101. 白百合と睡蓮の画策
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『冬月14日』の午前中、ユリタニア宮殿の執務室にて。
ユリは『白百合』隊長のヘラと『睡蓮』隊長のセラから、1つの書類を差し出されていた。
「これは?」
「我ら2部隊からの要望書……のようなものと思って頂けましたら」
「ふむ、拝見しましょう」
書類を受け取り、ユリは1枚目から順に目を通していく。
書類に記述されていた内容は―――要約すると『属国となるシュレジア公国に、最大限の支援を与えて欲しい』というものだった。
公国の都市全てに魔物の脅威を防ぎ、またヴォルミシア帝国からもし軍事行動を起こされても護れるように【障壁結界】を張り、更に冬の寒さも凌げるよう【調温結界】も展開する。
積極的に魔物を『駆逐』し、公国内に於ける商人の移動を活性化させる。
大雪によって大きな被害が出た農地は『黄薔薇』や『青薔薇』の持つ精霊操作能力によって土の精霊を活性化させ、その地力を回復させる。また、食糧不足で飢えることがないように『転移門』を設置し、公国の民がユリシスの都市で自由に食料を購えるようにする。
破門の撤回後には、聖国の聖職者が『転移門』を利用して速やかに公国の大聖堂などに復帰できるように取り計らう。また同じく『転移門』を利用して『睡蓮』が毎日各都市を訪問し、【浄化】の魔法で都市に貯まった汚濁を全て取り払う。
毎日行う『放送』の視聴圏に公国の全都市を加える。また『迷宮地』に挑戦する探索者の『放送』についても、自由に視聴できるようにする。
―――要は、百合帝国は『宗主国』として、自国の都市や同盟を締結するニムン聖国の都市に与えているものと、全く同等の待遇を『属国』である公国の都市にも与えるべきだと。そのように要望書には書かれているのだ。
『白百合』と『睡蓮』の2つは、性向が『極善』の子だけで構成された部隊だ。
だからこの2つの部隊から、こうした『敵に慈悲を掛ける』要望書が提出されること自体は、何らおかしいものではないのだけれど。
でも―――おそらく、これは純粋な善意からの提案では無いと。
そのことが、何となくユリには理解できた。
「あなた達は、公国の将来的な独立を許さない―――いえ、そもそも公国の民自身が『独立しよう』という気概を持てないように、工作するつもりなのね」
「やはり姫様には、お判りになりますか」
「流石にこれだけ露骨なやり方だとね」
小さく苦笑しながら、ヘラの言葉にユリは応えた。
ドラポンド公の一族の処罰が完了次第、シュレジア公国は百合帝国の『属国』になることが決まっているけれど。これは別に、公国と『和睦を結ぶ』上での条件というわけではない。
そもそも『属国化』は公国へ食料を援助したり、ヴォルミシア帝国が圧力を掛けて来た場合にそれを引き受ける防波堤の役割を果たすために、『和睦』とは別個に行う案件なのだ。
敗戦国へ強制的に押しつけるものとは異なるので、この属国関係は両国のどちらからでも解消を希望すれば、その日から起算して1年後には円満に解消されることで合意が済んでいる。
逆に言えば―――どちらからも解消を希望しなければ、両国間の従属関係は期限を設けず継続されることになっている。
今回の『白百合』と『睡蓮』からの要望書は、まさにそれを狙ってのものだ。
公国の貴族や民に、百合帝国の属国に甘んじることで得られる『結界』や『転移門』、毎日の『放送』や都市の『浄化』といった旨味を示すことで、彼らが独立を目指そうという気概自体を抱かないように、誘導しようというわけだ。
「あなた達も、こういう画策をするものなのね。何だか少し、安心したような気がするわ。まあ―――他の皆とは違って、私に秘密で勝手に策動するわけじゃなく、ちゃんと要望書という形で提示してくるあたりが、あなた達らしいけれど」
微笑みながらユリがそう告げると。
その言葉を受けて、ヘラとセラの2人はぎょっとしたように瞠目してみせた。
「姫様は皆のこと、ご存じだったのですか……?」
「うん? ああ―――そりゃあね。白百合と睡蓮以外のほぼ全部隊が、私に内緒で割と好き勝手に色々やってることぐらい、気付いているわよ。とはいえ、別に掣肘するつもりもないし、構わないのではないかしら」
「……よ、宜しいのですか? 黙認しても」
「私は皆が自由を謳歌してくれるなら、それが一番だと思っているわ」
ユリは『アトロス・オンライン』のゲームを遊んでいた頃に毎日目にしてきた、決まった台詞しか口にせず、決まった行動しかしない『NPC』だった頃の皆を、今でもはっきりと覚えている。
覚えているだけに―――現在の皆が『自分の心』をちゃんと持っていて、主人であるユリにさえ秘密で色々と画策したり行動したりするような。そんな『NPC』とは程遠い皆の姿を目にする度に、ユリは結構嬉しい気持ちになるのだ。
だから、喩え皆がどのようなことを勝手にしていようとも、ユリはそれに掣肘を加えるつもりはない。
皆がユリのことを愛してくれていることは、ユリ自身ちゃんと理解している。
おそらくは皆の勝手気ままな振る舞いも、全てはユリのためにやってくれていることなのだろう。それを思えば、ユリにとっては嬉しいことでしか無いのだから。
「とりあえず、要望書の内容については理解したわ。あなた達が望むのなら、この通りに致しましょう」
「ありがとうございます、姫様」
「ありがとうございます、ユリ様」
ユリの言葉を受けて、ヘラとセラの2人が揃って深々と頭を下げた。
別にユリ自身は、公国を属国に留めておくことに興味は無いのだけれど。
それでも―――愛する子達が望むなら。即ちそれが、ユリ自身の望みになる。
「そういえばユリ様。公国から割譲される『鉱山都市』については、何かお考えをお持ちなのでしょうか?」
「いえ、特に現時点で考えていることはないわね。……まあ、ユリシスの都市が無事に完成したことで『桔梗』の手が空いているから。あの子達が鉱山都市に何か手を加えたいと言ってきたら、許可しようとは思っているわ」
鉄が豊富に産出するらしいので、充分な価値がある鉱山都市なのだろうけれど。生憎とユリシスの『迷宮地』に配置した使役獣の中には、討伐時に鉄や銀の地金をドロップする魔物もいるので、正直あまり必要というわけでもない。
まあ、もし鉱毒の処理などに苦慮しているようであれば、【浄化結界】を用いて対処しようとは思っている。
【浄化結界】を張るために必要な素材が『迷宮地』から補充できるようになった現在であれば。都市1つを丸々【浄化結界】で囲うような真似も、それほど躊躇うことなく実行が可能だ。
「ま、折角自国の都市に加わるのだから。大事にしてあげたいわね」
「そうですね。周辺の村落についても、是非庇護を与えてあげて下さいませ」
「ええ、判っているわ」
今回公国から山岳地帯が丸々割譲されることによって、百合帝国が支配する都市の数は2都市から3都市へ、支配する村落の数は4つから6つへと増える。
『帝国』と言うには、まだまだ名前負けしている気もするけれど。国土が増えるというのはそれだけで、ちょっぴり嬉しい気分のするものではあった。
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