105. 臆病な姉と気丈な妹
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宮殿の『謁見の間』へ移動したユリは、玉座に腰を下ろす。
一見すると古びた木製椅子にしか見えないそれは、『世界樹』と『緋緋色金』のような超希少素材がふんだんに用いられた、おそらくこの世界で最も贅沢な椅子だったりする。
そのことを知っているだけに―――ユリは座る度に、何とも複雑な心地になる。
素材はやはり本来の用途に使うべきだと、ユリ個人としては思うからだ。
ユリが座す玉座の左右に『百合帝国』が誇る各部隊の隊長11名が立ち並ぶ。
唯一『桔梗』隊長のメテオラだけは今回、そもそも呼び出していない。新都市の建造を任せているメテオラを招集するほどの案件ではないと判断したからだ。
暫くして、ハマナスに連れられて4名の男女が『謁見の間』に入室した。
そのうち半数はユリがよく知悉した顔で、ルベッタとアドスの2人だ。
けれど残り半数の―――2人の少女については、初対面だった。
(……まあ、どこの誰なのかは判っているけれど)
ユリは事前に【空間把握】の魔法で2人の名前を把握しており、名前を見ただけでもその出自は一目瞭然だった。
何を目的にユリタニアまで来訪したのかについても、概ねは想像は付く。
「お帰りなさいルベッタ、アドス。あなた達の無事な顔を再び見ることができて、正直ほっとしているわ」
玉座の正面にて跪いた4人に、まずユリのほうから声を掛ける。
ユリの言葉を受けて、ルベッタが嬉しそうに微笑んだ。
「ご心配頂きまして大変恐縮です。ユリ陛下がお預け下さいました『黒光の腕輪』のお陰で、王国の都市に溢れる骸骨兵から襲われることも無く、無事に帰還することができました。腕輪については謹んで返却させて頂けましたらと存じます」
「ああ―――私が『必ず腕輪を返す』ように厳命したことを、気にしていたのね。あなたとアドスという人材が失われなければ、別に腕輪などどうでも構わないわ。預けた20個の腕輪は全て差し上げるから、今後も自由に活用して頂戴。
にしても……アドス、あなたは少し若返り過ぎでは無いかしら? 元々の老齢の姿が、最早見る影もなくなっているじゃないの」
久方ぶりに見るアドスの姿は、壮年を通り越して『青年』のものになっていた。
数日前にも会った、ユリタニアに留まっているアドスの妻、エリンの姿は普通の『大人の女性』程度に留められているだけに、アドスの方だけが若返り過ぎているのは間違いない。
「いやはや、これについては言い訳のしようもありませんな……。若返る度に身体がより自由に、軽々と動かせることが嬉しくて、つい飲み過ぎてしまいました」
「流石にそれ以上を飲むのはやめておきなさいね。それと、ちゃんと節度を持って服用していたエリンに、あなたは一度叱られた方が良いと思うわ」
「妻は怒ると怖いのですが……。いや、仕方在りませんなあ……」
ばつが悪そうな表情をしてみせるアドスを見て、ユリはくすりと微笑む。
何にしても―――彼らが無事に戻って来てくれて、本当に良かった。
もちろん彼らの護衛に、密かに『グレーター・レイス』の使役獣まで付けていた以上、それほど心配していたわけではないけれど。
「……それで。あなた達を出迎えるだけなら、別に応接室で良かったと思うのだけれど。わざわざ私に『謁見の間』で出迎えるよう求めた理由は、2人の後ろにいる少女達に関係があると思って良いのかしら?」
ユリがそう話を振ると。ルベッタとアドスのすぐ後ろに控えていた2人の少女達は、びくりと小さく肩を揺らした。
とりわけ少女2人の内、身長が高い方の子は、かなり動揺していることが表情にまで大きく現れていた。少し気が弱い部分がある子なのかもしれない。
「ご明察の通りです。今回私どもがお連れしましたお二方は、いずれもエルダード王国の王女殿下になります」
「ふむ。初対面であれば、まずこちらから名乗るべきかしら。この百合帝国の女帝をしている、ユリと言うわ。以後宜しくお願いするわね」
「あっ……。わ、私は、リゼリア……リゼリア・エルダードと申します」
「ロゼロッテ・エルダードと申します。本日はユリ陛下にお会い出来まして、大変光栄に存じます」
リゼリアは露骨に震えた声で、そしてロゼロッテははっきりとした明瞭な声で、それぞれに名乗ってくれた。
外見から察するに、おそらくリゼリアが姉でロゼロッテが妹なのだろうけれど。どうやら姉の方は可憐な見た目の通り気が弱く、一方で妹の方は気丈な性格をしているようだ。
2人の年齢はユリの感覚からするとリゼリアが16~17歳程度、ロゼロッテは12~13歳程度に見える。
もちろん1年が『160日』しかないこの世界では、実際の年齢はその倍ぐらいだと思えば丁度良くなるだろう。ロゼロッテの外見年齢は『掃討者ギルド』の長を任せているソフィアと、ほぼ同じぐらいにも見えた。
「リゼリアとロゼロッテね、覚えておきましょう。
それで―――およそ6万の兵を向けて、我が国を侵略しようと試みたエルダード王国の王女様が、一体私に会って何を言おうというのかしらね?」
ユリがそう告げると同時に。か細い声で「ひいっ!」という悲鳴が上がった。
言うまでもなく、王女2人の姉のほう、リゼリアが上げたものだ。
「………」
「………」
面会の意図を教えて欲しいのだけれど……。ユリが視線で問うても、リゼリアは小刻みに身体を震わせるだけで、何も答えてはくれなかった。
(……そんなに私は、怖い見た目をしているかしら……)
あまりに怯えた目でユリを見つめてくるリゼリアのその姿に、ユリは内心で溜息を吐きながら、小さく肩を落とす。
〈支配者の威厳〉のスキルを発動させているわけでもないのに、これ程に少女を怯えさせている自分のことが、少しばかり悲しく思えてきた。
「……申し訳ありません、ユリ陛下。姉は些か臆病な所がありまして、私から事情を説明させて頂きましても宜しいでしょうか?」
何も答えないリゼリアに代わって、ロゼロッテがそう告げる。
言葉から察するに、やはり臆病なリゼリアのほうが『姉』であるらしい。
気丈な妹が献身的に姉を支えようとするその姿を見て、ユリは内心でちょっぴり温かいものを感じた。……姉妹愛というのは、とても良いものだと思う。
「ええ、ではロゼロッテから聞かせて貰えるかしら」
「はい。私達がユリ陛下にお願いしたいことは、他でもありません。エルダート王国の降伏を、どうか認めて頂きたいのです」
地面に額を擦りつけて、ロゼロッテが真摯な声でそう告げる。
まだ幼いながらも、堂々と床にひれ伏して降伏を乞うその姿を見て、思わずユリは感心してしまう。自身が背負っている責任を理解し、必要であれば何をするのも厭わない覚悟を、この少女は簡単に見せつけてくれる。
「なるほど、2人は降伏の使者ということね。では王からの書状か何かを携えて、この場に来たという事かしら?」
「いえ、そうではありません」
ユリの言葉を受けて、ロゼロッテが頭を振る。
「王である父は、骸骨兵に討たれて既に亡くなっております。また、王位継承権を有していた私の兄上達も全て、骸骨兵に討たれました。
また王国の貴族当主やその嫡子も、ほぼ全員が骸骨兵に討たれていることが既に判っております。……既に王国は、国家の体を成していません」
「なるほど。だから王女であるリゼリアとロゼロッテが使者として―――いいえ、王国の『国王』として、私に降伏を申し出てきたということかしら?」
「流石に父や兄が残らず亡くなったとはいえ、自身を『国王』と自惚れるわけではありませんが……。近い立場と思って頂けますと、有難く存じます」
「ふむ……」
ユリは骸骨兵に『武器を持つ者』と『魔物』を攻撃するよう命じていた。
だから帯剣していたり、何かしらの武器を手に持ったりしたなら。王であろうと王太子であろうと、貴族やその息子であっても、身分に関係無く骸骨兵からは攻撃対象として認識されることになる。
王位の所持者やその継承者が、残らず骸骨兵に殺されるということも―――確かに、有り得ない話では無いだろう。
逆に言えば、『武器を持たない』者は骸骨兵から狙われることがない。
高貴な女性が武器を携行することは殆ど無いだろうから、リゼリアやロゼロッテは骸骨兵の攻撃対象とならなかったのだろう。
その結果―――王家の男性が全て死に絶え、女性だけが生き残った。
どうやら現在のエルダード王国は、そうした奇妙な状態にあるらしい。
「そもそも、降伏と言われてもね……。私としては、降り掛かった火の粉を払った以外には、特に王国に対して何もした覚えが無いのだけれど」
「尋常ではない数の骸骨兵が、今も王国の全土を蹂躙しておりますが……」
「あれはただ、百合帝国にやってきた王国兵を送り返したかっただけね。6万人分もの死体や武具を、こちらの国土に残されては迷惑だもの。だから王国兵を残らずアンデッドに変えて、武具も全て持ち帰って貰っただけなのよ」
「それだけ、なのですか……?」
「そもそも王国が、あんな骸骨兵ごときに負けるとは思っていなかったし。防壁を利用して戦えば、充分に殲滅は可能だったと思うのだけれど?」
ユリがそう告げると、ロゼロッテは露骨に表情を歪めてみせた。
エルダード王国は11年前にシュレジア公国との戦争に勝利したことで、自国の兵の精強さに自負を持っていたという。
その王国兵が今回は骸骨兵たちに、いいように蹂躙されたというのだから。ロゼロッテの内心が複雑なのは、想像に難くなかった。
「具体的な話をしましょう。王国は私に、何を求めるのかしら?」
「あ、はい。私共は王女としての教育は受けておりますが、為政者としての教育は全く受けておりません。ですから、王国の国土の一部のみを割譲するのではなく、ユリ陛下に国土の全てを貰い受けて頂き、支配して頂きますことが民の安寧に繋がる最良の方法と思っております」
「……王国に都市と村落は、それぞれ幾つあるのかしら?」
「都市は全部で12あります。村落については―――具体的な数までは判りかねますが、おそらく50は超えているかと」
「………………そう」
これは―――本来であれば、喜ぶべき案件なのだろうか。
実際、ユリの横に並ぶ各部隊の隊長格には、嬉しそうな表情を浮かべている子達も多いようだけれど。
「……少し、考えさせて頂戴」
ユリが苦しげにそう言葉を吐き出すと、ロゼロッテはぽかんとした表情を浮かべていた。
まさか全面降伏を申し出て、それを保留にされるとは思わなかったのだろう。
―――現在、百合帝国が有する都市の数は『3つ』だけ。
その3つだけでも管理が手一杯なのに。更に、一気に『12』もの都市が増えるというのは。ユリからすると、一種の悪夢にさえ思えるような出来事だった。
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