106. 宮殿会議
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その日の夜、ユリは初めて『放送』を休んだ。
いや―――正確に言えば、いつも通り百合帝国・ニムン聖国・シュレジア公国の3カ国の民に対する『放送』自体は行ったのだけれど。内容は『青薔薇』の子達による楽器演奏と舞踏の披露であり、ユリ自身は『放送』に姿を見せなかった。
夜の定例放送にユリ自身が出演しなかったのは、開始以来初めてのことだ。
理由は『王国の降伏』に関することを、宮殿内で協議していたからだ。
『桔梗』隊長のメテオラも結局呼び出すことになり、会議はユリと『百合帝国』隊長格の12名全員が参加して行われた。
ユリとしては、管理都市をあまり一気に増やしたくないという意向があった。
一気に支配地域を過剰拡大し過ぎれば、どうしても目の届かない都市というのは出てくるものだ。
なればこそ、支配都市の過剰拡大には慎重になる。自身の支配下にありながら、目が届かないが故に望まぬ不幸が民に与えられているような―――そういう状態の都市は、絶対に出したくないのだ。
更に言えば、ユリは支配都市の自治を他者に任せるつもりがない。
理由は単純で、ユリは『人任せにする』ことそのものが苦手なのだ。
都市を支配する以上は、自身がその都市を責任をもって管理すべきだと思っている。逆に言えば、『自身の手に余るなら、そもそも都市を支配すべきではない』とさえユリは思っていた。
なればこそ―――今回の『王国の全面降伏』には、困っている。
百合帝国の施政がこれまで順調だったのは、支配都市が限られていたからだ。
都市が2つに村落が4つ。いや、今は都市3つと村落6つになっただろうか。
このぐらいの数であれば、ユリの目もまだ充分に行き届く。不幸になっている民がいれば気付くことができるし、その対策を速やかに打つこともできるだろう。
―――いきなり管理すべき都市が12も、そして村落が50以上も増えるという事態は、尋常のことではない。
それ程の領域を不足無く管理できるほど、ユリの手が広くないことは、考えるまでも無く明らかなことだった。
(……降伏を受け容れずに、放置できないかしら……)
だからユリは、そんな酷いことを内心で考えていたりする。
王国の都市・村落は骸骨兵によって占拠されている。そして骸骨兵には『武器を持った相手』だけでなく『魔物』も攻撃するように命令してあるので、別に百合帝国が支配せずとも、王国領の都市・村落の安全は確保されている筈なのだ。
無論、王国が崩壊しているのを良いことに他国が侵略を試みて来る場合には、その防備にも骸骨兵は役立ってくれることだろう。―――もっとも、骸骨兵はあまり知恵が回る魔物ではないので、普通に敵軍に殲滅される可能性もあるが。
「姫、王国領の都市・村落については、宜しければ一旦我々『紅薔薇』の手で管理させて頂きたいのですが」
会議の場にて、ユリが支配を厭う気持ちを吐露するのとは対照的に。『紅薔薇』隊長のプリムラは、嬉々とした表情を浮かべながらそう提案してきた。
というか、先程から各自の意見を聞いている限りだと、どうやらユリを除く全員が『王国領の支配』についてとても積極的なようだ。
―――皆が望むことであれば、それはユリ自身の望みにもなる。
皆の意志を察したこの時点で、ロゼロッテが申し出てきた『全面降伏』を受け容れないという選択肢は、即座にユリの中から潰えることになった。
実際、一旦『紅薔薇』に王国領の都市・村落の管理を任せるというのは、決して悪い考えではない。現在も百合帝国に於けるユリタニアの都市管理は、その少なく無い部分を『紅薔薇』の子達が担ってくれているのだ。
彼女達が持つ伶俐な頭脳は、施政を行う側でこそ遺憾なく発揮される。紅薔薇の子達に任せれば、王国領の都市・村落を適切に管理してくれることだろう。
ただ―――ひとつだけ心配なことがあるとするなら。それは紅薔薇の子達の性向が、ユリと同じ『極悪』であるということだ。
『極悪』は『秩序に縛られず本人の意志を最優先に考える』という性向であり、別に『邪悪』を意味するわけではない。けれど―――『紅薔薇』の子達が最優先に考えるものとは、即ち主である『ユリの利益』に他ならない。
紅薔薇に都市を任せるということは、その都市が『民の為に運営される』のではなく、『ユリの利益の為に運営される』ことを意味する。
それが悪い方向に作用しないかが、ユリには心配に思えるのだ。
「プリムラ。私は、紅薔薇が『私の味方』であることは些かも疑わないわ」
「はっ。ありがとうございます、姫」
「でも―――申し訳無いけれど、紅薔薇が『民の味方』であるかどうかは、信用しかねる部分がある。そう言ったら、気を悪くするかしら?」
「いいえ。姫のその懸念は、間違っていないと思われます」
ユリが問いかけると、プリムラはそう即答してみせた。
やはり『紅薔薇』の子達に都市管理の全てを任せるのは、ちょっと危険そうだ。
「プリムラ、あなたの提案通り王国の都市・村落の管理を『紅薔薇』に任せるわ。但し、都市運営を行う際には『白百合』か『睡蓮』の誰かを常に同行させ、何事に付けてもよく相談した上で行うよう徹底しなさい」
「承知致しました。姫がそうお望みでしたら、ご期待を違う真似は致しません」
「ヘラ、セラ。2人ともそういうことで、協力して貰えるかしら」
「無論です、姫様。『紅薔薇』が民を蔑ろにし過ぎないよう、監督致します」
「ユリ様のお望みの儘に」
『白百合』隊長のヘラと『睡蓮』隊長のセラが、ユリの要請を快諾する。
この2部隊は共に性向が『極善』の子だけで構成されているので、彼女達に紅薔薇の都市運営を監督させれば、バランスが取れて丁度良いだろう。
「骸骨兵に関しては原則、王国の領内から撤退させる。但し『ノトク』のように、もし骸骨兵の存在が受け容れられている都市や村落があれば、撤退させず残してあげても構わないわ。
―――誰か、骸骨兵の今後の運用について、意見のある者は居るかしら?」
ユリがそう問いかけると、『桜花』隊長のサクラの手が挙がった。
「サクラ、聞かせて頂戴」
「はい、主君。腐らせておくのも勿体ないですし、全部纏めてヴォルミシア帝国に送り込んでしまえばいかがでしょうか? 上手く行けば都市の1つや2つぐらいは陥落させてくれるかもしれませんし」
「その提案は却下させて貰うわね。ただでさえ管理都市が増えるというのに、更にこれ以上増やすような真似はしたくは無いのよ」
サクラの言葉を、ユリは即座に否定する。
当面は更なる国土の拡張など、考えたくもない。
「……この際だから皆にはっきりと言っておくわね。
王国軍が骸骨兵程度の魔物に敗北したり、更には『崩壊』へと追い込まれたことに、どれだけ関与しているのか―――流石に具体的なことまでは知らないけれど。『白百合』と『睡蓮』を除く全ての部隊が、王国相手に何らかの工作を行っていたことには、私も何となく気付いているわ」
ユリの言葉を受けて、その場に集められた隊長の半数以上が瞠目した。
やはり彼女達は、ユリが気付いているとは夢にも想っていなかったらしい。
「ああ―――勘違いしないでね。私は別に、あなた達に私の命令に忠実に従うだけの人形で居て欲しいとは思わない。皆が自らの意志で何かを行いたいと思うのであれば、それを止めるような真似をするつもりは無いし。私に秘密で行動するのも、それ自体は全く構わないと思っているわ。
但し、これだけは理解しておいて頂戴。当面の間―――少なくとも向こう2年間ぐらいは、国土の更なる拡大は『私が望むものではない』。もちろん、あなた達が私の希望に反してそれを成したいと言うのであれば、別に構わないけれどね」
ユリがそう告げると、何人もの子達がぶんぶんと強く頭を左右に振った。
結局、皆が求めてくれているのは『ユリの利益』なのだ。ユリ自身が明確に領土拡大を『望まない』と宣言しておけば、皆もまたそれを望むことは無くなる。
ユリが皆の意志を優先するように、皆もまたユリの意志を優先してくれるのだ。
「当面は現在支配下にある都市・村落の内政に注力する。特に『桔梗』の子達には大いに働いて貰うことになると思うから、覚悟しておいて頂戴」
「はい、姐様! 望むところです!」
ユリの言葉に、嬉しそうに『桔梗』隊長のメテオラが呼応する。
結局『桔梗』の子達は隊長のメテオラも含め、建築そのものが大好きなのだ。
「―――話が逸れたわね。骸骨兵の取扱いについてだけれど、誰か意見のある者は居るかしら?」
「骸骨兵は数だけは多いですし、自然発生する魔物を殲滅できる程度の戦闘能力は有しておりますから、各都市を接続する交易路を護らせてはいかがでしょう?」
挙手した後に、そう意見を述べたのは『撫子』隊長のパルティータだ。
なるほど、悪くない案だとユリは得心する。都市や村落は『紅梅』に結界を展開して貰えば護ることは容易いけれど、細長い交易路の全てを結界で覆うことは、当然ながら現実的ではない。
けれど、全部で数万という大軍の骸骨兵を交易路沿いに配置すれば、その道程の全てを保護することも可能だろう。国土が一気に増えたので、今後は『駆逐』が行き届かない場所も増えるだろうけれど、骸骨兵を配置しておけば魔物や盗賊の脅威を封じることが出来るはずだ。
交易路を完全に保護すれば、商人や旅客の往来が活性化することは間違いない。それは国土全域を豊かにすることに大きく貢献してくれる筈だ。
「良い案ね、採用しましょう。私が『放送』で周知しておけば、交易路に骸骨兵がずらりと並んでいる光景を見ても、商人の人達が怯えることは―――完全には無くならないかもしれないけれど、まあ、大丈夫でしょう」
頭の中で想像してみると、それはちょっと怖い光景だった。
まあ、この世界では骸骨兵に対してあまり忌避感を抱かない人も多いようだし、案外問題は無いのかも知れない。
「交易路への骸骨兵の配置は、【死者の軍勢】の使い手であるラケルに任せるしかないわね。カシア、彼女にお願いしておいて貰えるかしら?」
ユリがそう告げると『黒百合』隊長のカシアは少し困った表情をしてみせた。
「簡単に言ってくれるけれどね。あの数の骸骨兵にそれぞれが護る場所を指示するのは、かなーり大変でしょう? ユリの頼みだと言えば、ラケルが嫌と言うことは無いでしょうけれど……。多分内心では、それなりに面倒がると思うわよ?」
「とはいえ、これについては他の子に頼むのも難しいことなのよね……。骸骨兵の配置が全て無事に終わったなら、ご褒美に私がうんと甘やかしてあげるからって。そうラケルに言っておいて貰えるかしら?」
「はいはい、判ったわよ。それならラケルも嬉々として働くでしょう」
ユリの言葉を受けて、カシアが肩を竦めてみせながらそう答えた。
カシアの言う通り、骸骨兵の配置はなかなか大変な作業だろう。ラケルには後で目一杯可愛がることで、報いてあげることにしたいと思う。
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