224. 恭順
[2]
ユリタニア宮殿の『玉座の間』にて、ユリは竜の群れの代表者達と相対する。
玉座よりも下段で傅いているのは、3人の男性達。彼らはいずれも『下位竜』であり、今は『人化』を行うことで人の姿となっている。
「北方にある『竜の島』にて氷竜の長をしております、ワルターと申します」
やや褐色気味の肌をした、長身の男性が傅きながらそう告げる。
おそらくは彼が、先程ユリが都市上空で少し話した、代表の竜だろう。
リンドヴルムもそうだけれど、『人化』した氷竜は肌が雪のように白いことが多いので、陽に焼けた肌のようにも見えるワルターの風貌は、少し意外だった。
「百合帝国の女帝、ユリよ。遠路遙々よく来て下さいました。もっとも―――急に竜の大群が首都へと押しかけてきたものだから、いずこの国家の侵攻かと思って、あわや撃退してしまう所でしたが」
「大変失礼を致しました。我等は人族とは違い、文をやり取りしたり先触れを出したりする文化がありませぬ故、唐突な訪問はご容赦頂きたい」
「今回は許しますが、次回は配慮して頂きたいわね。……竜の大軍を見れば、国に住まう民達が恐怖を感じます。私は国主として、その要因を除かねばなりません」
それは、取りも直さず『これ以上民に不安を与えるなら攻撃する』と言っているのも同然の言葉だった。
竜は気高い生き物であり、特に『人化』が出来るほど高い知性を持つ個体であるほど、その特徴は顕著なものとなる。
彼らに対し『必要があれば除く』と宣言するユリの物言いは、竜たちからすれば大変不遜なものに映ることだろう。
あるいは、ワルターが激昂することも有り得るかとユリは思ったのだが―――。
「今後は留意するよう致します。重ねて謝罪を申し上げたい」
ワルターの反応はユリの予想を超えて、思いのほか従順なものだった。
「ふむ……? 私は人族の女帝に過ぎないわ。竜であるあなたから見れば、私など小物に過ぎぬでしょう。どうしてワルターは私に従属の意志を示すのかしら?」
「……いかにも、我等は人族というものを矮小な存在と見ております。無論、人を束ねる王の立場にあろうとも、それは変わりませぬ。
しかしながら、ユリ殿はラドラグルフ殿の主君であられる。また、ラドラグルフ殿が言うには「我がどんなに背伸びをしたところで、ユリには勝てぬ。武人としての格が違いすぎる」とのこと。
―――であれば、たとえ我々が束になろうとも、ユリ殿に敵わぬのは自明の理。人族を矮小と見るのをやめるわけではありませんが、少なくともラドラグルフ殿にさえ全く敵わなかった我々は、ユリ殿個人には深い敬意を持っております」
「武人、ねえ……」
ユリの戦闘スタイルは、相手の攻撃を利用する狡猾なものであり、地力によって他者をねじ伏せる『武人』のようなものとは全く異なるのだが。
とはいえ、相手がこちらの強さを最初から認めてくれているのは有難いことだ。これならば話もスムーズに纏められそうで、ユリは内心で僅かに緊張を緩める。
「それでワルター達は一体、私の国へ何をしに来たのかしら?」
「はっ。我等は圧倒的な数の利があったにも拘わらず、ラドラグルフ殿にあっさり敗れました。故にラドラグルフ殿に『竜の島』の新たな長となって頂きたい旨を請願したのですが……。ラドラグルフ殿は「我はユリの忠実な僕であるから、それは出来ぬ相談だ」と即座に拒否されました。
それならばラドラグルフ殿の主であらせられるユリ殿にこそ、我等の新しき長となって頂くのが望ましいと考え、我等はここまで来ました。どうぞ我等の恭順と、ユリ殿の国家への我等の居住をお許し頂きたい」
「むう……」
話を受けて、ユリは一瞬困惑してしまう。
ワルターの話には筋が通っているように思える。竜は『自身よりもより強き竜』に出逢った場合、それに恭順する特性があるからだ。
竜の長になって欲しいという請願を、ラドラグルフが即座に拒否したこともまた自然なことに思える。
使役獣である以上、ラドラグルフにとって主であるユリ以上に優先すべき対象など存在しない。一族を最優先に考えられない者が竜の部族の長になっても、それは不幸なことにしかならないだろう。
だからといって―――なぜ私の所に、ともユリは思う。
土地はまだまだ余っているけれど……人に加えて竜まで扶養する国家を作るとなれば、面倒事が今まで以上に増えるだろうことは想像に難くなかった。
とはいえ、従属を希望する相手を突っぱねるというのも、やや心苦しい。
「……では、こうしましょう。ワルターが責任をもって、全ての竜達に『人化』を修得させるというのであれば、受け容れましょう」
「人化を、ですか?」
「私は人族の女帝であり、それ以上でも以下でもない。別に竜だからと言って拒むつもりは無いけれど、私の臣民となるのであれば、最低限人の姿を取れるようにはなって欲しいのよ。―――どうかしら?」
竜の姿のまま彼らを受け容れるなら、間違いなく専用の都市をひとつ造る必要があるだろう。
土地が余っているとはいえ、それは好ましいことではない。折角休ませている『桔梗』の子達に、休日を返上させることになりかねないからだ。
その点、彼らを人族として受け容れるだけなら。『蓬莱』や『ユリーカ』の都市には、まだ充分な許容量があるので、それほど難しいことではない。
ある程度の知性がある個体なら『人化』の修得は難しく無いと聞く。
ワイバーンだと難しいかもしれないけれど。『下位竜』なら知性は充分に備えているはずなので、あとは必要な知識を学ばせれば『人化』の修得は可能だろう。
「承知しました。数日中には全員が修得できるよう、手配致します」
恭しくワルターがユリに頭を垂れる。
数日で済むと宣言できるあたり、『人化』の修得は本当に難しく無いのだろう。
……まあ、世の中には竜として最上位の『祖竜』であり、『1850』という極めて高いレベルを持っていながら。未だに『人化』ひとつ修得できずにいる、ポンコツ放蕩竜も居るわけだけれど。
-
お読み下さりありがとうございました。




