186. 氷竜リンドヴルム
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リュディナからヴォルミシア帝国に住まう民達の救済を頼まれたユリは、引き受けたその翌朝にはもう、ユリタニアの宮殿を発った。
高速で空を駆けることができる使役獣―――リンドヴルムという名の氷竜の背に乗り、ユリは一路南南東を目指す。
リンドヴルムは『アトロス・オンライン』のゲーム内に登場する、極めて強力なレイドボスの1体で、そのレベルは『1666』と非常に高い。
流石にレベル1850の覇竜ラドラグルフには大きく劣るけれど、それでも充分に『天災』と呼べるだけの実力を有していることは間違いないだろう。
「―――悪いわね、リンドヴルム。久々に喚んだかと思えば、長距離飛行なんかをお願いしてしまって」
『いいえ、ユリ殿。元より竜である我等からすれば空を飛ぶことなど、人が地面を歩くのと同じぐらい、生きる上では当たり前のこと。ユリ殿の軽い御身を乗せて、多少の距離を飛ぶことぐらいは負担でも何でもありません』
「そう言ってくれると助かるわ」
ヴォルミシア帝国への『転移ポイント』は既に作成してあるので、やろうと思えばユリは転移魔法を用いて、一瞬で彼の国の首都へ移動することもできる。
とはいえ、転移魔法で直接首都の王城を訪ねて、城門を護る衛兵に自身が『百合帝国の国主』だと名乗り、皇帝との面会を求めたところで―――まず間違いなく、不審者だと追い払われたり、捕縛されるのがオチだろう。
ヴォルミシア帝国の皇帝と面会し、話し合いの場を持つためには。ちゃんと相手の目に留まる形で、ユリが『訪問』してきた事実を印象づける必要がある。
わざわざリンドヴルムの背に乗って訪問するのは、そのためだ。リンドヴルムは体躯だけで言えばラドラグルフよりも更に大きな竜なので、巨大な竜を御し、その背に乗って訪問出来る者ともなれば。たとえ見た目が少女同然であっても、相手は相応の待遇をしてくれることだろう。
『なかなかの寒さのようですが、ユリ殿は平気ですか?』
「ええ、心配ありがとう、リンドヴルム。予め〈温冷耐性〉が付与された装飾品を身に付けているからね」
『なるほど、それならば心配要りませんね』
百合帝国にある都市と村落は【調温結界】により、気温が一定に保たれているけれど。都市の結界から一歩でも外に出れば、そこは『冬』の厳しい寒さがある。
雪こそ降っては居ないようだけれど、気温はかなり低い筈だ。小指に嵌めた指輪が齎してくれる恩恵を、ユリは有難く思った。
リンドヴルムは『氷竜』なので、もちろん寒さの影響など受けはしない。
時折思い出したように翼を揺らしながら、重力の頸木になど捕われていないかのように、リンドヴルムの巨躯は軽やかに空を舞う。
おそらく、かなりの時速で飛んでいる筈なのだけれど。揺れひとつ感じられないお陰で、背に乗っているユリにその実感は皆無だった。
『―――そうですか。妹は長らくユリ殿の元へ、帰還していないのですね』
「ええ、一体今頃、どこで何をしているのやら」
空を飛びながら、ユリはリンドヴルムとラドラグルフの話をする。
レベルはラドラグルフの方が上でも、長く生きているのはリンドヴルムの方だ。そのせいなのか、リンドヴルムはラドラグルフの『姉』のような存在だった。
実際、リンドヴルムはラドラグルフのことをよく『妹』と呼んだりする。
もちろん親は違うのだろうけれど―――気が遠くなるほどの長い時間を共に生きてきた彼女達の関係は、最早『友』のそれではない。
だとするなら姉妹も同然の関係にあるのも、何となく理解できる気がした。
「ラドラグルフのことだから、心配は要らないのでしょうけれど。これだけ長い間戻ってこないと、多少思うところはあるわね」
『宜しければ私が探して、妹をユリ殿の元へ連れ帰ってきましょうか?
―――もちろんユリ殿になら、やろうと思えば【使役獣召喚】でラドラグルフのことを一方的に自分の元へ喚び出すことも出来るのでしょうけれど。ユリ殿は少々優しすぎる所がありますから、そうなさることは本意では無いでしょうし』
「あはっ、私が『優しい』ねえ……。この世界で誰より沢山の人間を殺戮した私に対して、そんなことを言うのはリンドヴルム、あなたぐらいでしょう」
『ユリ殿の優しさは、向けられる相手が限定されますからね』
「ふふ、よく判っているじゃない」
結局のところ、ユリは自身が『優しく在ろう』と思える相手に対してだけしか、優しくしようとする意志自体が無いのだ。
リンドヴルムはそうしたユリの性格を、とてもよく理解していた。
『ダドラスが悲しんでいましたよ。ユリ殿に全然喚んで貰えない、と』
「う……。それは反省するわ、ダドラスには後でちゃんとケアしておく」
『ええ、そうして下さいませ』
ダドラスはラドラグルフやリンドヴルムと同じく、元々はレイドボスだった竜の子で、レベルは『1710』とリンドヴルムよりも高い。
にも関わらず、ユリはこの異世界に来るより以前、『アトロス・オンライン』のゲームを遊んでいた頃から、あまりダドラスのことを召喚せず、専らラドラグルフやリンドヴルムばかりを偏用するところがあった。
その理由はとても単純で―――ダドラスの性別が『雄』だからだ。
つまりラドラグルフやリンドヴルムのような『雌』の竜ばかりを贔屓するのは、単にユリの同性愛者としての本質に起因するものに他ならなかった。
とはいえユリは当然ながら、ダドラスのことも自身の『使役獣』として、とても大切に思っている。
殆ど無意識のうちにラドラグルフやリンドヴルムを選んでしまうせいで、呼び出す機会こそ少なくなりがちだけれど、そこに彼への隔意など無いのだ。
だからそのことをダドラスが悲しんでいるようなら、ちゃんとケアはしてあげるべきだろう。
『……とはいえ、あまりユリ殿のことを責められませんね。結局は私も妹も、ユリ殿から贔屓して頂けることを、とても嬉しく思っているのですから』
「あら嬉しい。そうなの?」
『はい。お慕いしておりますよ、ユリ殿』
「………………その台詞を、あなたが人化している時に言われなくて良かったわ。ヴォルミシア帝国の事なんて忘れて、思わずあなたをベッドに誘いたくなるもの」
『ふふ……。それでは、同じ言葉を改めて口にする時には、ユリ殿のご迷惑にならないタイミングを選ぶように致しましょう』
人化とは、竜を始めとした強大な力を有する魔物だけが行使可能な『人に変化する』術法のことだ。
人化したリンドヴルムはとても綺麗な蒼い髪を持つ、極めて美しい女性なので。もしその姿で愛を囁かれれば、ユリが抵抗することは難しいだろう。
ちなみにラドラグルフは、自力では人化が行えない。
彼女は『覇竜』の異名を恣にするほどの、極めて強力な竜だけれど。
―――実際は割とポンコツだったりもするから、仕方ない。
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