107. 誠意の対価
[5]
「一応、あなた達が望む形にはなりそうよ。―――不本意ながらね」
ユリタニア宮殿の応接室にて。
王国の王女2人を待たせていたこの部屋に、会議を終えた後にユリが立ち寄ってそう告げると。入室したユリに対して、ソファから立ち上がって応じたリゼリアとロゼロッテは、共に複雑そうな表情を浮かべてみせた。
「不本意……なのですか?」
「ええ。私自身は別に、王国の都市を支配することに興味は無いからね。
―――ああ、どうぞ座って頂戴。少しゆっくりと話をしましょう」
リゼリアの言葉に答えつつ、ユリは2人にソファへ座り直すよう促した。
実際、ユリの言葉は嘘ではない。ユリ自身としては国土の拡張には反対なのだ。
それでも―――皆が望むから。それはユリ自身の望みになるのだけれど。
「でも、私の臣下達は領土拡大に熱心みたい。だから王国の全ての国土は百合帝国で有効利用させて貰うわ。構わないわね?」
「もちろんです、こちらから降伏を申し出ているのですから」
「結構」
頭を下げて殊勝な言葉を紡いだロゼロッテに、ユリは鷹揚に頷く。
その隣でリゼリアが、小さな声で「ありがとうございます」と告げた。
〈インベントリ〉からティーポットとカップを取り出し、3人分のお茶を注ぐ。
ユリが「どうぞ」と告げてカップを差し出すと、2人の王女は恐縮気味にそれを受け取った。
「ユリ陛下手ずからに、お茶をお淹れ頂くなど……」
「それを言ったら、あなた達も王女なのでしょう? 似たような立場ではないの」
「国主と王女では全然違いますよ!」
ソファから身を乗り出しながら、ユリに向かってそう告げたロゼロッテは。
2秒ほど経ったあとに、はっとした様子で少し間抜けな表情をしてみせてから。おずおずと恥ずかしそうにソファに再び座り直してみせた。
「も、申し訳ありません……」
「ふふ。いえ、結構よ。それぐらい普通に話してくれても構わないわ」
「……よろしいのですか?」
「私が『許す』と言う以上の、許可が必要かしら?」
「い、いえ! 滅相もありません!」
ぶんぶんと、首を強く左右に振りながらロゼロッテがそう答える。
多分この喋り方が、ロゼロッテの『地』の言葉遣いなのだろう。
「2人に幾つか訊ねたいのだけれど」
「何でしょう?」
「私は骸骨兵に『武器を持った人』だけを攻撃するように命令していたわ。民間人にその剣先が向けられることは、私の本意ではないからね。
ロゼロッテは謁見の間で『王家の男性や貴族当主とその嫡子は骸骨兵により討たれた』と言っていたわね。おそらくは他に、王城勤めの兵士なども犠牲にはなっているのでしょうけれど。逆に言えば官吏や侍女のような、帯剣していない人達は無事だったのではないかしら?」
「えっと……骸骨兵が武器を持たない人を攻撃しなかったのは間違いありません。ただ、その、王国では官吏も基本的に帯剣しておりますので……」
「……そう。では逆に訊ねましょう。王城関係者では、どういう人達が無事のまま生き残ることが出来たのかしら?」
「女性は概ね無事ですね。他には帯剣が許されていない、地位が低めの文官なども無事です。……残念ながら母様は、父様や息子を亡くした事実を受け止めきれず、心を病んでしまいまして。代わりに娘の私達が今回、降伏の使者として参りました次第です」
「ふむ……」
心を病んだだけならば、あるいは治療が可能かもしれない。
『睡蓮』の子達が使う治療魔法の中には『精神系の状態異常を全て治療する』という効果を持つものがある。実際に効くかどうかはやってみなければ判らないが、試してみる価値はあるだろう。
「こう言っては何だけれど……。あなたの母親とは違い、ロゼロッテは家族が殺されたという事実も、普通に話すことができるのね」
「……もう、泣いたり悲しんだりする段階は超えましたので」
「強いのね。気丈な女性は嫌いではないわ」
「ありがとうございます」
小さく頭を下げるロゼロッテの表情に、ユリに対する敵意の色はない。
どうやら本当に、既に心の整理が付いているようだ。
「生き残っている貴族令嬢や文官は、百合帝国で雇用させて欲しいわね。王国領の都市を今後管理していく上では、人手がどうしても必要になるから」
「承知しました。私達から話は通しておきましょう。良いよね、リゼ姉様?」
「……うん。それぐらいは、やらせて下さい」
「結構。但し、百合帝国には『貴族』という制度自体が無いから、あくまでも雇用するだけであって、貴族として遇することはできない。特に貴族令嬢の方々には、その点を予め説明しておいて貰えると有難いわね」
「はい、確かに承りました」
ユリの言葉を受けて、リゼリアが深々と頭を下げる。
多少は慣れてきたらしく、いつの間にかリゼリアがユリのことを怯えた目で見なくなってくれていることが、地味に嬉しい。
「私と姉様にも、それなりに執務の心得があります。よろしければ百合帝国にて、良いように使って頂けましたらと存じます」
「では今後、何かしらの手伝いを頼むこともあるでしょうね。でも―――その前にひとつ、あなた達に要請したいことがあるわ」
「要請ですか……? 何でしょうか?」
「何なりとお申し付け下さい」
「2人とも、私の妾になりなさい」
「「……!?」」
ユリの言葉に、リゼリアとロゼロッテの2人が同時に驚く。
その驚きの表情が2人ともよく似ていて。なるほど、姉妹なのだと思えた。
「失礼ですが、ゆ、ユリ陛下は、女性なのでは……?」
「そうだけど、私は同性の子が好きなのよ。変かしらね?」
「い、いえ! 変ではない……? と思います!」
「そう? ありがとう」
そう告げて、ユリがにこりと微笑むと。
ロゼロッテは僅かに頬を赤らめて反応してみせた。……何だかこの子、ちょっと押せば割と簡単に落とせそうに思えるのだけれど、気のせいだろうか。
「今回の王国の降伏について、一番の問題は何だか判るかしら?」
「問題、ですか……。申し訳ありません、判りかねます」
「それはね。私も、私の臣下も―――王国の民に全く誠意を持っていないことよ」
嘘ではない。
事実、ユリは王国の民がどうなろうとも、別に構わないとさえ思っている。
王国の民が『紅薔薇』の施政下で虐げられたり搾取されるのを防ぐために、『白薔薇』と『睡蓮』の子達に監督役を任せたりもしたけれど。それとて別に、ユリが王国の民を大事に思っているからというわけではないのだ。
ただ―――王国の民に苦痛が与えられれば、リュディナが嫌がるだろうから。彼女の不興を買わないで済むように、手を回しただけに過ぎない。
「先程も言ったけれど、私は王国の都市を支配すること自体に興味が無いのよ。
まあ、私の嫁達は領土拡大に熱心みたいだけれど―――それも別に、王国の民が欲しいわけではない。土地さえ手に入って、百合帝国の版図が広がるならば。別にその土地に人が住んでいようがいまいが、きっと気にしないでしょうね」
「そんな……」
「ロゼロッテ、私は特にあなたが気に入ったわ。あなたを私のものにしたい。
私は自分の愛している人には甘い人間なのよ。だからあなたが私の妾となって、王国の民も自国の民と等しく扱うように常日頃から求めれば、おそらく私はそれに従うことでしょう。―――王国の民のために、自分を犠牲にする覚悟はある?」
「無論です。王家の女として、臆することは有り得ません」
「結構、ではロゼロッテを私の第二側室として迎えるわ。一応言っておくけれど、妾とはいえ私は絶対に、ロゼロッテを粗雑に扱ったりはしないから」
ちなみに『第一側室』にはソフィアを迎えるつもりだ。
彼女にいつまでも『奴隷(自称)』で居られるのも困るので、近いうちに側室という形で迎えようとは考えていた。おそらく本人も嫌とは言わないだろう。
「それで―――リゼリアはどうしたいかしら? ロゼロッテだけで充分ではあるから、無理にあなたにまで妾になれと迫ることはしないけれど」
「えっと……私もユリ陛下に民を安んじて頂けるよう、務めを果たしたいです」
「そう。ではリゼリアを私の第三側室として迎えるわ。よろしくね、2人とも」
「ふ、ふつつか者ですが……」
「どうぞ宜しくお願い致します、ユリ陛下」
―――とりあえず、そういうことで話は纏まった。
妾となってくれた以上は、リゼリアとロゼロッテを悲しませることはしない。
2人を満足させる、その為だけに。王国の民草を幸せにしてみせようと思う。
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