W 016話 困惑の陸海軍(海軍編)
193◯年初頭 『日本 東京 海軍軍令部&海軍省』
大日本帝国海軍上層部は1人の人間を除いて困惑していた。
海軍省と海軍軍令部のどちらの組織も困惑していた。
原因は軍令部の伏見宮総長にある。
伏見宮総長のご実家、伏見宮家と閑院宮家が共同出資した商社「閑見商会」から海軍に献納があった。
伏見宮総長から特に指示があっての献納だと言う。
献納とは現代日本風に言えば寄付金であり、その寄付金を渡された軍が、自分達が必用とする飛行機や兵器を買い付けるのが一般的だった。
だが、しかし「閑見商会」から海軍への献納は物納だった。
伏見宮総長が何かしら動いているのは海軍省と軍令部も承知していた。
アメリカ、イタリア、ドイツの駐在武官に「閑見商会」に便宜を図るよう手助けするよう、通常の命令系統とは別口で指示が出されているのも承知していた。
だが、「閑見商会」が関わっているのだから商売上の事で大した事はなかろうと誰もが判断していた。
駐在武官達がこの件について口を閉ざしているのは、皇族の伏見宮総長が商売に関わっているのは建前上、外聞が悪いからだろうと誰しもが思っていた。
だが、しかし……蓋を開けてみれば唖然呆然だ。
献納されるのは2種類の兵器。
飛行船と魚雷艇だ。
飛行船はアメリカの「グッドイヤー飛行機会社」の「メーコン型硬式飛行船」だ。
飛行機全盛のこの時代に硬式飛行船!
年々向上する飛行機の性能は既に軍用飛行船を過去の遺物としている。
しかも「メーコン型硬式飛行船」と言えば、本家と言えるアメリカ軍でも既に使用していない飛行船だ。
日本海軍もかつては飛行船を運用していた。国産の飛行船も建造された。しかし、1932年には運用を終えている。
日本陸軍も飛行船を運用していたが、海軍よりも飛行船に見切りを付けたのはかなり早く1918年には飛行船の運用を終えている。
陸軍も海軍も既に運用に見切りをつけ廃止した飛行船が6隻も日本にやって来るという。
海軍省と軍令部の者達が頭を抱えたくなるのも無理はない。
魚雷艇はイタリアの魚雷艇MAS500型1隻とドイツのS7型3隻だ。
しかもイタリア製魚雷艇についてはライセンス生産権付きである。この魚雷艇を建造するためにイタリアから技術者も招致されるという。
これにも関係者は頭を抱えたくなった。
帝国海軍の仮想敵はアメリカ海軍であり外洋での艦隊決戦を想定している。
波の荒い外洋で使える筈もない魚雷艇が何の役に立つというのか!
どうせ献納してくれるのなら飛行機の方が良かった。駆逐艦の方が良かった。
海軍省と軍令部の者達がそう思うのも無理もない。
だいたい維持費はどうするのだ!
人員配置は! 人件費だって安くはないのだ!
と、海軍省と軍令部の者達は頭を抱えたが、幸いにもこれは解決の目途がついた。
伏見宮総長と海軍大臣との間で話がもたれ、飛行船と魚雷艇にかかる人員と、人件費、維持費、更にはライセンス生産される魚雷艇とイタリア人技術者に関わる全費用について、「閑見商会」が出す事で話が纏まったのである。
飛行船と魚雷艇に関わる「閑見商会」の人員は、商会の正社員として給料を貰いながら海軍には出向の形で働く事になった。軍では軍属待遇である。
海軍省と軍令部の者達は宮様も酔狂が過ぎると酒の席で愚痴を言い合い慰めあったという。
【続く】




