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百合帝国  作者: 旅籠文楽
1章 -

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182. 誘い水

 


     [2]



 【空間把握】の魔法で自国や同盟国の都市を監視しているユリには、シュレジア公国の君主であるカダイン・テオドールが現在どこに居るのかも、常に把握できる状態にある。

 公国の首都デルレーンの宮殿を訪ねて、その書庫で調べ物をしていたカダインに直接話しかけると。当たり前だけれど、随分と驚かれることになった。


「別に当国の兵に命じて、応接室などに呼び出して下さって構わないのですが」

「まあ、いいじゃない。公国の書庫を一度見てみたかったのよ」


 ちょうど『神域都市』に日本語の書籍を集めた『書庫』の建設を考えているユリには、他国の書庫を見聞することに興味もある。


 公国の書庫はそれほど大きなものではないものの、書籍は清潔な状態が保たれ、また必要に応じて補修なども加えられていた。

 おそらくは優秀な司書によって管理されているのだろう。

 百合帝国でも『書庫』を作るのであれば、専門の司書を雇うべきだろう。書籍というものは適切に管理すれば何世代にも渡り継承可能な一方で、雑に扱えば1世代さえ持たずに傷むことになる。


 他に書庫を利用している人もいないようなので、書庫で働いている侍女にお茶を用意して貰い、書籍閲覧用のテーブルでユリはカダインと情報の共有を行う。

 結論から言えば、カダインは『泥土狼』という魔物自体を知らなかった。

 当然そんな魔物がシュレジア公国の南部―――ヴォルミシア帝国との国境付近に出現している事態についても、全く把握していないらしい。


 とはいえ、これは仕方ないことだろう。

 『駆逐』役を百合帝国が全面的に引き受けている以上、シュレジア公国の兵にはわざわざ都市の外に出て魔物を狩猟する機会など、滅多に有るものではない。

 そうなると、都市や村落の付近に出没する魔物ならばともかく、国境付近にのみ出現する魔物の存在など、知る機会自体が皆無だと言えた。


「これから暫くの間、シュレジア公国の領内でうちの子達が頻繁に活動することになると思うけれど。これについては許容して貰えると嬉しいわ」


 まあ、元より公国自身の手による解決など、ユリは期待していない。

 『泥土狼』の一件について、百合帝国が主導して解決するつもりでいるユリが、予めそう宣告すると。カダインは少なからず驚いたような表情をしてみせた。


「その『泥土狼』なる魔物の一件、そちらで対処して下さるのですか?」

「当然でしょう? 従属関係が今もなお継続している以上、当国にシュレジア公国を護る責務があると考えるのは自然なことだもの」

「それは―――建前上はそうなのでしょうが。こう言っては何ですが、普通の『宗主国』は『属国』のために、そこまで労力を払ったりはしないものですよ?」

「……そうなの? ま、余所(よそ)余所(よそ)百合帝国(うち)百合帝国(うち)よ。他国がどうかは知らないけれど、少なくとも当国は最大限の助力をする。構わないわね?」

「無論、こちらとしては願ってもないことです」


 カダインはそう告げると、深々と頭を下げてみせた。

 書面にこそ認めはしないけれど、相手国主(カダイン)の許可は正式に得られたわけだから。これで『百合帝国』の子達を公国領内で堂々と活動させても大丈夫だろう。


「対処にはどれぐらい掛かりそうでしょうか?」

「そもそも『泥土狼』の出現自体が何に起因するものかも判っていない現状では、解決までに要する期間など見当も付かないわよ。……まあ、あまり長引かせたくは無いと思っているから、なるべく10日以内にはカタを付けたいわね」


 ユリとしては、当面は『神域都市』と『教育』に関することだけに注力したいという気持ちが強い。

 この世界の人達にとっては脅威かもしれないけれど―――たかがレベル56程度の魔物の対処などに、無駄に時間を割きたくは無かった。


「たったの10日……。早期解決を目指して頂けるのは、有難い限りです」

「後日、シュレジア公国にも少し協力して欲しい案件がひとつあるから。感謝してくれるのであれば、そちらで返して貰えると嬉しいわね」

「判りました。どのような案件かは存じませんが、協力は惜しみません」


 カダインは快諾すると同時に、朗らかに笑ってみせた。

 彼は内政を得意とする人であり、嘗てこの国の主であったドラポンド公のような武門の人ではない。

 魔物の対処という、不得手な軍事案件を全面委任できるなら。それと引き換えに別件への積極協力を約束する程度は、問題にもならないのだろう。


 ちなみにユリがシュレジア公国に協力を要請したいと考えているのは、『神域都市』に作る教育機関のこと、及び『日本語』の普及に関することだ。

 全く『新しい言語の普及』という一大事業。どうせ行うのなら自国だけでなく、同盟国も巻き込んでしまう方が面白い。


「ありがとう、カダイン。では良き友に、私も相応の結果をもって誠意を示さねばならないわね。近日中に進捗の報告を送るから、楽しみにしていなさい」

「承知しました。何かこちらでやっておくべきことはありますか?」

「特には無いけれど……。ただ、事態の仔細について調査が完了するまでの間は、商人や旅客による交易路の利用は制限して貰うほうが良いかしら。

 都市や村落に住まう人達は、設置してある結界により護られるでしょうけれど。交易路上を移動中に『泥土狼』から襲われれば、まず助からないからね」

「確かに……。判りました、そちらは手配しておきます」

「頼むわね」


 ユリはデルレーン宮殿を後にして、そのままニムン聖国へと転移する。

 アルトリウス教皇と面会したのち、更にレイピア王国にも転移してレイヴン王と面会を行い、シュレジア公国内にて生じている事態について説明し、情報の共有を行った。


 今回シュレジア公国で生じた『泥土狼』の件は、ニムン聖国やレイピア王国とは直接関係が無い事態ではある。

 それでも実際にどこかの国に唐突に降って湧いた事態というのは、得てして他の国でも起こり得るものだ。なのでユリが情報を持っていけば、アルトリウス教皇もレイヴン王も、真摯に耳を傾けてくれた。


 相手が少しでも欲している情報を、入手する都度に共有していくこと。そうした細かい努力の積み重ねが、互いの信頼関係を堅実に構築してくれることを、ユリは正しく理解していた。

 それは国主として学んだ知識ではない。嘗て『ガーデンデザイナー』として造園会社に勤務していた頃に、数多の顧客と関係を構築していく中で培ったものだ。




「あら、ソフィアじゃないの」

「お帰りなさいませ、ご主人様。勝手にお邪魔しております」


 各国を巡り終わった後に、転移魔法でユリタニア宮殿へ帰還したユリが、執務室へと戻ると。そこにはソフィアの姿があった。

 ―――というか、普段ユリが座っている執務机で、彼女が仕事をしていた。


 すぐにソフィアが席を立ち、ユリに椅子を譲ってくれたので、有難く座らせて貰うことにする。

 転移魔法があるから移動時間が一瞬で済むとは言え、流石に立て続けに3カ国も訪問すれば疲労も溜まる。今は椅子の背もたれに深く体を預けたい気分だった。


「国主決裁を必要とする書類には『ご主人様ならこう判断するだろう』と私なりに判断させて頂き、勝手ながら指示書を書かせて頂きました。後ほど確認して頂いて問題が無いようでしたら、決裁印だけ捺してから各所に回して下さい」

「留守中にこんなことをさせて悪いわね……。確認程度なら今やってしまうから、少しだけ待っていて頂戴」

「はい。では私はその間に、お茶をご用意しましょう」


 〈侍女の鞄〉からティーセット一式とポットを取り出して、ソフィアは手際良く2人分の紅茶を用意してくれる。

 その間に要決裁書類を確認してみると―――実際にソフィアの書いた指示書は、どれもユリ本人が下す判断と、一切相違が無いものだった。


「ソフィアになら、いつでも国を譲れるわね」


 たとえ今日、自分がこの場から居なくなったとしても。ソフィアになら、この国を問題無く動かしていくことができるだろう。

 完璧な指示書を目の当たりにして、ユリがそう言葉を零すと。けれど褒められた事実とは裏腹に、ソフィアは酷く不服そうな表情をしてみせた。


「……馬鹿じゃないですか?」

「あら、辛辣ね」

「普通の君主程度なら、立派に勤め上げる自信もありますけれど。この百合帝国を束ねられるのは、どう考えても『普通の領域を逸脱した君主』だけですよ。私程度が玉座に収まったところで、3日と持たず破綻するのがオチです」


 ソフィアの声色の中に、誇張や虚飾のようなものは感じられない。

 ならば―――ソフィアがそう言う以上、それは事実なのだろう。


「ふむ……。一応、褒められているのかしら?」

「もちろん褒めていますよ。これからも末永く、国を治めて下さいませ」

「言われるまでもなく。ところで、ソフィア」

「―――ひぁああ!?」


 スカートの裾から右手を差し込んで、すべすべの太腿に触れると。不意を突かれたせいなのか、ソフィアの口からは随分と甲高い声が漏れ出た。


「私を『馬鹿』呼ばわりするだなんて、言ってくれるじゃない」

「あ、そ、それは……! こう、言葉の(あや)とでも申しますか……!」

「ソフィア。あなたは、私の『何』だったかしら」

「ん、んんっ……! わ、私は、ご主人様の『側室奴隷』ですぅ……」


 ユリが遠慮無しに、ずっと太腿を撫で回し続けるものだから。ソフィアの声色は落ち着くところを知らず、ぐるぐると音域の高低を不確かに彷徨っている。

 自分を『奴隷』だと宣言してしまえば、ソフィアは肌を撫で回すユリの手を拒んだり、抗議することさえ許されなくなる。

 少しずつ位置を上げてきたユリの手のひらが、太腿の内側にまで及び始めると。とうとうソフィアは耐えきれず、その場で膝を付いてしまった。


「『奴隷』なら、主人には嘘なんか吐かないわよね?」

「……も、もちろんです」

「聡明なソフィアが、私のことをうっかり『馬鹿』だなんて呼ぶ筈も無い。では、どうしてあなたは先程私のことを『馬鹿』と呼んだのかしらね?」

「う……。い、虐めて頂きたかった、からです……」

「ふふ。正直な子は好きよ?」


 腰が砕けているソフィアの身体に触れて、ユリは転移魔法を行使する。

 転移先はユリの寝室―――の、ベッドの上。

 立てなくなっているソフィアの身体を、そのままユリはゆっくり押し倒した。


「人をからかった以上、優しく愛して貰えるなんて思ってないでしょうね?」

「はい、ご主人様。……悪い子の私を、厳しく躾けて下さいませ」

「結構」


 唇を重ねて舌を捻じ込み、ユリはソフィアの舌と口腔を蹂躙する。

 ソフィアの身体は一瞬だけ強ばりつつも、すぐにユリの侵略を受け容れる。


 対等な関係の者同士であれば、絶対にすることの無い、一方的な口吻け。

 それは、すっかり『虐められる』ことの悦びを覚えてしまったソフィアの瞳を、一瞬で蕩けさせるのに充分な力を持っていた。



 

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お読み下さりありがとうございました。

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[一言] ノクターンでも書いて欲しいなぁー
[良い点] 更新乙い [一言] でも、実際この国を他の人が治められるとか思ってたら、確かに馬鹿よね
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