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百合帝国  作者: 旅籠文楽
1章 -

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104. 参謀商人の帰還

 


     [2]



 早くも冬の季節が半分ほど終わろうとしている『冬月19日』。

 この日『桔梗(ききょう)』の手により、ユリタニアとユリシスに続く3つ目の新都市の建造作業が開始された。


 現在のダカートは『鉱山都市』と呼ばれている割りに、鉱山の入口から4km程離れた位置にあり、意外に距離が開いている。

 おそらく鉱山から湧出した毒が井戸の水に影響することを嫌い、意図的に距離が離れた位置に都市を築いているのだろう。


 4kmの距離を歩いて移動すると、片道でも1時間近く掛かることになる。

 だからダカートの都市では荷馬車の荷台に『坑夫』を積み込み、毎日の朝と夜に都市と鉱山との間を何度も往復させてピストン輸送を行うことで、都市の住民達を出勤させているようだけれど。言うまでもなく、これでは非効率というものだ。


 やはり坑夫の職場である鉱山は、なるべく都市から近い方が良い。

 可能ならば―――都市を出てすぐ、鉱山の入口へ辿り着けるのが理想的だろう。


 そう考えた『桔梗』は、現在の鉱山の入口がある正にその場所に『新都市』を建造することに決めたようだ。

 『紅梅』が展開した【浄化結界】で新都市も鉱山も丸ごと全部囲ってしまえば、鉱毒など無視できる―――そう判断した上での、力業のようなものだ。


 とはいえ、確かに鉱山を丸ごと【浄化結界】で囲ってしまうという案は、坑道内の空気を清潔に保つことができるという点でも評価できる。

 仕事に従事する坑夫の衣服が『汚れた傍から清潔になる』という、妙な現象が発生しそうだけれど。それはまあ、別に構わないだろう。


 『桔梗』がたった3日で新都市の大まかな設計図面を書き起こしてくれたので、それにユリが昨日の夜に許可(ゴーサイン)を出した。

 今朝の内に『桔梗』の全員をユリが転移魔法でダカートの都市へと送ったので、おそらく今頃にはもう建造作業も開始されていることだろう。


 ちなみに『桔梗』は今回、都市だけでなく鉱山内の坑道網も整備する予定だ。

 【浄化結界】は坑道内の空気を清潔にしてくれるけれど、別に酸素濃度を高めてくれるわけではない。また、湧出した鉱水の毒性を消し去ってくれるけれど、坑道内に水が発生すること自体を防いでくれるわけではない。

 だから坑内通気や排水を充分に考慮した上で、坑道を整備する必要がある。

 これは『桔梗』にとっても初めての経験なので、今回ばかりは具体的な完成予定日を定めずに建造作業に当たるとのことだ。


 とはいえ『桔梗』隊長のメテオラが言うには「流石にどんなに作業が遅れても、来月の末までには完了するでしょう」とのことだ。

 無論それが、世間一般の都市建造や坑道の整備に掛ける日数に較べれば、信じられない程に短い工期であることは、考えるまでも無く明らかだが。


 鉱山の入口がある場所に都市を建造し、また坑道も整備する予定ということで、建造作業が終わるまで鉱山は一時的に封鎖することにした。

 現在ダカートに住んでいる市民のうち、鉱山関連の職に従事している人達には、2ヶ月分の生活費として1人当たり『12万beth』の現金を支給した。

 このため鉱山を一時的に閉鎖しても、坑夫達から不満が出ることは無く、むしろ彼らからは大いに喜ばれた。


 都市内にはユリシスまで移動できる『転移門』も設置したので、何なら坑夫の人達には有り余っている体力を『迷宮地(ダンジョン)』で活かして貰うのも良いかも知れない。

 ダカートでの『放送』も開始したので、これから探索者に興味を持つ人がきっと増えてくることだろう。




「―――うん?」


 ダカートや新都市に関することを、色々と頭の中で考えていると。不意にユリの頭の中に、通知音のようなものが響いた。

 これはユリタニアの都市に維持している魔法【空間把握】の範囲内に、通知対象として予め設定してある何か(・・)が侵入したことを示す音だ。


「主君、いかがされましたか?」


 唐突に声を漏らしたユリを訝しく思ったのか、今日の『寵愛当番』と護衛を務めてくれる『桜花(おうか)』のハマナスがそう訊ねてきた。


「何者かが私の【空間把握】に引っかかったみたいね。ヴォルミシア帝国から密偵でも送り込まれて来たのかしら……?」

「もしそうでしたら、すぐにでも捕らえて参りますが」

「あら、頼もしいわね」


 維持している【空間把握】の魔法へ意識を集中させ、その記録(ログ)を検めてみると。

 果たして―――ユリの予想は全く外れていた。どうやら密偵などよりも、ずっと嬉しい対象がユリタニアの都市へと帰って来てくれた音だったようだ。


「ごめんなさい、全然違ったわ。ルベッタとアドスが戻って来たみたい」

「ロスティネ商会と、トルマーク商会の会頭ですね。確か王国へ行っていたとか。もう出発なさってから結構経っていますよね?」

「そうね、彼らが出発したのは、まだ夏の時だったもの」


 ユリの記憶が確かなら、ルベッタとアドスの2人が王国へと旅だったのは『夏月28日』のことだったように思う。

 今日がもう『冬月19日』なので、王国までの往復でほぼ『2ヶ月弱』掛かっていることになる。思えば随分久しく会っていないものだ。


「彼らに相談したい案件も溜まっていたから、戻って来てくれたなら有難いわね」

「そういうことでしたら私がひとっ走り行ってきて、先方に宮殿まで訪ねて来るように伝えて参りましょうか?」

「んー……。そうね、じゃあひとつ言伝(ことづて)をお願いできるかしら?」

「何なりと!」


 ユリは【空間把握】の魔法で認識しているルベッタとアドスの2人を『青色』でマーキングする。

 こうしておけば2人が都市内のどこに居るかが、ハマナスにも常に判る筈だ。


「ルベッタとアドスの2人に『まずは旅で疲れた身体を休めて、次に長く不在にしていた自身の商会のことを優先して。その後にで構わないから、時間の余裕が出来た頃に宮殿を訪ねて欲しい』と伝えてきてくれるかしら?」


 相談したいことは幾つもあるけれど、どれも緊急性の高いものではない。

 彼らはあくまでも商人であり、国に出仕しているわけではないのだから。優先順位としては、自身の商会の次ぐらいに思って貰えれば充分だ。


「はあ、主君がそれで宜しいのでしたら……。では伝えて参りますね」

「お願いね」


 執務室から出て行くハマナスの姿を、ユリは手を振って見送って。

 それから、深くもたれ掛かるように、椅子に身体を預けた。


(……妙ね)


 内心でユリは、静かにそう思う。

 ユリは【空間把握】の魔法を、百合帝国の国土内にある全ての都市・村落に行使した上で維持している。

 だからルベッタとアドスがユリタニアの都市へ到着する前に、他の都市・村落に立ち寄っていたなら、その時点で通知音がしていた筈なのだ。


 王国側から―――つまり百合帝国の東側から戻って来たのであれば、ユリタニアより東に30kmの距離にある『ノトク』の村落には、食料や水の補給、あるいは馬に休息を取らせて飼い葉を与える為に、立ち寄っても良さそうに思えるのだが。

 それに、百合帝国の東方20kmの位置には『ユリシス』の都市もある。

 ユリシスの都市はかなり大きなものなので、遠目にもその存在がはっきり視認できる筈だ。

 ルベッタとアドスの2人が王国へ向かった時点では存在しなかった都市でもあるので、何も無かった場所に急に出来上がっている都市を見れば、あの2人なら好奇心から立ち寄るぐらいはしそうなものだけれど。


 ―――でも、2人は確実に、ノトクにもユリシスにも立ち寄ってはいない。

 【空間把握】の魔法が記録していないのだから。2人はどちらの都市・村落にも立ち寄ることなく、一路ユリタニアまで帰ってきたことになる。


(何か―――急いでユリタニアに戻る必要でも、生じたのかしら)


 そうでもなければ、どこにも立ち寄ることなくユリタニアまで一直線に帰還する必要など、無さそうに思えるのだけれど。

 色々とユリは頭の中で考えを巡らせてみるけれど、生憎と他に妥当そうな理由は思いつかなかった。


「―――ただいま戻りました!」


 執務室のドアを、バンッ! と勢いよく押し開けて、ハマナスが帰還する。

 先程彼女が出発してから、掛かった時間は正味5分ほどだろうか。別にそんなに急いで伝えてきて貰う必要は無かったのだけれど。


「お帰りなさい、ハマナス。2人には会えたかしら?」

「はい! 主君の伝言をちゃんと伝えて参りました! ―――のですが」

「……うん? 何かあったのかしら?」


 言葉尻から察して、ユリがそう問いかけると。

 ハマナスはどこか神妙そうな表情で、こくんと一度頷いてみせた。


「ルベッタ殿とアドス殿の2人が仰るには『至急ユリ様へ相談したいことがある』とのことでして。出来ることなら、すぐにでも面会したいとのことです」

「ふむ……? 判ったわ、そういうことであれば会いましょう」


 ルベッタとアドスの2人が面会を希望するなら、ユリの側に否やは無い。

 本日の執務は概ね終わっているし、急ぎの用事があるわけでもないので、2人のために時間を作る程度のことは全く構わなかった。


「それと、主君に会わせたい客人を連れて来るそうです。なので可能なら、面会は応接室や執務室ではなく『謁見の間』にて行って欲しいとか」

「……客人?」


 一体誰だろう―――とユリは訝しく思い、【空間把握】に意識を集中する。

 記録(ログ)を検めれば、ルベッタ達と全く同じタイミングでユリタニアの都市に入った人物が、誰なのかを調べるぐらい造作もないことだ。


(―――あら、まあ)


 ユリは密かに内心で、感嘆の声を上げた。

 ルベッタ達が伴っている人物が、なかなかの大物であることが判ったからだ。





 

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お読み下さりありがとうございました。

誤字報告機能での指摘も、いつも本当にありがとうございます。

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