191. 女帝と皇帝(中)
「ま、待て!」
謁見の間から出て行こうとするユリを、慌ててルドウィン皇帝が制止する。
ユリもリンドヴルムも、その声を気に留めるつもりは全く無かったのだけれど。ここまで同行して貰っていた騎士の人達に進路を阻まれて、仕方なくユリは玉座の側を振り返った。
「……何か?」
「何故やめる必要がある! 当国は支援を必要としているのだぞ!」
「それは貴国の事情であって、当国の関知する所ではないわ。自国に生じた難事は自国のみにて対処する。考えてみればごく自然で、当たり前の事よね。
まして当国は貴国と同盟関係に無いのはもちろん、国交自体も存在していない。支援する義理など皆無と言って良いでしょう。―――他に何か理由が必要?」
「ぬう……! だが、貴殿は『当国を支援しに来た』と言っていたではないか!」
「ええ、その通りよ。だから先程『そのつもりだったけれど、やめておくわ』と、ちゃんと言ったでしょう? 考えが変わって支援する意志が失せたから、撤回しただけのことではないの」
「支援を申し出ておきながら一方的に撤回するなど、不義理であろう!」
「あなたは学習能力が無いのかしら? 当国は貴国と同盟を結んでいるわけでもなければ、国交があるわけでもない。どうして私が義理を通す必要が?」
「当国は支援を必要としているのだぞ!」
「………」
大きな声で叫べば、それが正論になるとでも思っているのだろうか。知性の伴わない問答、ましてや無限ループしつつある問答ほど、無意味なことはない。
もう何度目か判らない大きな溜息を、再びユリは吐き出した。
「ルドウィン皇帝」
「……む、何だ」
「私達に同行して貰った、ヴォルミシア帝国の騎士達が手に持っている飲み物と菓子は、私達が待機させられていた応接室に用意されていたものよ。私とこの子は、一切それに手を触れていないことを誓うわ」
隣に立つリンドヴルムのことを手のひらで指し示しながら、ユリはそう告げる。
「……ふむ。それがどうした?」
「貴国が用意した茶と菓子なのだから、当然安全は保証されているわよね?」
「愚問だな。招待した覚えが無いとは言え、貴公らは余の客人だ。その客を害する毒でも入っていると言うのかね?」
「そう言っているつもりだけれど?」
ざわり、と謁見の間の空気が小さく揺れた。
ユリが起動している〈支配者の威厳〉のスキルは、周囲に居る相手に《萎縮》の状態異常を付与するけれど。この効果はそれほど長続きするものでは無い。
周囲の人達がユリの『威厳』に慣れてくれば、それだけ《萎縮》効果も弱まってくるわけだ。ユリの言葉を受けて貴族の人達に小さな騒めきが生まれたのは、それだけ彼らが『威厳』の影響から徐々に逃れつつあることを意味していた。
「くだらん。有り得ぬことだ」
「では皇帝である貴方自ら、そこの騎士達が手に持っている茶を飲み、菓子を口に頬張ってみなさいな。無毒を保証できるのなら、躊躇う必要も無いでしょう?」
「ぬう……」
ユリが促した言葉に、ルドウィン皇帝は眉根を寄せる。
―――ここで本当にユリの言う通りにしてみせるようなら。あるいはルドウィン皇帝に、一定の信頼を置いても構わなかったのだけれど。そうしない以上、やはりユリとしては皇帝を信用することは出来そうにない。
まあ、ヴォルミシア帝国としても、別にユリを殺める意図までは無いのだろう。
お茶と菓子に混入されているものが『麻痺』と『睡眠』を引き起こす毒であることは、既に〈鑑定〉結果により判っている。ユリを殺したいのなら、もっと直接的な効果の毒を用いる筈だ。
とはいえ―――他国の国主であるユリの行動を封じて捕らえようという時点で、当然それは断じて容易に済ませて良いことでは無い。
「……仮に、そこの茶や菓子に、何かが混ぜられていたとしても。それは余の関知する所ではない」
「あら、どうしてそうなるのかしら?」
「侍女が勝手にやったことであろう? ……応接を担当していた侍女達は、責任を取らせて全員処刑しておく。それで何も問題は無いな?」
「大アリよ。侍女が自らの意志でそんなことをするわけが無いでしょう? 他国の国主に毒を盛った所で、侍女には何の利益もありはしない。侍女達に指示を出した者が居ると考えるのが自然だもの」
「侍女が勝手にやる事など、皇帝たる余の知り及ぶことではない。当事者の侍女を断罪すれば、全ては解決することだ」
ルドウィン皇帝は一方的にそう告げて、問答を打ち切ってしまう。
はあ、とユリは今日の中で最も大きくて重苦しい溜息を吐き出した。
会話にならない相手に、まともに付き合ってやる道理はない。
「そう。貴方がそう思いたいのなら、それで構わないと思うわ。勝手になさい。
―――無論、私も私で勝手をさせて貰う。百合帝国の女帝である私に直接危害を加えようとした以上、このヴォルミシア帝国の行いは当然ながら『宣戦布告』以上の意味を持つ物だと考える。そして、最早言うまでもないことだけれど、百合帝国が『敵国』に対して支援を行うことは無い。そこまで私は酔狂では無いもの」
「……小娘が、好き勝手に囀りおって。後悔するぞ?」
「させてみなさいな。貴方に出来るものならね」
「よかろう。ならば貴様が治める国家からは、女帝の身柄を対価として、当国への充分な支援を引き出すとしよう」
スッ、とルドウィン皇帝が玉座に座ったまま片手を挙げると。
それに呼応して、謁見の間に居るヴォルミシア帝国の騎士達が。―――ユリが飲み物と菓子を運ばせるために同行させていた人達も含めた、全ての騎士達が腰から勢いよく剣を抜き放ち、その切っ先をユリの側へと向けた。
皇帝との会話でそれなりの時間が経過したこともあり、既に〈支配者の威厳〉の効果は薄れてしまっている。
騎士の人達に少しだけ遅れて、《萎縮》状態からようやく抜け出せた貴族の人達もまた、腰に提げている剣を抜いてユリの方へと向けた。
「流石にこれは、明確な『宣戦布告』と見て良いわよね?」
「これが宣戦布告に見えぬようなら、それはただの馬鹿であろうよ」
「あら、初めて貴方と気が合ったわね」
騎士達のレベルは概ね『30』程度。貴族に至っては大半が『15』以下だ。
謁見の間の中にかなりの人数が居ることを考えても、ユリからしてみれば些かも脅威ではない。ユリが得意とする『絆』を駆使した戦い方をするまでもなく、この程度の多勢を捻り潰すことぐらいわけもないが。
―――とはいえ。
この場に於いては、わざわざユリ自身が対処する必要さえ無いだろう。
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