↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/26

W 012話 旅の行方

 193◯年◯◯月◯◯日 『東北から北関東へ』


「速いね。凄いね。つばきちゃん!」


 汽車の中、少女がはしゃいでいた。初めてする汽車の旅に興奮気味だ。

 だが話しかけられた少女は対照的に憂鬱な表情をしている。 


「はぁーっ」

「どうしたの? つばきちゃん、溜め息なんかついて」


 つばきは暢気にはしゃぐさくらを冷めた目で見やる。


「あんた暢気すぎ」

「ほぇ?」


 つばきは周囲を見回し自分達を引率している手配師の男が居眠りしているのを見ると声を潜めて苛立ちを露にした。


「あのねぇ。私達は売られたの。これからろくでもない事になるのよ。溜息もつきたくなるわよ」

「えっ。ろくでもない事って? 私達、どこかの工場で働くんじゃないの? 手配師のおじさんがそう言ってたよ」


 さくらの無邪気な返答につばきは呆れ顔をする。


「あのねぇ。そんなの建て前よ建て前。悲惨な境遇に落とされる私達とその家族への憐れみで、外聞を憚って優しい嘘を言ってるだけ。私達が行く先は色街よ。男をとらされるのよ」


「◯△□×!!!!!!!」


 言われた事に驚いたさくらが大声で叫びそうになったが、すかさずつばきがその口を両手で塞ぐ。

 さくらはもごもご言っているだけだったが、通路を挟んで反対側に座る二人の少女が顔を青くして聞いて来た。


「つばきちゃん、それほんと?」

「色街だなんて……」

「本当よ。父さんも母さんも知ってる筈よ。これも家族を助けるためよ。諦めなさい」


 つばきの冷めた物言いに少女達は泣きそうになる。

 周辺の座席に座っていた少女達にもその遣り取りは聞こえたから大変だ。

 小声であれこれ喋りだした。


「やっぱりそうなのね」

「そんなの嘘よ……」

「ちゃんとした工場で働くっていう話だったのに」

「男の人に買われるなんて嫌!」

「帰りたいよぉ」


 どんな所にも口の悪い者はいる。

 工場で働くのなんて嘘だ。お前たちは色街に売られるんだと村を出る前に少女に告げた村人もいた。

 いやその村人にとっては親切心だったのかもしれない。

 甘い夢を見て裏切られた時の失望感を思い、早目に辛い現実を突きつけ覚悟をつけさせようとしていたのかもしれない。

 これまでの例ならば確かに多くの少女達が色街に売られていたのも事実なのだ。


 少女達の中にも今回の話はあまりに良すぎて半信半疑の子もいた。

 そうした将来への不安が、ここに来て噴き出してしまったのだ。

 みんな内心では他所に働きになんか出たくはなかった。

 どんなに貧しくても家族の元にいたかった。

 売らないでほしかった。

 家にいたかった。

 家族と暮らしたかった。 

 それが少女達のたった一つの切なる願い。

 でも、もう帰れない。 

 もう戻れない……


 声を押し殺して泣き出す子がでた。

 大きな声で泣き出したら手配師のおじさんに怒られるかもしれないから。 

 めそめそ泣き出す子もいた。

 それはまるで伝染したかのように広がっていく。

 さくらもえぐえぐ泣き出した。

 気丈な事を言っていたつばきも窓の外を見てみんなから顔を背けていたが、その頬には涙が伝っていた……





 気、気まずい……

 手配師の男は起きていた。周囲に座る少女達がシクシク泣き出せば浅い眠りだったので目も覚める。

 だが、これからどうすればいいのかわからない。

 だからそのまま寝たふりをしていた。 

 手配師の男はこの仕事の経験が浅かった。

 事務所の兄(あに)さん(先輩)は、こういう時には適当に慰めて言いくるめろとしか言わなかった。  

 具体的にどう言えばいいのやら……

 暫く考えて、考えて、考え抜いて決めた。

 見なかった事にしよう。

 寝たふり続行だ。狸寝入りで切り抜けよう。

 

 狸寝入りの手配師と、めそめそ泣いている少女達を乗せた汽車は、煙突から煙をもくもくたなびかせ、ただひたすら南に向けてレールの上を走って行く。

 その汽車が吐き出す煙の上をカラスがカァと鳴いて飛んでいた。



 汽車が目的の駅につき少女達は降ろされた。

 駅を出てちょっと離れた所に止まっていたのは、何とバスだ。

 まだ、この時代にバスの数は少なく一般的なものではない。

 少女達も乗った事のある者は一人もいない。


 手配師の男は、そこでバスの運転手と少し話すと少女達に向き合った。

「みんな、ここからはこのバスに乗るんだ。俺はここでお別れだ。運転手のおじさんの言う事をちゃんと聞くんだぞ。工場まで連れていってくれるからな。それじゃ元気でな」


「さぁみんな乗ってくれ。どこに座ってもいいからね。30分ぐらいで着くから」

 40歳程に見えるバスの運転手が少女達に声をかける。


 少女達は顔を見合わせたがどうしようもない。

 手配師の男とバスの運転手に頭を下げると一人づつバスに乗り始めた。

 そして全員が乗り込むとバスは走り出す。


 それを見送った手配師の男は一つ大きく息を吐いた。

「やれやれ、やっぱ俺にはこの仕事むかねぇわ。転職しよう」

 そう呟いて、駅に戻るのだった。



 少女達を乗せたバスは舗装されていない悪路をガタゴト走って行く。

 緑豊かな自然あふれる車道だ。

 そしてバスが走る事、数十分。ようやく目的地が見えて来た。

 柵で囲われた敷地の中に大きな建物が見えている。

 敷地はかなり広い。

 門からその敷地に入り幾つかある建物のうちの一つの前でバスは停車した。

 

 少女達はそこでバスから降ろされる。

 建物の玄関前で、彼女達を待ち受けていたのはこちらも少し年上のにこやかに微笑む少女達だ。


「みんなよく来たわね、歓迎するわ。私達があなた達の先輩になります。これからこの寮での暮らしと工場での仕事を教えていくの。よろしくね。さぁまずは寮の部屋に案内するわ。ついてきて」

 代表らしき少女はそういうと、着いたばかりの少女達を促した。


 おしゃべり好きなのだろう。案内しながらも彼女の口は止まらない。

「ここにはね、エルマーナという他には無い制度があってね……」 


 hermana(エルマーナ)……スペイン語で姉妹という意味である。


 閑見商会の気球製造工場では少女達を主な働き手として寮生活もさせている。

 その暮らしを円滑にするよう作られた制度だ。

 実の姉妹がお互いに慈しみ合い助け合うように、ここでは疑似的な姉妹(エルマーナ)となって公私にわたり助け合うのだ。


 仕事は厳しいが、これからこの場所で彼女達の明るく楽しい青春が始まる。


【続く】


【筆者からの一言】


「◯リみて」の続きはもう出ないのだろうか……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。