W 017話 着々と
193◯年◯◯月◯◯日 『日本』
「フィアットBR20」という爆撃機がある。
その名の通りイタリアのフィアット社が開発製造した双発爆撃機だ。
これを日本陸軍が1937年の年末に輸入した。
この頃は既に日中戦争が始まって半年が経ったが、爆撃作戦において陸軍の保有する重爆撃機では性能不足が露呈し、開発試験中の「九七式重爆撃機」の一日も早い実戦投入が望まれていた。
しかし、「九七式重爆撃機」が前線に登場するにはまだまだ時間がかかる事から中継ぎとしてイタリアの「フィアットBR20」を購入する事になったのである。
その数100機。日本での名称は「イ式重爆撃機」である。
「イ式重爆撃機」は戦闘においてそれなりの活躍をする。
しかし「九七式重爆撃機」の生産が開始され前線に配備されだすと「イ式重爆撃機」は二線級の扱いを受け、後には完全に第一線から引き揚げられる。そして更に後には満州国軍の飛行隊に譲渡された。
ただし、その過程において9機の「イ式重爆撃機」が、人知れずどこかに姿を消した事を知る者は少ない。
書類上では、この9機は他の戦闘中に破壊された機と同様に戦闘中に喪失した事になっていた。
だが、実際には……
この6機の真実を知る者は今は限られているのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
193◯年◯◯月◯◯日 『とある造船所にて』
「技師長! 後甲板の改装完了しました! 確認お願いします!」
「わかった! 今行く!」
その造船所では大型貨物船が改装を受けていた。
そこで働く技師長は漸く1隻目が予定通りにできたと胸を撫で下ろした。
この改装の注文は複数来ている大口注文だ。
それも海軍からだ。極秘扱いでこの改装には箝口令まで出てる。
面倒ではあるが御上の仕事は良い金になるし、何よりも代金の取りっぱぐれがない。
まぁその辺は会社の上層部が担当する事で自分には関係ないがと技師長は苦笑する。
それでもこの造船所で働く者として、技術者として、お粗末な仕事をして評価を下げたくはないし、この大口契約を失いたくは無かった。
何せ世界中が大恐慌で日本国内も潰れている会社があるのだ。
海軍の仕事を取ってこれたのは大きい。
うちの経営陣もやるじゃないか。
そんな事を考えつつ技師長は船に向かうのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
193◯年◯◯月◯◯日 『日本 横須賀 とある造船所にて』
試運転のエンジンがいい音を出していた。
「Bene!(ベーネ)」
そう言って満足そうに頷いたのはイタリアのバグジェット造船会社から来た技術者だ。
「Bene!(ベーネ)」は日本語に訳すなら「良しっ!」と言ったところだ。
イタリア製魚雷艇に搭載されているエンジンのコピー品、日本名「七一号六型エンジン」が完成し、その試運転が行われていた。
史実では、ソロモン諸島の戦いにおいてアメリカが魚雷艇を投入し活躍させている事から日本も魚雷艇を建造し送り出そうとした。
その時、戦前に輸入されていたイタリアの魚雷艇「MAS501」に搭載されているエンジンをコピー生産しようとした。「七一号六型エンジン」だ。
しかし、これが難物でなかなかすぐにはコピーできず大量生産も速やかにはできなかった。
代わりに掻き集めた航空機のエンジンを魚雷艇に搭載している。
「七一号六型エンジン」も最終的にはコピー生産されるが、その頃には既に日本の魚雷艇が活躍できる余地は殆ど無かった。
しかし、今回の歴史では最初から「MAS501」をコピー生産するつもりで輸入し、イタリアから技術者まで招いている。
その結果、魚雷艇のコピー生産計画は順調に進んでいた。
何れ、日本で生産された「MAS501」を目にする日も近いだろう。
そして、それはドイツの魚雷艇についても同様だろう。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
193◯年◯◯月◯◯日 『満洲 閑見商会 特殊兵装開発部門』
「成功だ!」
「見て下さい、この効果、主任。成功ですよ!!」
「やりましたね、主任!」
「そうだな。成功だ。これもみんなの努力のおかげだ」
穴の開いた装甲板を検証していた研究員達と主任が喜び合っていた。
装甲板に穴を開けたのは、この研究班が開発した成形炸薬弾、所謂、日本名「タ弾」である。
史実における日本は成形炸薬弾の研究開発において他国に遅れをとっていた。
1942年にドイツから成形炸薬弾の技術が齎され、それ以後、研究が進む。
しかし、史実では日本にも成形炸薬弾をもっと早くに開発できる可能性はあった。
成形炸薬弾はスイスの発明家が開発したもので、この人物は各国にこの技術を売り込んでいる。
日華事変初期の頃に日本にも売り込みが為されている。
しかし、提示された価格があまりに高額だった為、日本を始め他の殆どの国も購入しなかった。
だが、アメリカは購入し、後にバズーカの開発に成功するのである。
今回の歴史においては、閑院宮総長の指示により、この技術を建て前は陸軍が買うという形で、閑見商会に資金を出させて購入し、閑見商会の特殊兵器開発部門で研究開発させていたのである。
今回のこの早期の「タ弾」の開発成功により、日本の歩兵は強力な対戦車火器を入手する事になった。
【続く】




