W 013話 恩義
193◯年◯月◯日 『日本 東北地方』
「閑見商会」が東北を中心に元軍人を対象とした求人を行った。
勤務内容は軍属待遇での職務。
高給保証。
危険度が高く後顧の憂いの無い者に限る。
この求人に東北の男達が殺到した。
高収入につられての事ではない。恩義を感じての事だ。
東北は世界大恐慌以降、呪われているとしか言い様のないほど酷い有り様だった。
1929年に起こった世界大恐慌のせいで、アメリカの購買力が低下した結果、日本からの生糸の輸出が大打撃を受けた。
東北で養蚕を営む17万戸の農家は大幅な収入減となり生活は苦しくなった。しかも、不況が続いているため収入減は今なお続いている。
1930年は米作農家が豊作貧乏に陥った。外国からの輸入米と豊作が合わさり米価が下落したからだ。
1931年は逆に東北は冷害で米がとれず大凶作となった。
1933年は「昭和三陸大地震」が発生し東北太平洋沿岸を大津波が襲い大量の死傷者が出てた。
史実では餓死者が出た。多くの娘が泣く泣く身売りに出された。
この数年を後世、人は「昭和東北大凶作」と呼んだ。
東北の人々は地獄の苦しみを味わったのだ。
だが、今回の歴史では違う。
「閑見商会」があったからだ。二人の宮様が動いたからだ。
「閑見商会」は1930年の豊作の時に米を買い占め、翌年の大凶作には東北に米を供出した。
無償でだ。
更に蒟蒻芋の栽培と和紙の生産を依頼し新たな収入の道を提供した。
それだけではない。身売りされそうになっていた娘達を集め「閑見商会」の経営する工場で雇ったのである。
農家は喜んだ。
養蚕に代わる収入源が出来たと。
米作以外にも収入源が出来たと。
そして何よりも飢え死にせずに済むと。子供に腹いっぱいに食べさせる事ができると。
それに娘達にも未来が開けたと。
これまでの慣習ならこんな時は娘を身売りするしかない。売られた娘達の未来は不幸な末路があるだけだ。
だが「閑見商会」が工場で女工として雇ってくれた。
身売りの代金よりも多い金額を契約金という形で払ってくれて、娘達にも給料をくれるという。
盆と正月には帰省も許してくれるという話だ。
陸軍に品物を納めている立派な工場で娘は働ける。
これならきちんと嫁にもいける。
親は皆、泣いて喜んだ。
「昭和三陸大地震」が発生した時は、陸軍と海軍が逸早く動き、災害救助にあたってくれた。
陸軍の閑院宮総長と海軍の伏見宮総長が「東北の民を救え!!」と軍に大号令を発したそうだ。
軍の備蓄食料まで供出してくれた。
「閑見商会」が無償の救援物資を送ってくれて炊き出しまでしてくれた。
高貴な方が、宮様が、東北の民に心をかけて下さる。
救けて下さる。
手を差し伸べて下さる。
それがどれほど有り難く嬉しい事か……
もし、二人の宮様がいなかったら自分達は飢え死にしていたかもしれない。
子供も飢え死にしていたかもしれない。
娘は身売りされ酷い末路がまっていたかもしれない。
だが、そうはならなかった。
二人の宮様が救ってくださった。
東北に生きる者は皆、宮様に感謝した。東京の方向を向き手を合わせ頭ほ下げた。
宮様のためなら死ねる! 宮様のために! 宮様のためなら!
それが今の東北に住まう者達の嘘偽りのない心情だった。
だからこそ「閑見商会」の求人に応募する者達が続出したのだ。
そうした事情により「閑見商会」は、宮様の為なら死をも恐れぬという勇敢な元軍人を大勢雇用できたのである。
二人の宮様は着々と対米戦の準備を整えていく。
その準備が完了するまであと数年……
【続く】




