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W 019話 料亭にて

 1940年◯月 『日本 東京 とある料亭』 


 伏見宮総長と閑院宮総長の二人がさる料亭の座敷で歓談していた。


「もう2年を切ったな」

 赤甘鯛の酒蒸しを箸でつつきつつ伏見宮総長が感慨深げに口を開く。


「そうだな、いよいよ押し迫って来た」

 そう言う閑院宮総長は、ヤガラの椀物を手に取っていた。


「ちょっと予定を変更しようと思う。俺は連合艦隊司令長官になるよ」


「ほぅ。じゃあ山本五十六を降ろすって事は真珠湾か」


「そんなとこだ。丸ごといくつもりだ」


「いいんじゃないか」 


「あぁ美味いなこれ。で、こっちの準備はどうにかこうにか間に合いそうだが、そっちの準備はどうなってるよ?」

 酒蒸しにより、赤甘鯛から出る出汁と酒が合わさり赤甘鯛の身を更に旨くしている。それを口にしている伏見宮総長は満足気な表情を見せながら問い掛けた。


「こっちも美味いぞ。ともかく色々あったが間に合うよ。このまま行けば急行作戦は成功だな」

 ヤガラは椀物にすると絶品と言われる高級魚だ。実に芳醇ないい味を出す。それを口にしている閑院宮総長も満足気な顔をしている。

 

 

 閑院宮総長が口にした急行作戦。

 読んで字の如く二人の宮様により急ぎ行われた対アメリカ戦争準備作戦である。


 しかし「急行」には替え字での「救攻」の意味もあった。

 国内で特に貧窮に苦しめられている東北の民を「救」いつつ、アメリカへの「攻」撃準備を急ぎ整える一石二鳥の作戦。

 それが「急行作戦」であり「救攻作戦」だった。


 二人の宮様により設立された「閑見商会」は「気球爆弾」を製造するのに欠かせない蒟蒻糊と和紙を入手するため、原料となる蒟蒻を東北の農民に栽培させて買い上げ、また冬の間の手工業として和紙も製造させた。


 ちなみに現代日本での蒟蒻の生産量日本一は関東の群馬県で生産量の92%を占めている。

 しかし青森県や岩手県や新潟県等の東北地方でも蒟蒻は栽培されている。

 と、言うより日本では殆どの都道府県で蒟蒻を栽培している。

 しかし、何故か群馬産には勝てない。恐るべし群馬県……


 それはともかく元々東北では和紙の製造を畑に出られない冬の間の生業としていた村も多い。

 江戸時代から作り続けている村も少なくない。

 しかし、昨今は洋紙の普及で段々と和紙が廃れ始め賃金に見合わなくなり止めてしまった村もあった。

 それが再び陽の目を見たのである。

 中には元々和紙の製造をした事の無い村も数多くあったが、「閑見商会」の口利きで、技術を持った農家が派遣され製造を指導するという事も行われた。


 貧窮に喘ぐ農民は蒟蒻と和紙で新たな収入が得られ、「閑見商会」は「気球爆弾」に必要に原材料を入手できる。どちらにとっても良い話である。


 だが、東北ではまだまだ生産が始まったばかりであり、東北で生産される分だけでは蒟蒻も和紙も足りなかった。

 その為、関東と関西でも蒟蒻と和紙が求められた。

 

 和紙業界は活況を呈した。大恐慌と洋紙に押され廃業する所も珍しくないご時世だったのだが、大量の和紙の注文が入って来て、それも継続されるという。しかも詳しい事は分からないが最終的には軍が使用し、お国のためになるという。

 それならばと、廃業を決めていた所も考え直し和紙製造を継続した。

 製造しても製造しても問屋を通して「閑見商会」が買い上げる。足りないからもっと製造して下さいという嬉しい話が来る。和紙業界の人々の顔に笑顔が浮かぶ事が多くなっていったのである。

 

 蒟蒻については国内産の蒟蒻の価格が高騰する事になった。

 しかし、一般庶民の食卓から蒟蒻が消える事は無かった。

 インド産等の外国産の輸入蒟蒻が市場に出回っていたからだ。

 

 蒟蒻にも多くの種類がある。

 蒟蒻糊の原料として蒟蒻を見た場合、国内産の方が糊にするのに適していたので、「閑見商会」は国内産の蒟蒻を買い求たが、外国産蒟蒻には手を出さなかったのである。


 その結果、国産蒟蒻は市場であまり見かけなくなる。

 その分外国からの輸入物が増えた。世界大恐慌の時代でもあり外国も色々な物の輸出先を求めている。

 日本市場で蒟蒻が求められているとわかると外国から、それも主に南方から大量に蒟蒻が入って来た。

 短い期間に大量の外国産蒟蒻が流入したため値崩れが起きる結果となり、その結果、庶民の食卓、特に「おでん」から蒟蒻が消える事は無かったのである。


「気球爆弾」の製造には主に東北出身の若い娘さん達が雇用された。

 アメリカとの開戦が決まった場合は、史実と同じように千葉県に設置された放球基地から「気球爆弾」が放たれる予定である。

 その為、千葉県には陸軍に納める防塞気球を製造する工場という名目で「気球爆弾」製造工場が建設され、幾つもの保管用倉庫や娘さん達が住む女子寮が建てられていた。



 余談であるが、今回の歴史では閑院宮総長が「おでん」について陸軍省に厳しく苦情を入れた事があり話題になった事がある。


 事の起こりは1937年に陸軍省より発行された「軍隊調理法」なる教本だ。

 陸軍内においてどういう食事を提供するか、色々な料理とその調理法が記載されている。

 その中の第三章の第四項が「関東煮」(おでん)だった。


 ちなみに「関東煮」というのは関西での「おでん」の意味だ。何故、「おでん」を関西で「関東煮」と呼ぶのかは……また、今度にしよう。諸説ありすぎて長くなるからめんどうだ。


「軍隊調理法」の122ページから123ページの2ページに「関東煮」(おでん)は記載されている。

 その内容は「材料」「準備」「調理」「備考」の4項目からなる。 

 その「材料」の項目には「がんもどき」「里芋」「大根」「蒟蒻」「削節」「醤油」「砂糖」「芥子粉」の八つの名前がある。

 ところが、次の「準備」の項目における料理の手順では

「(がんもどきは二つ割りとなし、竹輪麩は三糎位に斜切りとなし、)」

と、書いてある。

 何故か「材料」には書かれていない「竹輪麩」がいきなり出てくる。


 閑院宮総長は、この教本の担当者を陸軍省から呼び出すと雷を落とした。

「材料に無い『竹輪麩』を料理できるか! それに『がんもどき』の二つ割りなど邪道の極み! そんな馬鹿げた事は儂の目の黒いうちは絶対に認めん! そもそも儂は『卵』の入っていない『おでん』など『おでん』とは認めん!!絶対にだ!! 訂正してこい!!」

と、のたもうた。


 暫く後に訂正された新たな「軍隊調理法」の「関東煮」(おでん)の材料には「竹輪麩」と「卵」がちゃんと記載され、「(がんもどきは二つ割りとなし)」の部分は削除され、以後、陸軍で出される『おでん』には必ず卵が入れられるようになっという話だ。 

 この頃、陸軍省トップだった杉山元陸軍大臣はこの話を聞くと苦笑することしきりだったと言う。


 閑院宮総長は滅多な事では怒る事のない人だ。

 部下がミスしても大抵は苦笑して「次からは気を付けるように」で終わりにしてしまう。

 それ故に「関東煮」(おでん)の件は陸軍参謀本部を震撼させた。

 果たして「竹輪麩」の記載漏れが悪かったのか、「がんもどき」の二つ割りがお気に召さなかったのか、材料に「卵」が入っていなかったのが悪かったのか。

 どれがよりお怒りの原因であったのか。 

 酒の席では議論が巻き起こったと言う。



 そんな話しはともかく、伏見宮総長と閑院宮総長による対アメリカ作戦の準備は着々と進められていた。

 それは海軍にも陸軍にも極秘で進められていた計画である。

 ある程度は陸海軍も協力しているが、それは伏見宮総長と閑院宮総長が影響力を発揮しての事であり、対アメリカ作戦の準備と知っての事では無かった。

 全体像を掴んでいる者はまだいない。

 しかし、それを公表する日も段々と近づいている。


【続く】


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