190. 女帝と皇帝(前)
地域コミュニティの赤紙に連行されており、碌に書けていません。
今回も短め&無推敲です。申し訳ない。
(今月17-18日にある催し毎に向けての手伝いに駆り出されていますので、あと何回かは似たような機会があるかもしれません。すみません……)
[1]
当たり前だけれど、ユリとリンドヴルムの2人が応接室に用意されたお茶や菓子に手を付けることは無かった。毒の混入が判っている物を積極的に口にするほど、酔狂な性格はしていない。
そんなユリとリンドヴルムの様子を、部屋の隅に控えた侍女達はじっと監視している。おそらくは今か今かと口に付ける瞬間を待っているのだろう。
―――はあ、とユリは重苦しい溜息をまたひとつ吐く。
なんだか様々なやる気が、一斉に削がれた気分だった。
リュディナに強く請われたから、わざわざこんな南方の国まで来たというのに。その歓迎がコレなのだから、徒労感が半端ではない。
こんな国の為に『支援』を考えるなど、あまりにも馬鹿げている話だ。
「失礼する!」
応接室の扉が勢いよく開かれ、先程のリーダー格の騎士が入って来た。
後ろには同じ部隊の人達と思われる、何人かの騎士も同行している。―――なかなか良いタイミングで来てくれたものだと、ユリは内心でほくそ笑んだ。
「あら、どうされたのかしら?」
「これから謁見の間に案内するゆえ、着いて参れ!」
「判ったわ。ああ、でも―――折角この部屋に居るメイドさん達が用意してくれた茶や菓子に、全く手を付けられなかったのよ。代わりにあなた達が、これを持ってきてくれるかしら?」
「はあ? 謁見の間に茶や菓子を持ち込むなど、無礼にも程があろう!」
「そう。では私達はこれで帰らせて貰うから、案内は無用よ。―――行きましょうリンドヴルム」
「はい、ユリ殿」
最早この国に興味は無い。
リュディナから要請されたことを、何一つ叶えないまま帰国することには、少しだけ申し訳なさも感じるけれど。おそらく『放送』を通じて今のユリ達の姿は見てくれている筈だし、事情を説明すればリュディナは理解してくれることだろう。
ユリに殆ど遅れることなく、リンドヴルムも席を立つ。
2人で応接室を出ようとすると、慌ててリーダー格の騎士がその進路を塞いだ。
「……何か?」
「何かでは無い! 陛下がわざわざ会って下さるというのに、帰るとは何事か!」
「そう、ではルドウィン皇帝に伝えておいてくれるかしら? 『淑女のささやかな我侭も叶えられない器量無しの騎士に嫌気が差したので帰ります』―――とね」
「ぬう……!!」
リーダー格の騎士が顔中を不快感で顰めながら、ぎりっと歯を噛み締める。
他国の国主を帰らせたとなれば、案内役を引き受けた騎士として極めて不名誉であることは言うまでもない。だから彼が折れるのに時間は掛からなかった。
「わ、判った! 部下に運ばせれば良いのだろう!」
「ええ、お願いね。もし道中で零したら帰らせて貰うから、そのつもりで」
「くっ……! おい、テーブルにある菓子の入った器と飲み物を運べ! くれぐれも零さぬよう丁重にな!」
「はっ!」
リーダー格の騎士から指示を受けて、その部下が丁寧に飲食物を抱える。
その様子を、部屋の隅で控えている侍女達だけが、どこか絶望したような表情で眺めていた。
但し、眺めるだけで、侍女達は何も言葉を口にはしない。そんなことをすれば、茶と菓子に何かの細工がしてあると、自ら吐露するようなものだからだ。
リーダー格の騎士に案内されて、帝城の『謁見の間』の入口へと到着する。
―――ユリは僅かにさえ躊躇することもなく、部屋の大きな扉を押し開いた。
騎士の人達も同伴の上で部屋の中へ入ると。入口から玉座にまで敷かれた絨毯の左右には、この国の貴族と思われる人達が大勢並んでおり、来訪者のユリに向けて誰もが不躾な視線を投げかけてくる。
「まだ幼い子供ではないか……」
「斯様な小娘に統治される国など、まともであろう筈が無い」
「あの蒼髪の美人は誰だ?」
「何故我が国の騎士達も一緒に入って来たのだ」
ざわざわと俄に騒がしくなった場に、ユリは僅かに表情を顰めた。
やや声を窄めながら貴族達が交わし始めた言葉の数々は、優れた聴力を持つユリの耳には明瞭に届いていた。
(……小蝿が煩いわね)
ユリは〈支配者の威厳〉のスキルをオンに切り替える。
『ギルドが最も長く空中城を占領していた期間に応じて、スキル所持者に威厳を与える』という、少し変わった効果を持つこの特殊なスキルは、10年以上にも渡り『空中城』を占領していたユリが発動すると、大変な効果を発揮する。
スキルをオンにすると同時に―――瞬く間に謁見の間の全てを呑み込み、制圧してしまった小娘の威厳に。貴族達の誰もが、ただの一言さえ言葉を発することが出来なくなった。
「―――我が国の貴族達を一瞬で黙らせるとは、大した威厳だ。小娘かと思えば、どうやら国主に相応しい器を持っているようだな」
その最中にありながら、玉座に座る男性だけがいとも容易く口を開く。
威厳に屈さない心を持っている証拠だ。流石は『皇帝』といった所だろう。
「ごきげんよう。あなたがルドウィン皇帝ね?」
「いかにも。余が第22代皇帝、ルドウィン・ヴォルミシアである」
髪の色がすっかり抜け落ち、皮膚にも皺が多く見られるルドウィン皇帝の姿は。ユリの感覚からすると、ちょうど還暦を迎えた後ぐらいの初老男性に見えた。
皇帝が発する声もまた、年相応の嗄れ声なのだけれど。これは不思議と聞き手の耳へ、明瞭に聞こえるようだ。また玉座に腰掛ける姿勢が良いこともあり、皇帝の姿はあまり『老いている』印象を感じさせないものがあった。
「百合帝国で女帝をしている、ユリよ。お会い出来て嬉しいわ」
「余もだ。何でも今回は、当国に支援して下さるとのことだが―――」
「そのつもりだったけれど、やめておくわ。今日はこれで帰らせて貰うわね」
「………………は?」
ユリはそう告げると同時に、絨毯の上で踵を返す。
もちろんリンドヴルムもまた、すぐにユリに倣って皇帝に背を向けた。




