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百合帝国  作者: 旅籠文楽
1章 -

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184. 氾濫(後)

 



「ユリ殿はヴォルミシア帝国を助けるつもりなのかね?」

「いいえ、レイヴン王。私にその意志は全く無いわ」


 レイヴン王から問われた言葉に、ユリは即答する。


「ヴォルミシア帝国とは国交が無いから、助ける義理が無いもの。むしろ彼の国がシュレジア公国に対し、過去に少なからず面倒を掛けていた事実も考慮するなら。その庇護者たる当国にとって、ヴォルミシア帝国は『仮想敵国』とも言える。敵に利する行動を取る愚かさなど、説明する必要も無いでしょう?」

「なるほど……。確かに、それはその通りですな」

「―――と、一応ここまでが『建前』かしら。『本音』の部分を言うなら、当国がヴォルミシア帝国を助けない一番の理由は『私の愛する子達がヴォルミシア帝国のことを嫌っている』からね」

「ほほう……。ヴォルミシア帝国は何故、嫌われているのでしょう?」

「それは私よりも、当人に訊いてみるべきでしょうね」


 そう告げて、ユリは隣に立つパルティータのことを一瞥する。

 『撫子』の隊長を務めるパルティータもまた、そのユリの視線に応えるように、こくりと小さく頷いてみせた。


「我々『百合帝国』は―――もとい、ご主人様の『本妻』である我々359名は、確かにヴォルミシア帝国のことを快く思っておりません。

 その理由については。『この世界に帝国は2つ要らない』とだけ申し上げれば、概ねご理解頂けるのでは無いかと」

「な、なるほど……」


 パルティータの言葉を受けて、レイヴン王は軽く顔を引き攣らせた。


 帝国は2つ要らない―――その言葉は、酷く傲慢なものではある。

 それでも、『傲慢』だろうと何だろうと、ユリにとっては愛する子達の意志以上に優先すべきものなど存在しない。

 彼女達がヴォルミシア帝国を『敵』だと言うのなら、それはユリ自身にとっても明確な『敵』に違いないのだ。


「私という個に、自分の意志というものはそれほど多くは無い。けれど私は、自身が大切にする者の意志に応えることが、私自身の望みに思えることがよくあるの。

 だから、私が愛する子達がヴォルミシア帝国を快く思っていないのなら、それは私自身にも重なると考えて貰って結構。彼の国に協力したいという意志は、少なくとも現時点での当国には皆無よ」


 彼の国を救いたいという意志は、ユリ自身には些かも存在しない。

 それでも。ヴォルミシア帝国へ関わる理由があるとするなら、それは―――。


「―――但し、リュディナが『ヴォルミシア帝国の救済』を望んだ場合は別」

「癒神リュディナ様が、ですか?」

「ええ」


 『建前』とも『本音』とも裏腹に。正直ユリは、ヴォルミシア帝国のことを最終的には、百合帝国が助ける羽目になるのではないかと思っている。

 自分がそれを望むと望まざるとに関係無く。リュディナからヴォルミシア帝国を助けるよう求められれば、ユリに否は無いからだ。


「パルティータ。ヴォルミシア帝国の食料状態については、調査できている?」

「はい。全ての都市に於いて食料は不足気味となっており、市場で取引される価格も上昇傾向にあります。どうやらヴォルミシア帝国は、食料生産を都市周囲にある村落に大きく頼っていたようでして。村落の大半が『泥土狼』によって壊滅させられたことで、食料が入って来なくなったことが原因のようですね」

「やっぱりそうなっているのね……」


 予想通りの回答を受けて、思わずユリは溜息を吐いた。


 この世界の国家は、人口密度が高い『都市』が商工業を中心に担い、その周囲にある衛星都市が第一次産業を担う構造であることが非常に多い。

 第一次産業の最たるものである『農業』などは、都市での生産量は低いケースが殆どで、市民消費量の大半を衛星都市から運び込むことで賄っている。


 なので今回のように、魔物が溢れて村落が真っ先に潰されれば。都市に遠からず訪れることになるのが『飢饉』の問題だ。

 僅かな食料を多くの人々が求めるようになれば、それは市場で取引される食料価格の高騰という形で顕れる。もし国や貴族が金に物を言わせた調達を始めれば、それこそあっという間に、庶民には手が出せない価格にも達するだろう。


 飢餓の苦しみは人に取って耐え難いものであり、しかもそれが長く続く。

 そうした『長期間に渡り人々に与えられ続ける苦痛』というのが、リュディナにとって最も看過できないものであることを、ユリは既に知悉していた。


「これは、あくまでも私の予想だけれど―――ヴォルミシア帝国で更に食糧不足が深刻化して、多くの民が飢餓に苦しみ始める前後辺りで、リュディナは私に『彼の国を助ける』ように要請してくることでしょう。

 ……この場に居る皆への信頼の証として、1つ私の弱点を教えて上げましょう。私はリュディナに大恩があり、彼女に要請されれば、それを拒否することが絶対に出来ないの。だからもし彼女から請われれば、その時点で私はヴォルミシア帝国のことを救わなければならなくなる。私自身の意志とは関係無くね」

「それほどの大恩ですか……。ユリ殿が『神』となられた経緯に関係が?」

「いえ、それとは特に関係が無いわね。私がこの世界の『主神』の末席に加わったのは、リュディナに請われてのものであって、別に私自身がそうなりたいと思ったからでは無いのよ。―――まあ、最近では己の『神』としての立場を都合よく利用することも頻繁にあるから、そう言ってもあまり説得力が無いのだけれど」


 僅かに苦笑しながら、ユリはレイヴン王の問いにそう答えた。

 ある物は何でも『躊躇わず便利に使う』というのがユリの信条だ。『神』としての立場が便利に使えそうな時に、わざわざそれを躊躇するような自制心や清廉さの持ち合わせなど、ユリには存在していない。


「もしヴォルミシア帝国を助けることになった場合、それについて幾許かの協力を求めることもあるかもしれないから、そのつもりで居てくれると嬉しいわ。

 ―――ああ、無論レイヴン王は協力しなくて結構。レイピア王国は新領土の安定のために今は食料が必要だから、他国に回す余裕など無いことは理解しているわ」

「ありがとうございます。そう言って頂けると、こちらとしては助かります」

「アルトリウスとカダインは、その時には多少は協力して頂戴」

「承知致しました」

「今秋は食料がよく採れ、余裕も御座います。問題ありません」


 ユリの要請を受けて、アルトリウスとカダインが揃って頷いた。


 百合帝国にも食料の余剰量は相当あるが、それでもヴォルミシア帝国という広い国土を賄える程の量があるかと言われると、あまり自信がない。

 ニムン聖国とシュレジア公国は、ともに大国と言って良い、充分な広さの国土を有している。三国で協力すれば、ヴォルミシア帝国の飢饉を食い止められる程度の食料ぐらいは、問題無く都合できることだろう。



 

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