147. 令嬢と王女
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全てが片付いた『夏月25日』に、一連の顛末を報告する目的でユリが『ユリシス・バタフライ』のホテルを訪ねると。ユベルが滞在している部屋には、予想外の先客の姿があった。
「ふふ、きっと今日あたりには、ご主人様もいらっしゃると思っていました」
そう告げて、愉快そうに微笑む少女―――ソフィア・テオドールだ。
「……何故ソフィアがここに居るのかしら?」
「この都市は私の管理下にありますから、別に『観光区画』に居てもおかしくないと思いませんか?」
「それ自体は、確かにそうなのだけれど……」
ソフィアには当初『探索者ギルド』のギルドマスターの役職だけを任せていたのだけれど。常人であれば、専任で従事してもなかなか大変なこの役職も、傑出した才媛であるソフィアには容易く熟せる仕事になっていた。
だから現在はソフィアに『探索者ギルド』の長に加えて、ユリシスの都市を管理する役職も兼任させている。なのでユリシスの『観光区画』のホテルにソフィアが居ること自体は、確かにおかしいことでも無いのだけれど。
―――とはいえ流石にホテルの、ユベルが滞在している個室で遭遇するというのは、想定外にも程があった。
「ソフィアは、ユベルと既に面識を持っていたの?」
「はい。もうユベルとは6年ぐらい文を交わしていますから、心安い友達ですね。
シュレジア公国とレイピア王国は、どちらも『ニムン聖国と国境を接する国』であるという共通点がありますから。ニムン聖国にて催事や祝宴が行われる際には、両国の王家に縁ある者が必ず招待されるのです。
ですから私はレイヴン王やレクマー第一王子とは、過去に何度も会話を交わして知己を得ております。残念ながらユベル本人は病弱であるため、ニムン聖国での催事や祝宴に顔を出すと言うことが無く、直接的な面識は無かったわけですが。似た立場にある者として、娘の文通相手になって欲しい―――と、6年前にレイヴン王から要請されたことを切っ掛けに、以来ずっと文通を続けているんです」
「あら、そういうのは素敵ね」
ソフィアはシュレジア公国の『3公』の1つであるテオドール家の令嬢であり、ユベルはレイピア王家の第一王女なのだから。確かに―――言われてみれば、2人が置かれた境遇はとても似通っている。
年齢的にはソフィアが『26歳』でユベルが『119歳』なので、かなり離れているわけだけれど。『人間』と『エルフ』という種族差を加味して考えるならば、案外年齢的にも同じぐらいに相当するのかもしれない。
「実は元々、私がレイピア王国から見て遠方のユリシスの都市へと、療養のために訪問することを決めた最大の理由は、ソフィアから勧められたからなのです」
ユベルが優しく微笑みながら、そう告げてちらりとソフィアの方を見遣ると。
その視線に応えるように、ソフィアは小さく頷いてみせた。
「ユベルは少し風邪を拗らせるだけでも、命の危険が生じるほどに病弱な身体をしていますからね。『絶対に死なない』都市であり、また神殿で治療を受ける費用も格段に安く済むユリシスの都市は、ユベルが住むのに最適だと思いましたので」
「なるほどねえ……」
神殿で怪我や病を治療すると、法外な金額を要求されるのがこの世界では一般的なわけだけれど。これは〔神官〕の天職を所持する者の育成に、それだけコストが掛かっていることが原因にある。
百合帝国では、誰でも自由に『迷宮地』を利用して安全にレベルを上げることが可能となっているため、治療師の育成コストが全く掛からない。
なので他国に較べると、神殿で治療を受けた際に掛かる費用が、数十分の1から数百分の1程度にまで少ない額で済むようになっている。
確かにソフィアの言う通り、ユベルのような病弱少女が住む上では、ユリシスがどこの都市より優れているのは間違いのない事実だった。
「ちなみにソフィアは、ユリ陛下から虐められるのが大好きみたいですよ」
「……え?」
「以前、ソフィアが手紙に書いてくれたことがあるんですよ。
―――ご主人様から愛される夜の時間は想像以上に長く、熱い寵愛が絶え間なくこの身に降りしきる。幾度も幾度も果てを迎えて、泥のような疲労感だけが溢れた身体は、もう自分の意志では指先ひとつさえ動かせはしないのに。それでも、ご主人様の指先が与える刺激だけは、ずっと鋭敏な儘で身体に響き続けて。何も抵抗の出来ない身体が、望むと望まざるとに拘わらず、ご主人様の意志ひとつで何度も、何度も何度も、導かれては果てさせられてしまう心地を味わうと、自分という個が支配されていく実感が強く伴って―――」
「わ、わああああああ!? なんで読むんですか! なんで読むんですか!?」
一体どこから取り出したのか、便箋を手に持ちながら情感を籠めて内容を朗読してみせるユベルを、ソフィアが慌てて遮ろうとする。
普段は冷静な姿ばかりを見せるソフィアが、こんなにも顔を真っ赤にしているというのは、随分珍しいことであるように思えた。
……まあ、ユリには絶対に知られることが無いと思って書いたであろう手紙を、目の前で朗読されれば。そういう反応になるのも無理はない。
便箋を奪い取ろうとするソフィアと、取らせまいと抵抗するユベル。何とも可愛らしい少女二人のやり取りを傍から眺めていると。思わずユリの顔からは笑みが零れていた。
「あの、ユリ陛下」
「うん?」
暫くの間、ソフィアと2人でじゃれ合った後に。
ユベルはユリのほうへ向き直って、深々と頭を下げてみせた。
「今回の一件の顛末、ソフィアから全て話は伺いました。まさか、僅か数日の内に全てを終わらせてしまうとは、思ってもおりませんでしたが……。お陰様で大変に助かりました、心よりユリ陛下には感謝を申し上げます」
「ああ、もう話を聞いてしまったのね」
「はい」
一応今日は、一連の顛末の報告目的でここへ来たのだけれど……。
どうやら要らぬ訪問となってしまったようだ。
レイピア王国の一件がどういう形で片付いたか、ソフィアに話した覚えは無いのだけれど。ソフィアは『百合帝国』の子達と仲良くしているようだから、おそらくそちら経由で情報を得たのだろう。
『百合帝国』の子達は、ユリが秘密にするように求めたことは、何があろうと絶対に他者へ漏らすことはないけれど。ユリから何も言われていなければ、案外簡単に何でも話してしまうところがある。
特にソフィアは上手く関係を築き、既に『百合帝国』の子達から『味方』として認識されているため、彼女たちから情報を得るのは容易い筈だ。
「ま、お代はもう貰ってしまったしね。出来る限りは頑張らせて貰ったわ」
「私の唇ひとつで動いて下さるなんて、女帝様は意外に安上がりなのですね」
「あら、追加の報酬を請求しても良いのなら、遠慮はしないわよ?」
ユベルの膝に、そっとユリは自身の手のひらで触れる。
そのまま指先をつうっと、ユベルの腿の上で滑らせると。―――その仕草が何を意味するのか、ようやく理解したらしく。ユベルの顔が朱に染まった。
「ソフィアが書いた手紙の内容が真実かどうか、実体験で確かめてみる?」
「そ、そうですね……。その……ちょっと興味は、あるかもしれません……」
「結構」
ソフィアの視線も、周囲に居る護衛騎士達の視線も一切気にすることなく、ユリは先日と同じようにユベルの唇を奪う。
但し今回の口吻けは、触れるだけで済ませるつもりは無いけれど。
―――翌日、ユリはユベル・レイピアを自身の『第五側室』として迎えたい旨を文面に認めて、レイピア王国の国主レイヴン・レイピアへと親書を送る。
ユリの希望は即座に認められ、両国の結びつきが一気に深まる契機となった。
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