答えた。
まあ仮に間違えたとしても、もう一度【集団長距離転移】の魔法を行使すれば、すぐに望む場所へ改めて転移できるわけだけれど。
総督府の建物がある方から、兵士の一団が駆け寄ってくる。
突如として建物の目の前に馬車が1台と軍馬が9頭、そして12人もの人員が出現すれば、総督府の門衛達が驚き、不審に思うのは当然のことだろう。
剣呑な顔をして駆け寄ってきた兵士達は、けれど馬車の正面に立ったイロリナの姿を確認すると同時に、深く頭を垂れてみせた。
「イロリナ。是非ともフルール総督にお会いしたいのだけれど?」
「はい、ユリ陛下。すぐに手配させて頂きます」
ユリの言葉を受けて、すぐにイロリナが快諾する。
今回のフルール総督との対面で、どこまで国家の誼を結べるだろうか―――と、ユリは早くも今後のことに思いを馳せていた。
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お読み下さりありがとうございました。




