181. 泥土狼
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「……狼の魔物が増えている?」
「はい、主君。間違いありません」
鸚鵡返しに問い返したユリの言葉に、『桜花』隊長のサクラがそう答えた。
―――本日は『冬月13日』
少し前に暦が『冬月』に入って魔物が復活したため、いつも通り『百合帝国』の子達が国内外の各所へと出向いて『駆逐』に精を出している今日この頃。
もちろんそれは『桜花』の子達も例外ではない。本来であればその隊長を務めるサクラは、率先して魔物の乱獲に駆け回っていてもおかしくないのだけれど。
なのに彼女は今朝になって、ユリがいつも通り仕事をしていた執務室を訪ねて来るなり、その狼の一件を『報告』してくれていた。
狼の魔物など、どこにでも居そうなものだとユリには思えるけれど―――。
わざわざサクラがユリの元を訪ねて、それを報告してくれている以上は。おそらく何か彼女なりに、この事態に不審な所があるのだろう。
となれば、看過するのは得策ではない。
「詳しく話を聞かせて頂戴。その狼の魔物というのは、何が異常しいの?」
「〈鑑定〉で調べた所『泥土狼』という名の魔物のようなのですが。その名の通り淀んだ水の底に沈む、黒ずんだ泥土のような色味の毛皮を持つその狼は、とにかく身体が大きくて……通常の狼の倍ぐらいはあるでしょうか」
「倍? 随分と大きいわね。背の高い大人の男性でも騎乗できるくらいかしら?」
「可能かと思われます」
一般的な狼だと、体高は大体1メートル弱ぐらいになる。その倍ということは、体高が1.5メートル強ぐらいはあると考えて良いだろう。
体高の時点で成人男性と同じぐらいの狼となれば、その脅威は想像に難くない。ましてそれが普通の動物ではなく『魔物』と言うのであれば尚更だ。
「その『泥土狼』なる魔物は、強いの?」
「我々からすれば雑魚に過ぎませんが、この世界の人達にとっては充分に苦戦する相手でしょう。これは百合帝国の同盟国も例外ではありません」
「……あら。だったら、なかなかの強さじゃないの」
ユリシスとユリーカの都市にある『迷宮地』を利用することで、百合帝国の同盟国の兵達は―――特に最近同盟に加わったばかりのレイピア王国を除く、ニムン聖国とシュレジア公国の兵は相当に鍛えられ、レベルも成長している。
その同盟国の兵達をして『苦戦する』とサクラが評するのであれば、その『泥土狼』なる魔物が、かなりの強さを持つことは間違いない。
「〈鑑定〉したのなら『泥土狼』のレベルも判っているのよね?」
「はい、レベルは56でした。但し戦ってみた印象ですと、実際の強さはレベルを上回るものがあるように感じられました。そうですね……大体65相当かと」
「それでは同盟国の兵でも苦戦するでしょうね……」
アルトリウスとカダインの2人が『迷宮地』から魔物資源を調達するのに積極的な姿勢を示していることもあり、両国の兵士達は訓練の一環としてよく『迷宮地』に挑戦しており、大体レベルが50付近にまで成長している。
レベル50の人達が充分な装備品を身に付ければ、レベル56の魔物になら普通に勝てそうなものだが。実質的に『レベル65』に相当する強さがある魔物なのであれば―――なるほど、苦戦は必定だろう。
「『泥土狼』という魔物は、過去の『駆逐』の時には見なかったの?」
「はい。各部隊に問い合わせましたが、過去に彼の魔物の存在を確認していた部隊はひとつもありませんでした」
「ふむ……。では、今回その『泥土狼』が確認された地域を教えて頂戴」
ユリは〈インベントリ〉からメキア大陸の地図を取り出し、それを執務机の上に広げる。
これは〈地図把握〉という自動地図記録スキルを持つ『撫子』の子達が、大陸中を飛び回ることで作ってくれた地図だ。おそらく、この大陸に住むどの有力者が所持する地図よりも、精巧な逸品だろう。
「今回『泥土狼』を確認したのは、全部隊の中でも『桜花』と『青薔薇』の2つだけです。我々は主にシュレジア公国内の『駆逐』を担当しておりました」
「つまり百合帝国やニムン聖国、レイピア王国で『駆逐』を担当した部隊の子達は、確認していないということね?」
「はい、その認識で間違いありません。『桜花』と『青薔薇』が、彼の魔物を確認した場所なのですが―――」
サクラの人差し指が、地図の上をなぞる。
指し示されたのはシュレジア公国の南部にある地域の一部だった。
「……判りやすいぐらいに、ヴォルミシア帝国との国境線沿いね」
思わずユリは、溜息混じりにそう言葉を零す。
シュレジア公国の南部国境は、その6割近くがヴォルミシア帝国と接している。その国境沿いの全ての地域で『泥土狼』は確認されているようだ。
逆に言えば残り4割の南部国境線は、他の国と接しているわけだけれど。その部分では『泥土狼』は全く確認されていない。
「はい。彼の国から来た魔物と考えて、間違いないかと」
「ふむ……。『泥土狼』がヴォルミシア帝国によって意図的に送り込まれた魔物であるという可能性は、あると思う?」
カダイン公やアルトリウス教皇の話によれば、『ヴォルミシア帝国』なる国家はかなり悪辣な国家であり、他国を強請ったり侵略したりすることを日常茶飯事的に行っているという。
となれば『泥土狼』の一件が、彼の国がシュレジア公国に、引いてはその宗主国である百合帝国に被害を与えるために行われている、何らかの奸計であるということも、充分に考えられるような気がした。
「そうですね、私には判りかねますが……。ただ、今まで存在していなかった筈の魔物が、急に出現するようになったわけですから。確かな異変が生じている以上、その原因に他者が関与していることも、充分に有り得るかと」
「ふむ……。百合帝国を直接標的にしてくれる分には良いのだけれど、魔物を利用してシュレジア公国を狙われると、ちょっと対処に困るわね」
百合帝国の国内にある都市と村落は【障壁結界】で護られており、それらの要衝地を接続する交易路もまた、配置した無数の骸骨兵達によって護られている。
骸骨兵のレベルは『泥土狼』に劣るものの、彼らは武器や防具を身につけているし、数の利も活かせば充分に戦うことができるだろう。
一方で同盟国では、都市と村落こそ国内と同様に【障壁結界】を展開して護ってはいるものの、交易路に関しては何の防備も用意してはいない。
『泥土狼』という脅威によって、都市や村落の間を行き交いする行商人や旅客が害されることは、充分に考えられた。
シュレジア公国は『属国』なのだから、宗主国である百合帝国は当然、彼の国を護る為の責務を負う。
とりあえずは、現時点で出来得る限りの手を打っておくべきだろう。
「サクラ。『撫子』隊長のパルティータに、ヴォルミシア帝国と『泥土狼』に関する情報を至急調査するように要請しておいて頂戴。
また『黒百合』のラケルとも連絡を取って、先日レイピア王国の防衛戦で新たに調達した骸骨兵達を、いつでも動かせるよう準備させておいて頂戴。後で私の転移魔法でシュレジア公国まで運ぶことになると思うから」
「はっ、確かに拝命致しました!」
「私はカダイン公と相談するために、一旦シュレジア公国へ行くわ。後のことは任せるから、何かあればギルドチャットなどでいつでも連絡しなさい」
「承知致しました。行ってらっしゃいませ、主君」
「ええ、行ってくるわ」
サクラの言葉に笑顔で応えながら、ユリは詠唱を開始する。
然程の時間も掛からずに組み上がった魔法を行使して、一瞬でシュレジア公国の首都、デルレーンの都市へとひとり転移した。
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