183. 氾濫(前)
[3]
―――百合帝国の首都、ユリタニアにある宮殿。
その二階にあるやや小さめの会議室に、要人達が集まっていた。
ニムン聖国の聖王で『八神教』の教皇でもあるアルトリウス、シュレジア公国の君主カダイン・テオドール、レイピア王国の王レイヴン・レイピア。3カ国の王達が会議室の席に着き、その背後には少数の護衛も控えている。
もちろん百合帝国の女帝であるユリもまた、その一席に腰掛けている。
そのユリの隣に立つメイド服の女性―――諜報活動を得意とする部隊『撫子』の隊長を務めるパルティータが、速やかに場を進行させた。
「調査結果を簡潔に申し上げますと、『泥土狼』なる魔物がヴォルミシア帝国との国境付近で確認されるようになりました事態は、彼の国にあるダンジョンに原因があることが判りました」
「……『迷宮地』が?」
「いえ、ご主人様。ユリシスやユリーカの都市にある『迷宮地』のようなものでは無く、この世界に元々存在していた『ダンジョン』のことですね」
「ああ、なるほど……」
そういえば以前に―――確かアルトリウスの口から、この世界にもダンジョンが存在しているという話を、少し聞いたことがあるのを覚えている。
「当国にある『迷宮地』と区別するために、ヴォルミシア帝国にあるものは、これ以降『天然ダンジョン』と呼称させて頂きますが―――。
この天然ダンジョンは地表部に棲息する魔物に較べますと、レベルの高い個体が大量に棲息する『魔物の巣』となっているそうです」
「ふむ……。国土内に存在していない以上、私はその『天然ダンジョン』なるものをよく知らないのだけれど。ニムン聖国やシュレジア公国、レイピア王国の領土内になら在るのかしら?」
「当国にはありませんね」
「こちらでも存在は確認されておりません」
「そんな話は聞いたことがありませんな」
ユリの問いかけに、3カ国の王がそれぞれに頭を振る。
4カ国の国主が集まっていながら、どの国にも存在しないとなれば。この世界の『天然ダンジョン』は数が少なく、なかなか貴重な存在なのだろう。
「まさかダンジョンの魔物とは……。ですが、言われてみれば納得もできますね。彼の魔物が高い脅威性を持っているのも、ある意味自然なことかと」
「それはそうね」
シュレジア公国の地表部に存在する魔物が、大体15~30レベルの範囲内に収まっている事実とは裏腹に。今回の一件で確認された『泥土狼』なる魔物のレベルは『56』と、抜きん出て高い。
けれども、それはカダインの言う通り『天然ダンジョン』から出て来た魔物だと判れば、納得もできる。天然ダンジョンが『高レベル個体の生息地』である以上、その程度の強さの魔物が居るのは自然なことだろう。
「皆様お詳しく無いということなので、先に『天然ダンジョン』自体について説明させて頂こうと思いますが―――。天然ダンジョンは簡単に言えば、地表部に存在する魔物とは異なる、独自の『ルール』が制定された場所です」
「……独自のルール?」
「はい。地表部の魔物には皆様もご存じの通り、生息数が『概ね一定する』というルールが存在しています。当国が行う『駆逐』のように、魔物を積極的に狩猟することでその数を減らしても、月を跨ぐと同時に倒した全ての魔物が復活してしまうため、根本的な解決とはなりません。
これは逆も言えます。魔物を狩猟しなかったとしても、それが魔物の数を増やすことには繋がりません」
「……あら、そうなの?」
「はい。例えば、湖沼だけに棲息するリザードマンなどの魔物は、全く狩猟されず放置されることがよくあるそうですが。これで数が増えることは無いそうです」
「なるほどねえ……」
ユリは、この世界の魔物が『月替わりに復活する』という特性を備えているだけだと今まで考えていた。だから狩猟を行わなければ、繁殖により個体数は自然に増えてゆくものだと思っていたのだけれど―――そういうわけでは無いらしい。
この世界の魔物は増えもせず、また減りもしない。魔物には己の種の繁栄を求めることが出来ず、しかし決して淘汰されることもない。
―――それでは本来生物として在るべき生き方そのものが、まるで『魔物』には認められていないかのようにも思える。
なるほど―――ただ存在することを定義されているだけのものであるなら。それは正しく『ルールに支配されている』とも言えるだろう。
「ところが天然ダンジョンに棲息する魔物には、全く別のルールが適用されます。
―――まず『月』という概念がありません。天然ダンジョンに棲息する魔物は、緩慢にではありますがタイミングを問わず常に棲息数を回復し続けます」
「常に……?」
「はい。『毎日一定数ずつ個体数が増える』と申し上げる方が判り易いかもしれませんね。なので天然ダンジョンに棲息する魔物を全滅させると、個体数の回復にはかなりの期間が必要となります。もし途中で月を跨ぐことがあっても、それにより一斉に個体数が復活することもありません。
そして、これにもまた逆が言えます。地表の魔物にある『一定数に保つ』というルールが天然ダンジョンの魔物には適用されませんので、個体数の回復には際限がありません。天然ダンジョンの魔物を狩猟しないでいると、どんどん中に棲息する個体数が日毎に増え続けていくことになります」
「その結果―――溢れたということかしら?」
「ご明察です。天然ダンジョンの魔物は、基本的にはその棲息領域から外に漏れることは無いようなのですが―――飽和した場合には、話が別となるようですね。
調査しましたところ『泥土狼』が棲息する天然ダンジョンは、ヴォルミシア帝国の首都から見て西の『ホマリード』という都市の付近にありました。天然の洞窟に近い形状のダンジョンで、中には『泥土狼』がぎっしりと詰まっており―――既に飽和していることが、一見するだけで明瞭に判る状態だったそうです」
「なるほどねえ……」
天然ダンジョンにも、当然許容量というものがあるだろう。
魔物が増え過ぎてしまえば、外に追い出すしかなくなるのは道理というものだ。そして既に『飽和している』以上、そこからは『毎日一定数ずつ増える』個体数がそのまま、天然ダンジョンから外部へと排出されることになる。
過去に百合帝国がシュレジア公国を『属国』にした際に、悪辣な振る舞いで知られるヴォルミシア帝国が、百合帝国とシュレジア公国のどちらに対しても全く干渉して来なかったことは、少なからず気になっていたわけだけれど―――。
何と言うことはない。おそらく、あの時点で既にヴォルミシア帝国の国内には、少なくない数の『泥土狼』が地表へ溢れていて。行商人や村落などにも被害が発生していたために、他国に干渉できる状態には無かったのだろう。
「ヴォルミシア帝国の現状は、どうなっているのかしら?」
「地表に出た『泥土狼』に全滅させられたのか、それとも自主的に避難したのかは判りかねますが―――彼の国に嘗てあった村落の大半が、現在は既に打ち捨てられた状態にあるようですね。
幸いと言うべきか『泥土狼』は疾走速度こそかなり速いのですが、跳躍力の方は然程でも無いようでして。充分な防壁を持つ都市であれば護りきることが可能で、都市の中に被害は出ていないようです。もっとも、防壁の堅固さが充分で無かった都市は、あっさり防壁を破壊されて陥落したようですが」
「酷い惨状ね……」
体躯が巨大な狼というだけで、彼の魔物がどれほど大きな脅威を有しているかは想像に難くない。この世界の一般的な兵士や冒険者程度では、まず太刀打ちできる相手では無いだろう。
もちろん『百合帝国』からすれば、全く脅威ではない。
レベル56程度の魔物なら、最も戦闘能力に乏しい『睡蓮』の子達であっても、素手だけで容易に談笑しながら屠れることだろう。もちろんその魔物が、実質的に『レベル65』相当の強さを持っていようと同じことだ。
ヴォルミシア帝国を最も容易に助けられるのは、間違いなく百合帝国だろう。
とはいえ―――
(助ける義理はないのよねえ)
ヴォルミシア帝国とは国交が無い。相手国の国主とも、貴族や富豪とも一切面識は無いし、民間レベルでも当国とは何の関わりもない。
一応、シュレジア王国との和睦締結時に割譲された土地―――鉱山都市ユリーカや、建造中の『神域都市』がある山岳地帯の辺りはヴォルミシア帝国からも近く、彼の国と百合帝国は少しだけ国境を接してはいるけれど、それだけだ。
積極的にあちらを助ける理由など、ユリは全く持ち合わせて居なかった。
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