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百合帝国  作者: 旅籠文楽
1章 -

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225/370

223. 竜の軍勢(後)

 


     *



 ユリタニア王宮の露台から飛翔して都市の上空へ上がると、そこには『紅薔薇』と『黄薔薇』、『青薔薇』の3部隊の子達に混じって、ロザミアとリンドヴルムの姿もあった。

 どうやら異変を察して、自主的に駆けつけてきてくれたらしい。


「ロザミアとリンドヴルムが居てくれるのは頼もしいわね」


 彼女達はユリの使役獣だけれど、普段は特に指示も出していないため、2人とも好き勝手に日々を過ごしている。

 必要があれば、躊躇無く喚(よ)ぶつもりではいたけれど。まさかユリが喚ぶまでもなく、2人とも既に来てくれているとは思ってもいなかった。


「こういう時ぐらい、もっと便利に私達を使っていいと思うわよ?」

「ええ、全くです。もう少し我々にもお役に立たせて下さい」


 僅かに非難が混じった声で、2人が揃ってユリにそう口にする。

 遠慮無しにそう告げてくれる2人の存在が、とても有難い。


「悪かったわ、今後は遠慮無く頼らせて貰うわよ。

 それで―――リンドヴルムにはもう、視認できているのかしら?」


 リンドヴルムの視力が非常に優れていることは、以前彼女と共にヴォルミシア帝国へ乗り込んだ時に、既に確認している。

 だからユリがそう問いかけると。案の定というべきか、リンドヴルムは即座に頷くことで答えてみせた。


「見えております。敵は全て竜で、数は300程度ですね」


 ギルドチャットでの会話は、当然ながら『百合帝国』のギルドに所属する相手にしか聞こえない。つまりロザミアやリンドヴルムには聞こえていなかった筈だ。

 にも拘わらず、リンドヴルムが告げた個体数は、ギルドチャットでアンゼリカが報告してくれた数と同じものだ。

 これは信頼できる数字と見て間違いないだろう。


「私のブレス1発で殲滅することも出来そうですが―――」

「やめて頂戴ね? 周囲の環境に影響が出るから、農家の人達が泣くわ」


 リンドヴルムの言葉に、ユリは思わず苦笑する。

 氷竜であるリンドヴルムが吐くブレスは大変広い範囲に効果が及ぶだけでなく、周囲環境の気温を大幅に下げる効果があるからだ。


 外気温が変化しても【調温結界】で保護されている範囲内なら、一切影響が出ることは無いだろうけれど。ユリタニアの周辺にある農地は【調温結界】の範囲外に作られているものも多くある。

 季節の変動に伴った気温変化がある方がよく育つ作物は、敢えて範囲の外にある農地で作られているのだ。

 暦が『春月』に入り、春の気配に適応した蠢動を始めた作物達に、ブレスの影響で真冬よりもなお寒い環境を突き付けることになれば。生育に良くない影響が出ることは、想像に難くなかった。


「リンドヴルムは人化(レガ)を維持したまま戦うように。それと―――ロザミアも気をつけて頂戴ね。出来ればあなたは、範囲攻撃自体を使わずに戦って欲しいわ」

「むう……。判ったわよぉ」


 不承不承といった調子で、ロザミアが頷く。

 竜の大軍など、『レベル4000』の強さを誇るロザミアの敵では無い。

 もし相手の竜が全て、最上位の『祖竜(エルダー・ドラゴン)』であったとしても。ロザミア1人だけで、あっという間に蹴散らしてしまうことだろう。


 とはいえ―――ロザミアは強すぎるが為に、安易にその力を振るえば、予期せぬ被害を生じさせることがある。

 もし彼女が行使した範囲攻撃の魔術や魔法に、ユリタニアの都市を護る【障壁結界】が一部でも巻き込まれたなら。レベル4000相当の魔法威力を耐えきれず、1発で結界が破壊される事態も充分に考えられた。


「ユリ殿。我々が都市上空に集まっているのを見て、何があったのか不安に思っている市民もいるでしょう。通達を行い、安堵させた方がよろしいのでは?」

「ああ―――言われてみれば、確かにそうね。ありがとう、リンドヴルム」


 ユリがギルドチャットで指示を出した通り、薔薇の3部隊の子達はユリタニアの都市上空へ集まるために、全員が己の召喚した騎獣へ騎乗している。

 『黄薔薇』の騎獣は麒麟(ルクィア)、『青薔薇』の騎獣は響霊馬(ケンタリュア)、そして『紅薔薇』の騎獣は赤竜(レッドドラゴン)になる。

 特に赤竜はサイズが大きいため、地上から見上げればよく目立つだろう。それを見た市民が不安を抱くことは、大いに有り得る話だ。

 通達が必要だと告げるリンドヴルムの言葉は、もっともだと言えた。


「―――ごきげんよう、ユリタニアにお住まいの皆様。音声だけではありますが、突然の『放送』を申し訳ありません」


 ユリは慌てて、ユリタニアに居る市民に向けて『放送』を開始する。

 慌てていたせいで、名乗るのを忘れたけれど。まあ、それは些細な問題だろう。

 この国で『放送』を行えるのは、どうせユリ1人だけだ。


「現在、ユリタニアの北方より竜の大群が飛来しております。これが他国の侵攻によるものなのか、あるいは全く別のものなのかは判りかねますが―――。

 もし戦闘になった場合、我々は相手の竜達を殲滅致します。ご存じの方も多いとは存じますが、ユリタニアの都市には強力な結界を張っておりますので、竜の攻撃にも充分に耐えられるだけの堅牢さがあります。

 ―――私が女帝として、ユリタニア市民の誰1人にさえ、怪我ひとつ負わせないことを確約致します。どうぞ皆様、安心していつも通りの日常をお過ごし下さい」


 端的に必要なことだけを告げて、ユリは『放送』を終了する。

 どうせ今日の夜には、いつも通りの『放送』も行うことになるのだ。詳しい経緯や顛末については、その時にまた改めて市民へ語れば良いだろう。


 もしかしたら、竜の大群が来ることを知った市民が、少し都市内で混乱を起こすかもしれないけれど。その鎮静役を任せる為に、敢えて『撫子』の子達は呼集せず都市内に残してある。

 多少の混乱が起きたとしても、被害が出ることは無いだろう。


「―――来たわね」


 ユリの視力でもはっきり見え始めた竜の軍勢を見て、静かに言葉を吐く。

 一体でも『天災』と呼ばれる竜が300体も群れを成している光景というのは、常人にとっては絶望以外の何物でも無いものだろうけれど。

 生憎と―――ユリは一般的な常人の枠からは、逸脱し過ぎていた。


「皆、まだ動いては駄目よ。あちらが敵性存在だとはっきりしない間は、こちらからの攻撃は絶対に行わないように留意なさい」

『『『はっ!』』』


 ユリがギルドチャットで告げた言葉に、3部隊の全員が呼応する。

 ワイバーンとは異なり『下位竜(レッサー・ドラゴン)』であれば会話が通じる可能性は高い。まず最初に相手の来訪意図を確認するのは、必要不可欠なことだと言えた。


「……何もして来ませんね」

「そうね。案外、敵では無いのかしら」


 徐々に近づいてくる群影を見てリンドヴルムが告げた言葉に、ユリも頷く。

 『下位竜(レッサー・ドラゴン)』は魔法や魔術を行使する能力を持ち、己が得意とする属性のブレスを吐くこともできる。

 だから相手が百合帝国への攻撃を考えているのなら、射程距離内に入った時点で何らかの行動(アクション)を起こして来そうなものだが。


 ユリ達が何もせず待機していると。竜の群れが一定の距離で揃って停止し、その中から一頭の竜が、いかにも『群れの代表』といった様子で前へ出て来た。


「―――そちらの軍隊の代表者へ、問いたいことがある」

「あら」


 先方の代表者が、共通語でそう話しかけてきた。

 あちらが対話を試みて来るなら、もちろんユリとしても否は無い。先方に倣ってユリもまた1人で3部隊の前へ進み出て、あちらの代表竜と対峙した。


「私が代表者のユリよ。何をお訊ねになりたいのかしら?」

「む。貴殿が『ユリ』殿で間違いないのか?」

「……? ええ、そうだけれど?」


 相手の代表者の意図が判らず、思わずユリは首を傾げてしまう。

 どうやら少なくとも、百合帝国へ侵攻しようとして来たわけでは無いらしい。

 そうであるなら、百合帝国の代表者として女帝のユリが出て来たことに、相手が疑問で返す筈が無いからだ。


「我々はここより遙か北の地にある『竜の島』で暮らしていた、氷竜の一族だ」

「ふむ……? その氷竜の皆様が、我が国に何の御用なのかしら?」

「我等は貴殿の臣下であるラドラグルフ殿と戦い、そして敗れた。潔く貴国の軍門に降ろうと思う故、これを受け容れて下さると嬉しいのだが」

「………………は?」


 思わず、ユリの目が点になる。

 あの2年近く姿を見ていない放蕩竜は一体―――どこで何をしているというの。



 

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