102. 鉱山都市の改善案(前)
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3日前の『冬月15日』に、シュレジア公国は百合帝国の従属国となった。
シュレジア公国は『属国』である間、百合帝国に対して総税収の2割を支払う。また外交・軍事の活動は制限され、他国と同盟を結んだり、百合帝国の許可なしに国外へ軍隊を派遣することは許されなくなる。
一方で百合帝国は『宗主国』として、シュレジア公国全土の都市・村落で食料が不足しないよう、助ける義務を負う。またヴォルミシア帝国を筆頭に、他国からの圧力や軍事行動がシュレジア公国に加えられた場合、その防波堤となる役割を果たさなければならない。
今回締結された従属関係は、シュレジア公国と百合帝国のどちら側からでも、自由に解消を願い出ることができる。
但し、実際に関係が解消されるのは一方が願い出てから1年後と定められているため、喩え即日解消を願い出たとしても向こう1年間は継続するわけだ。
とはいえ―――おそらく、この従属関係は1年どころではなく、もっと長期的に続くことになるだろう。
『白百合』隊長のヘラと『睡蓮』隊長のセラから提案された通り、ユリは属国となったシュレジア公国に対して、一切の出し惜しみをせず最大限の支援を行った。
その結果、シュレジア公国の各都市・村落に漂っていた、嘗てのニルデアを彷彿とさせる『汚物の匂い』は【浄化】の魔法により完全に取り除かれ、【障壁結界】に囲われたことで魔物の脅威とは無縁となり、季節が冬であるにも拘わらず【調温結界】があるお陰で半袖でも平気で過ごせるようになった。
各都市には『転移門』が設置された。百合帝国やニムン聖国では、探索者として登録した人だけしか『転移門』を利用できないよう制限を掛けているのだけれど、シュレジア公国の人達だけは登録無しでも利用できるように取り計らっている。
これにより、公国市民がユリシスの『迷宮区画』へと気軽に訪問できるようになり、公国内にて価格の高騰にさえ発展しつつあった、食糧不足の問題はあっという間に解決した。
また、ユリシスの『屋台街』は公国の人達にも大変な人気を博し、貴族の中には食事の度にユリシスへ足繁く通っている者までいるという。
更に、公国でも『放送』が自由に視聴できるようになった。
ユリからの『放送』は毎日1回だけしか無いけれど、ユリシスの『迷宮地』にて戦いに明け暮れる探索者の様子は、毎日24時間いつでも視聴することができる。
これにより、映像を視聴しながら探索者を応援する文化が、公国市民の間で一気に広まった。
公国の都市内にも『探索者ギルド』の支部が設けられ、探索者として登録できるようになったため、実際に『潜る側』になった者も多い。
もちろん公国出身の探索者は、公国の市民から熱心な応援を受ける立場となり、これもまた大いに盛り上がることになった。
実を言えば―――百合帝国の『属国』になることに対しては、当初は不満の声を上げる公国の民も、それなりに多かったという。
百合帝国は2つの『都市』と4つの『村落』だけしか持たない小国であり、一方でシュレジア公国は9つの『都市』と25もの『村落』を有した大国だ。
大国が小国に従属することを受け容れ難いと感じる民が居るのは、ある意味では当然のことでもあるだろう。
ところがそれら不満の声は、瞬く間に静まった。
【浄化】にしても『結界』にしても、【転移門】にしても『放送』にしても。百合帝国から齎された支援や文化の数々は、あまりに特殊なものばかりで。どんなに逆立ちしようとも、公国の独力では得られないものばかりだったからだ。
『属国』になることによって齎された恩恵の数々は、当然ながらいつか従属関係が解消され、百合帝国から『独立』する際には失われてしまうことになる。
その事実に公国の民が気付くと―――嘗て上がっていた不満の声が嘘のように。今度は逆に、いつまでも百合帝国の『属国であり続けよう』という声が民から強く上がるようになった。
しかも、本来であればそうした民の勝手な声を抑制する側に回らなければならない筈の貴族が、逆に同調しているというのだから。もう訳が判らない。
―――そんな状態なので、当初想定していたよりもずっと長く、公国との従属関係は続きそうに思える。
ユリとしては別に金が欲しいわけでもないし、庇護対象が増えるのは面倒でしか無いのだけれど。とはいえ、一連の出来事を通して『ユリに集まっている信仰心の量が更に増大しています』とリュディナから教えられれば、それを無下にすることは出来なくなる。
稼いだ信仰心を譲渡することで、リュディナに少しでも『恩返し』することは、本心からのユリの望みでもあるからだ。
ちなみに公国から訪れる貴族や富豪が急増したことで、ユリシスの『観光区画』は今までの閑散が嘘のように、大変な賑わいを見せている。
『観光区画』にて販売が開始された高級化粧品が飛ぶように売れ、大金を払って娼館に通い詰める男性達も増えたことで、ヘイズ商会の稼ぎが随分と大変なことになっているようだ。
神都ユリタニアと同じく、ユリシスでも今年一杯は『無税』であるため、娼館が上げる利益は丸々ヘイズ商会の収入になる。
但し高級化粧品に関しては、生産を百合帝国の『竜胆』が担っている都合で、販売代金の7割が製品代として月末に国庫へ納められることになっている。
碌に使い途も思いつかない国庫の金が、また随分増えることになりそうだ。
(―――ん、そろそろ時間かしら)
視界の端に表示されている時計は、現在『11時51分』を示している。
いま目を通していた、事業の認可を求める書類に手早くサインだけを済ませて。ユリはその場で一度身体を伸ばしたあと、おもむろに座席から立ち上がった。
執務室から一旦出て近場の給湯室へ向かい、魔導具でお湯を沸かす。
給湯室の棚からティーポットを取り出し、その中に〈インベントリ〉から取り出した聖国産の茶葉を入れて。お湯を注ぎ、ポットの中で茶葉を踊らせた。
ポットと2つのカップをトレイに乗せ、ポットにはコジーを被せる。それを執務室まで持ち帰り、部屋の脇に置いてある対面ソファのテーブル上に並べていく。
手ずからに2つのカップへ、濃さが均等になるよう注意しながらお茶を注いでいると。視界端の時計がちょうど『12時00分』へと変わった。
ティーポットを置いてから、ユリが【配下NPC召喚】のスキルを行使すると。
すぐに目の前に、『桔梗』副隊長のシノンがその姿を現した。
「流石は姐様です、時間ぴったりですね」
「たまたま覚えていたのよ。運が良かったわね」
シノンの言葉に、くすりと小さく微笑みながらユリはそう答えてみせるけれど。実際には結構前から小まめに時計を気にして、彼女を『召喚』する約束の12時になるのを待っていたりした。
「あちらは寒かったでしょう。お茶を淹れておいたから、温まって頂戴」
「わ、すみません姐様。本来であれば今日の『寵愛当番』の私が、姐様の分も含めて用意すべきなのに……」
「いいのよ、そんなことは別に。貴方の奉仕はちゃんと夜に期待しているわ」
「は、はい! その時には……が、頑張ります!」
ソファのほうを手のひらで示して、ユリはシノンに座るよう促す。
ちょうど正午なので、お腹も減っているかもしれない。そう思って、ユリは〈インベントリ〉の中からマドレーヌを2つ取り出し、片方をシノンに差し出した。
「わあ! もしかして、姐様が作ったものですか?」
「ええ。口に合えば良いのだけれど」
「こんなの、絶対美味しいに決まってます!」
即座にマドレーヌに齧り付いたシノンが、嬉しそうに顔を綻ばせた。
その笑顔を眺めているだけで胸が一杯になったので、ユリは自分の分もシノンのほうへと差し出す。
このマドレーヌは昨日、ユリが手ずからに焼いたものだ。
3日前にシュレジア公国と従属関係の締結に関して調印した際に、先方のオーグロット公から頂戴したブランデーが、ちょうど焼き菓子に合いそうな香りをしていたので、何となく作りたくなったのだ。
以前に善哉を大量に作って会得した〔製菓Ⅰ〕のスキルは、現在は〔製菓Ⅱ〕へ成長している。ちなみに〔調理Ⅱ〕のスキルも既に取得済だ。
料理にしても製菓にしても、〈インベントリ〉の片隅に材料さえ入れておけば、ちょっとした空き時間に行えるのが嬉しい。
良い気分転換にもなるし、作った料理や菓子は『百合帝国』の誰かに振る舞えばとても喜んで貰えるので、最近はユリにとって良い趣味のひとつになっていた。
「それで―――食べながらで良いから、鉱山都市について教えて貰えるかしら?」
2つ目のマドレーヌを囓り始めたシノンに、ユリはそう問いかける。
今日の『寵愛当番』であるシノンには、公国から割譲された『鉱山都市』の方へ視察に行って貰っていたのだ。
ユリシスの都市建造が完了して以降は、『桔梗』の子達の手が空いているから。割譲された鉱山都市を、ユリは『造り直す』ことを考えていた。
どうせ鉱山都市にはユリタニアのような上水道・下水道などは整備されていないだろうから。自国の都市にするなら最低限のインフラを備えたものにしたいのだ。
なので今回はユリ自身ではなく、建造のプロであるシノンに鉱山都市まで視察に行って貰った。都市を造り直すこと自体はもう既定路線として、その上でどういう箇所を改善した方が良いか、彼女の目で直接確かめてきて貰うために。
シノンにはユリの使役獣である麒麟を貸し出し、それに乗って鉱山都市まで行ってきて貰った。
麒麟は大空を非常に高速で駆けることができる魔物なので、騎乗すれば鉱山都市まで移動するのに30分も掛からない。しかも復路はユリが【配下NPC召喚】を使えば一瞬で帰ってこられるのだから、楽なものだ。
もちろん、ユリの使役獣を連れていって貰えば、鉱山都市を『転移ポイント』に登録できるというメリットもある。
これで今後ユリは転移魔法を使えばいつでも、新たに国土へ加わった鉱山都市を自由に訪問することが可能となったわけだ。
「そうですね……。鉱山都市のどういう部分からお話ししましょう?」
「そうね、最初に訊きたいのはやはり『駄目な部分』からかしら。都市を造り直す上で改善を施した方が良いと感じた箇所が、きっとあったと思うの」
「あ、そういうことでしたら、一言で簡潔にご説明できます」
ユリの言葉を受けて、シノンはにこやかに微笑む。
そして―――。
「あの都市は、何もかもがダメです!」
建造のプロである彼女は無慈悲に、鉱山都市を全否定してみせたのだった。
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