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百合帝国  作者: 旅籠文楽
1章 -

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232/370

230. 踊ってみた

 


     [6]



 騎士ゴトスによって安全が確認されたのを契機に、イロリナは護衛騎士と一緒に頻繁に『迷宮地(ダンジョン)』へ挑むようになった。

 彼女のレベルは当初たったの『3』だったのが、僅か3日で『9』まで成長しているというのだから、その入れ込みようがよく判るというものだ。


 何人もの騎士を伴って『迷宮地』へ足繁く通うイロリナの姿は、とても目立つ。

 だから他国の国主の娘が『迷宮地』に通っているという噂は、探索者の口を介してすぐ広まったようで。まだ探索者としてはレベルが低いにも拘わらず、イロリナが『迷宮地』へ挑む姿が映し出された『放送』は、百合帝国や同盟国の民から大きな注目を集めることになった。

 ユリも一度見てみたのだけれど、大人の騎士に混ざって戦いながらも埋没せず、小柄な体躯を生かして俊敏に駆け回り、短弓とショートスピアを使い分けて器用に戦う少女の勇敢さは、見ている者の心を熱くさせてくれる。

 なるほど、これは人気が出るのも頷けると、納得がいくものだった。


 また人気が出たのはイロリナだけでなく、ゴトスもそうだ。

 護衛騎士の隊長を務めているゴトスは、パーティの最前面に立ち、魔物の攻撃を一手に引き受ける盾役(タンク)を見事にこなしており、彼が戦闘を堅実に支えてくれているお陰で、イロリナを始めとした他のメンバーがかなり動きやすくなっている。

 傍目八目とでも言うべきか、戦闘光景を『放送』で視聴する側には、戦いの中で誰がどのように重要な役回りを果たしているかというものが、非常に判りやすい。

 とりわけ、百合帝国と同盟国の市民は普段から『放送』の視聴を楽しんでおり、目が肥えているから猶更だ。

 騎士の忠節を体現するかのような、派手ではないものの堅実にして立派なゴトスの戦い振りは、視聴者の心を掴むのに充分な魅力を持っていた。


 そんなイロリナとゴトスの2人を、ユリは会食へ招いた。

 意図せず『放送』で人気を得てしまうというのは、現代に置き換えると、ある日突然に芸能人として持て囃され始めるようなものだ。

 基本的には良いことだけれど、悪い側面も決して無いとは言えない。


「一躍、有名人になってしまったようだけれど。色々と望まぬ苦労や面倒などを、背負う羽目になっていたりしないかしら?」


 純粋に心配して、ユリがそう問いかけると。

 イロリナとゴトスは一瞬顔を見合わせたあとに、微笑みを浮かべながらも、少しだけ困ったような表情をしてみせた。


「えっと、苦労という程では無いのですが。街中を歩いているだけで色んな人から話しかけられたり、飲食店を利用すると、同じ店に居合わせた初めて会う客から、食事や飲み物を奢られてしまったり……。

 本国でもこれほど、様々な人達から気さくに話しかけて頂ける機会というものは無いものですから、少しどうして良いのか戸惑っている部分はあります」

「ああ……。百合帝国(うち)の民が、馴れ馴れしくてごめんなさいね」

「いえ! 別に嫌では無いんです。とても嬉しいことではあるのですが……」

「我々はアネカ共和国に籍を置く身ですから、もう数日もすれば国に帰らなければなりません。そんな我々に対しても、分け隔てなく親しみをもって接して下さる、皆様の好意が嬉しくもあり、そして申し訳無くもあるのです」

「なるほど……」


 何となくだけれど、ユリには2人の気持ちが理解出来るような気がした。

 イロリナもゴトスも、2人とも誠実な人柄をしているようだから。市民から歓待を受けるたびに、何も返せないままこの地から去らねばならない自分たちを思い、少なからず気を病むわけだ。


(気にする必要も、無いと思うのだけれどね……)


 市民達は別に、見返りを求めて歓待しているわけではない筈だ。

 ただ『放送』を見て、格好良いと思ったり、あるいは憧憬を抱いたりしたから。イロリナやゴトスを応援したいという純朴な気持ちを抱き、親しみを持って接して来ているだけだろう。

 そこに私欲はないのだから、気遣う必要も無いと思うのだけれど。


 ―――とはいえ、彼らが『迷宮地』に挑むことで得た人気を、悪く思っていないというのは、ユリにとって好都合なことだった。


「既にご存じかもしれないけれど。百合帝国では同盟を締結しているニムン聖国とシュレジア公国、レイピア王国の全ての都市に『転移門』を設置することで、各国とは市民を主体とした『繋がり』を持つようにしているわ」


 実際には、シュレジア公国とは『同盟関係』と言うより『従属関係』にあるわけだけれど。そこは別に正しく言う必要も無いだろう。


「素敵なことですね。離れた地の民とも、気軽に接し合うことができ、押しつけではなく互いの文化を共有していくことができる……。

 『転移門』はユリ様個人のお力により設置されているものだと伺っていますが、本当に素晴らしいと思います」

「ありがとう、イロリナ。そう言って貰えると私としても嬉しいわ。

 ところで―――出来ればこの輪の中に、アネカ共和国も加わって頂きたいと考えているのだけれど、どうかしら? そうすれば、今後も引き続き『転移門』を利用して『迷宮地』を利用できるから、あなた達にも益があると思うのだけれど」


 ユリがそう告げると、イロリナは驚きを露わにして見せた。


「そ、それは……。同盟締結の打診、ということでしょうか?」

「ええ。と言っても、正式な打診ではないわね。イロリナは『交渉に際して全権を任されている』と言っていたけれど、流石に二国間での同盟まで、あなたの判断で決めるわけにはいかないでしょう?」

「もちろんそうです。やはり母や他の枢機卿の皆様で議(はか)り、決めて頂くべきことかと存じます」

「だからこれは正式な打診ではなく、あくまで2人の個人的な意見を伺いたくて、私が訊ねているだけなのだけれど。当国から同盟関係を打診した場合、アネカ共和国がこれを容れて下さる可能性はどれほどかしら?」


 ユリの問いかけに、イロリナは思案顔をしてみせるけれど。

 そんなイロリナとは対照的に、ゴトスはほぼ即答してみせた。


「恐れ多くも、主神の一柱であらせられるユリ様からの同盟打診ともなりますと。反対する者は居ないと思いますので、すぐに受諾されるものかと思いますが」

「もしそうなら、こちらとしては嬉しいわね」

「うーん……私も同じ意見ですね。百合帝国とニムン聖国が昵懇の関係を築いていることは、既によく知られておりますし。反対を表だって主張できるような者は、おそらく当国には誰も居ないでしょう。ただ……」

「……ただ(・・)?」

「ちょっと性急過ぎる、という意味で難色を示す者は少なくないかもしれません。当国と百合帝国の間には、つい先日まで国交が一切ありませんでしたから。いきなり同盟を締結するというのは、色々と段階を飛ばしすぎています」

「ふむ……」


 確かに、言われてみればイロリナの言葉はもっともなものだと思えた。

 昨日まで他人だった者同士で、急に片方が『今日から親友(マブ)になろうよ!』と申し出たところで、それが上手く行くはずもない。

 いや、別に不可能では無いだろうけれど。それを傍目に見た人達は、間違いなく訝しく思うことだろう。


「出来ないわけではないですが―――何か、明確な理由付けがあったほうが、官や民の理解を得られやすい気がします」

「理由付け、と言うと。例えばどのようなことかしら?」

「一般的には姻戚関係を結ぶ、などでしょうけれど……」

「それは無理が過ぎるわね」


 思わずユリは苦笑してしまう。

 同性愛者であるユリには、他者との姻戚関係など到底結べるものではない。


「殿方との姻戚など、望むべくもないけれど。イロリナが私の側室に来てくれるというのであれば、歓迎するわよ?」

「ふぇ? わ、私がですか!?」

「ええ。知っての通り私は同性愛者だから、女の子に目が無くてね。特にイロリナみたいに可愛くて利発で、勇敢な子は大好きなの。

 ―――どうかしら? ニムン聖国の『聖女』であるエシュトアも既に私の側室となってくれているし。あなたが私の元へ来てくれて、問題無く同盟を締結することができれば、3国を通した良い共栄圏が築けると思うのだけれど」

「あ、あう……」


 かあっと顔を真っ赤に染め上げて、イロリナが忽ち硬直する。

 ゆっくり5分程待っていると。ようやく頭が回り始めたイロリナは「す、すこしだけ、かんがえさせて、くださぁい……」と、か細くも語調が安定しない可愛らしい声で、そのように答えてみせた。


 ―――ちなみに彼女を護る役目である筈のゴトスは、まるで我関せずとでも言わんばかりに、静かにお茶を味わっていた。

 多分この展開は、使者にユリの好物である女性を遣わした時点で、アネカ共和国が元々想定していた事態の1つでもあったのだろう。

 あちらの手のひらで踊らされているような気もするけれど―――。無論、それで可愛い女の子と誼を結べるなら、ユリとしては嬉々として踊ってみるだけだ。



 

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